第2話 僕のヒーロー

 深夜2時すぎ。内木孝弘は、押入れの中に肥満体を潜り込ませ目当てのものを探し当てようと必死になっていた。非常識な時間帯に彼が立てる物音をとがめる同居人はいない。内木は母子家庭だったが、母親はエステの会社経営をしていて、内木を小喜多内市のマンションに残すようにして東京に住みはじめたのは2年前。生活費も小遣いも高校生の内木には十分すぎるほどの額を仕送りしている。この3LDKの部屋も意味もなく、ただ広い。


 いくつかの段ボールを開封し、溢れかえった怪獣ソフビ、ヒーロー物フィギュア、超合金ロボット、美少女アニメフィギュア、アニメDVD、アイドルCD、DVD、写真集、週刊誌の切り抜き…


 床に所狭しと並べられたお宝は、まるで内木のこれまでの半生の年表のようだった。高校にあがってもなお、すでに必要のない、興味のないもの…小学生時代に夢中になったヒーローグッズが、まだ押入れの大半を占拠している。思い出を大事にしてるわけではない。興味があるわけでもなかった。ただ単純に物を捨てることができない性格なのだ。


 目当ての物…地下アイドル「抹殺少女戦闘隊」のPV映像とコンサート映像を収録した非公認DVDを探し出した。


「これだこれ」


 その時、足元に転がる塩ビ人形5、6体をを踏んづけた。「レスキュー戦闘隊イレブンナインズ」のものだった。当時幼稚園だった内木は、母親にもらった壱万円札をスーパーのレジで全部100円玉に換金してもらい、中身が空になるまで何度もレバーを回し続けた。


 だが今、内木にとって興味があるのは「レスキュー戦闘隊イレブンナインズ」ではなく「抹殺少女戦闘隊」だった。名前は似てるが(後者が、意図的に前者のヒーロー物の名称を真似てるのは暗黙の了解ではあるが)まったくもってリアルさに差がある。


 そう、とことん内木はリアリストだった。少なくとも自分自身ではそう思っている。存在するものにしか憧れない。存在しないものは興味がないのだ。


「毎日毎日、苛められてるこの僕を助けてくれるヒーローはいないけど、癒してくれる妖精たちなら、ここにいる」


 用済みとなった塩ビ人形を押入れの幼年期オモチャ専用カラーボックスに放り投げ、デッキにそっと、傷がつかぬようDVDを乗せた。大画面に映し出された凛々しく美しく、儚げな7人のメンバーの集合ポーズが映し出される。メインメニューの表示を操作し、PVを選択する。流れ出たのは「恋は撲殺Night」だ。妹分にあたる同事務所の「スーサイド5Angels」のMANAMIもゲストでコーラスとして参加しているがPVには出ていない。当然だ。MANAMIの歌の才能は認めるが、同事務所とは言え、所詮「抹殺少女戦闘隊」の二番煎じグループのメンバーに過ぎず、彼女をPVに出演させるメリットはどこにもないからだ。


 しかし「スーサイド5Angels」も嫌いではなかった。その証拠にCDラックにはすでに発売された3枚のCDが並んでいる。プラスチックケースが擦れ合い傷がつかないようにスリーブに入れる周到さだ。内木は今まで手に入れてから1000回以上観たPVを再生しながら、チラと自室の壁掛け時計を見た。時計の針は2時20分。明日なんて来なければいいのに。あと6時間もすれば春日と久住による恐喝行為を受けることになる。大勢の前では教師に咎められるため、もう何年も使われず、鍵も壊れて閉まらない視聴覚室に呼び出されて、週に2回か3回、1万から2万を徴収される。


 本来なら昨日の朝に2万渡さねばならなかった。だが、ネットオークションで一目惚れした「魔法ガール★マジックえみりん」の「リカ(本気武装Ver)」の改造フィギュアが欲しくなり、生活費とは別に母親から仕送りされる5万円のお小遣いの残りを投資することに決めたのだ。来週の月曜日になるまで、明日を入れてあと3日間、上級生2人による暴力に耐えれば、二度と会えないかもしれなかった愛しい(それでいて卑猥なポーズの)「リカ(本気武装Ver)」を傍に置くことができる。


 そのためには骨折させられようが、手足の指を切り落とされようが耐えるつもりだった。いや、むしろ、そこまでの暴力をしてくれれば周囲も警察に連絡をしてくれるだろうから、自分としては助かるのだが…。と内木は深いため息をついた。


 今夜も電気を消さずに寝よう。「恋は撲殺Night」をリピート再生しながら子守唄がわりにするのだ。時間になれば目を覆いたくなるような現実に引き戻される。それまではすべてを思いのままに過ごすのだ。


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 翌朝、7時00分。スマホのアラームが鳴り目覚めた。ショートメールが1件。


「今日の12時に視聴覚室に来い。わかってるな?」


 春日からだった。内木は「リカ(本気武装Ver)」に数秒間、愛のこもった視線を注ぎ、数時間後に訪れるであろう身体的苦痛に身震いをした。


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 ここ最近の雨続きがげんなりするような現実と折り重なり合っている。内木は教室でブログを更新した。ヒーロー物出身のイケメン俳優と某大物アイドルのスキャンダルの噂を示唆するような内容を書いた。まだアップして30分もしないのにアクセス数は500を超えている。


 都内で知り合った芸能通の知人らを通して仕入れた雑多な情報を自分なりにリテラシーして、過去の噂などある程度、信憑性の高いウラを取ってから記事にする。情報を仕入れるだけなら誰でもできるが、そこに推測や推理を取り入れ、現実を見越す力が必要なのだ。そう、まさに内木は将来有望な芸能記者だった。現に週刊誌の編集者たちから何枚か名刺をもらった事もある。


 ホームルームが始まるので生徒たちが教室に押し寄せる。


「よぉ、内木。ブログの記事マジ?」


 意外な人物が声をかけてきた。彼の名は、有働努。


 何の特徴もない地味な生徒だが、時折、底意地の悪そうな表情で他人を睨むクセがある。内木が関わりたくない生徒リストの20以内に確実に入っているが、彼の方から関わってくる事はなさそうだったのでノーマークだった。同じクラスで内木をからかったり、ふざけ半分で蹴ってくる生徒は何人かいたが、彼らはちょっとしたストレス解消のために一時的な暴力衝動をぶつけているだけで、2年生の春日や久住のように金銭を要求するような事はなかった。しかし、有働に限っては決して褒められない人間性と、真意が簡単に見越せないため、ついつい内木は、怯えたようなこもった声で返答してしまった。


「う、う、う、有働くん、おはよう。み、みてるの?僕のブログ」


「俺だけじゃない。校内中が注目してる。いつも感心してるよ」


「あ、あくまで噂と推測だけどね」


「でも、ほとんど当たってるじゃないか。この前の、歌手のリポリンとレコード会社重役の不倫デートの件もそうだったし」


「ああ、あれはだいぶ前から噂では、あったんだよ。でも二人の密会の場所のホテルの情報だけは知り合いに聞いてて、記事に予想という名目で書いたんだ」


「そういう情報源のコネを持ってるだけですげぇって。内木。お前は大物だよ」


「え?あ、あ。は、はあ」


 内木は有働の目をまっすぐ見ずにそう言った。


「ところでさ、春日先輩と久住先輩に今日も呼び出しされてるんだろ?」


「ああ。僕があまりにも弱いからって。スパーリングの、れ、練習相手になってくれてるんだ。1回2万で」


「へぇ。羨ましいな。あのさ、今日から内木の代わりに俺が相手してもらっていいかな。あの2人にさ。2万ならちょうどあるし」


「や、やめときなよ。あの2人、けっこう強いよ。加減も知らないしさ」


 と、その時だった。

 メガネをかけた女子、白橋美紀が有働に話しかけてきた。


「有働くん!あのね。これ、焼いたクッキーなんだけど、あの、作りすぎちゃったからどう?内木くんと2人で分けて食べて」


「マジ?ありがとう。いただこうぜ、内木」


「それと、昨日のことなんだけど、落ちた小銭を一瞬で拾い上げたけど…有働君、反射神経すごくいいんだね?スポーツ部には入らないの?」


「スポーツ部かぁ、考えたこともなかった。ていうか、白橋さ、美術部だったよな。よく廊下に張り出されてるもんな。この前の山の絵もよかった」


「お父さんの実家のM県の景色なの。空気もとっても美味しくて、いつか絵に描きたいってずっと思ってたから」


「これからも、もっと沢山、白橋の絵が飾られるのを楽しみにしてるよ」


 白橋美紀は、うんと頷くと女子の友達が待つ席へと帰っていった。有働がこんなにも親しげに女子と話しているのを見るのは初めての事で、内木の中でこの有働の変化に対する好奇心の種が芽生え始めた。自分の知らないことは、何としてでも暴きたい。例えそれが有名女優であっても、地下アイドルであっても、同じクラスの苦手な有働努であっても、だ。内木は有働との会話を続行しようと考えた。


「あ、あのさ、有働くん。好きなアイドルとかいる?」


 内木がそう言いかけたときだった。担任の平野が教室に入ってきて、生徒たちが一斉に席に戻った。


「わりぃ、また後で話の続きしようぜ。白橋のクッキーも分けて食べようぜ」


 有働は席に戻った。戸倉という生徒とすれ違いざまに挨拶を交わした。彼らは仲がいいのだろう。昼休みに一緒にいるのを、よく見る。


 それとは別の角度から、有働を凝視する女生徒がいた。吉岡莉那だった。視線の意味するものは何か?内木は推測した。自分と同じく、彼の些細な変化に気づき戸惑っているのではないだろうか。という事は自分と同じように有働を観察してきたという事だ。有働と吉岡莉那。この2人の関係性について、とても興味が湧いた。


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 昼休みを告げるチャイムが鳴ると内木は、視聴覚室へ向かおうと席を立った。


「内木!昼飯も食わず、先輩方に会いにいくのか」


 有働の声が追いかけてきた。


「う、うん。時間ぴったりに呼び出されてるから…」


「今日2万もってきたの?昨日は用意できなくて殴られてたんだろ?」


「も、もってきてないよ。だ、だから…殴られにいくんだ」


「今日くらい休んでろよ。今日は俺があの二人の相手になってやる」


「止めておきなよ、有働君。二人とも、身体も大きいし、つ、つ、つ、強いし」


「強いかどうかは、俺が決めるよ。強くなかったら、この2万は渡せないけどな」


 内木が止めようとしても、有働は視聴覚室へ進んでいく。廊下で何人か教師とすれ違うが、彼らは内木と目を合わせようともしない。


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「すいませーん。スパーリングしに来ましたぁ」


 ほこり被った教室のテレビ。机と椅子はでたらめに積み上げられ、春日と久住は窓際に腰掛けてタバコを吹かしていた。


「あ?誰だ?お前」


「内木と同じクラスの有働って言います。今日は俺の相手してくれませんかね?金ならあるんで」


「てめぇ殺すぞ」


 春日が有働の前に立ち、吼えた。


 それでもまだニヤニヤしながら2万円をひらひらさせる有働。先ほどまで有働を制止しようと肩を揺すっていた内木が固まった。


「殺す?これはスパーリングじゃないんですか?殺し合いなんですか?」


「あ?」


「この距離にノーガードで来るなんて。先輩、ガラ空きっすよ」


 有働の右拳が、春日の顎を捉えた。瞬間、鈍い音を立てて身長185の巨体が吹っ飛んだ。


 それを久住は口を開けたまま見ていた。あっけにとられているのだ。ゆっくり有働の顔を見る。久住に怒りと焦燥と、困惑の色が浮かぶ。


「この程度じゃ2万は出せませんよ?先輩」


「だ、だと、こら?」


 久住が左ジャブを放つ。


 久住は春日よりは間合いのなんたるかを心得ているようだった。すいすい、とよける有働に、強く踏み込み、右フックを放つ。かわす。有働はよろめいた。上体のバランスが崩れてしまったのだ。左足が曲がり、右足は前方に伸びたままだった。しかし、久住はこの好機に気づいていないのか、怖気づいてるのか、次の一手を繰り出さず、ファイティングポーズのまま固まっていた。


 「久住先輩!ボクシングを齧った程度ですか!くだらん!」


 そう吐き捨てるように言うと、有働はイナバウワーのような体勢から上体を戻し、右足に体重をかけ、嘲笑を浮かべながら一気に右ひざを久住の鳩尾へめりこませた。吹っ飛んだ。身体を「くの字」に曲げて気絶してる春日の上に、久住が折り重なるように倒れた。


「先輩。これじゃ2万は払えませんわ」


 有働は、芋虫のようにのた打ち回る上級生に向かって蔑むように言った。


「いくぞ。内木。この先輩方に今までお世話になったお礼でも言ってやれ」


「え?あ、ああ…ありがとうございました」


「ってなワケで。春日先輩。久住先輩。これでスパーリングごっこは終わりね。やりたかったら、いつでも俺を呼んでください。楽しみにしてます」


いくぞ、と有働は内木を促し、ドアを乱暴に閉めて視聴覚室を出た。


「ヒーローは、いたんだ」


 内木は、安堵なのか、恐怖なのか自分でも分らなかったが、足が今までにないくらい震えているのを感じた。


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 学校が終わり、内木は自宅の3LDKマンションに有働を招いた。


「ここ、ひとりで住んでるのかよ?」


 有働は、壁中に張られたアイドルやらアニメやらのポスターを凝視しながら、内木に問いかけた。


「う、うん。お母さんは東京で会社やってるからさ。が、学校の友達を呼んだのは初めてだよ。ひ、引かないでね?」


 内木は二人分の紅茶を淹れながら答えた。有働はアイドルオタクに偏見がないだろうか。それだけが心配だった。


「引くわけないよ。お!これはこれは…スーサイド5Angelsじゃん!そう言えば昼の質問に、まだ答えてなかったよな?俺の好きなアイドルはスーサイド5AngelsのMANAMIなんだ」


「MANAMIちゃん、か、か、可愛いよね。でも、ちゅ、中学時代に、も、ものすごい不良と、つ、付き合ってたって噂があるよ?」


「ただの噂だろ?売れ始めるとそういう噂を流す奴らが増えるよなぁ。俺は信じてないけど」


「そ、そうだよね。ごめん。ぼ、僕、なんとな~く前から思ってることがあるんだ。あ、あのさ、MANAMIちゃんって、顔と声が、うちのクラスの吉岡さんに似てるな、なんて思うけど。有働くん、どう思う?」


 数秒間の沈黙があった。有働の表情が凍り付いていた。有働と吉岡莉那の間にはやはり何かあったのかもしれない。だがこれ以上の質問はやぶ蛇になり兼ねないと思い、2人分のティーカップをテーブルに置きながら内木は話題を変えた。


「ほ、他にもCDとか揃ってるよ。聴きたいのあれば、か、貸すよ」


「マジか!おお~、抹殺少女戦闘隊もあるし。事務所ごとフォローしてんのか」


 有働の表情が戻った。しかし声色に感情がなかった。撲殺少女戦闘隊に興味がないのか。何か思うところがあって上の空なのか。


「う、うん。集めだすと止まらないんだ。お金だったらあるし」


「羨ましいな」


「う、有働くん欲しいグッズあったら、どれでも、あ、あげるよ。今日のお礼もしたいし」


「マジ?」


 有働は内木の部屋中を舐めまわすように見た。しまった!内木は思った。どれでも、というのは言い過ぎた。いくつか二度と手に入らないフィギュアやCDがあるのを忘れていた。しかし、有働は視線を内木に戻し、こう言った。


「いや。ここにあるのは、ぜんぶお前の大事なものだろ?いらないよ」


「え?で、でも」


「もし、俺に何かチカラを貸してくれるんなら、頼みたい事がある」


「え?な、なに?」


「俺さ、今回の内木みたいに、困ってるヤツを見てると助けてやりたいって思うんだ。だからさ、校内でもいい。地域住民の誰でもいい。困ってる人を助けるのを手伝ってくれないか?」


「で、でも、僕はなにもできないよ?ケンカだって弱いし」


「情報だ」


「じょ、情報?」


「内木、お前には情報収集能力があるし、ブログという影響力の強い拡散ツールもある。俺はそれに頼りたいんだ。いざと言うとき、それを使って人助けの手伝いしてくれるか?」


「う、うん。僕にできる事なら、きょ、協力するよ」


 内木は、有働努という友人がどういう動機で「人助け」をしたいのかは分らなかった。しかし、有働のまっすぐな瞳は、幼い頃憧れてたヒーローそのものの正義に燃える、あの瞳だと思った。「ヒーローはいたんだ」内木は心の奥でそう呟いた。


「なんで人助けしたいの?って訊かないのか?内木」


「理由なんて、ど、どうでもいいと思う。ヒーローは、ヒーローだから。ヒーローは理由なんてなくても、皆を、た、た、助けてくれる存在なんだ」


「ヒーローか。嬉しいこと言ってくれるな。あのさ…俺、目が覚めたんだ。詳しくは言わないけど、あるキッカケで、どうせ生きていくなら、誰かにありがとう、って言ってもらえる人間になりたいって思うようになったんだよ。困ってる人を助けて、苦痛や不安から救ってあげたい。だから俺…お前が言うようにヒーローになりたいと思うんだ」


 有働はまっすぐに内木を見て言った。内木もまた、珍しくまっすぐに有働の目を見て頷いた。


「ヒ、ヒーローになれるよ、有働くんなら。有働くん。こ、これあげるよ」


 内木が引き出しから取り出したのは「スーサイド5Angels」の限定50個のイヤホンジャックだった。有働の顔が明るくなった。


「いいのか?サンキュー!これ、ずっと欲しかったやつだ。今日から毎日つけるぜ」


 有働は微笑みながらさっそく、スマホにそれをつけた。


「そ、それとさ。有働くん。僕のブログに有働くんの事を…か、か、か書いてもいいかな?今日のこと、す、す、す、すごく嬉しかったから。それに、それを読んで、困ってる人が名乗り出てくることも、あ、あるかもよ」


 内木は、赤面しながら言った。有働は頷いた。


「なるほどな。宣伝みたいなものか。俺の実名を出してバンバン書いちゃっていいぜ。あ、そうだ昼にもらった白橋がつくってくれたクッキー食おうぜ。紅茶と合いそうだ」


 有働は鞄からクッキーの包みを取り出した。クッキーはバラバラに砕けていたが、包みを広げるとほんのり甘いバニラの香りがした。


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 内木はその夜、ブログを更新した。


 「芸能」ではなく「日常」タグにしたので見る人は半分以下かもしれない。これまでに上級生に受けてきた身体的暴力、恐喝の事実を(春日と久住の名前は出さずに)書き記し、


「同級生の有働くんに助けられて、先輩たちのイジメから解放された。僕は生まれて初めて、リアルなヒーローに出会えたんだ!」と大きな太文字や蛍光マーカーを多用し、大々的に宣伝した。


 有働にあげた「スーサイド5Angels」のスマホ用イヤホンジャックの写真も「友情の印」と説明を添えてアップした。


「困ってる人は誰でも助けてくれる有働くんを僕は応援していきたい」と結んだ。


 正義は世の中に知らしめるべきだ。内木はそう思う。


 クラスや校内、町中、日本中、世界中にまでステマの如く有働くんの「人助け」「正義」「善行」が波及すればいい。僕にできるのはブログの更新くらいだ。僕のできる精一杯で世界を少しずつ変えてみせよう…。内木は拳をつよく握り締めた。


 パソコンの隣には、かつて見限った幼き日のヒーロー「レスキュー戦闘隊イレブンナインズ」の塩ビ人形5体が誇らしげに並べられていた。

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