夏/カイ

 


幼い頃、貝殻には漣が閉じ込められていることを知った。

父に連れられた浜辺で打ち上げられたそれらを拾っては耳を当てて。

平坦な土地、起伏する山。生まれてから陸しか知らない私に貝は手軽に海へと誘ってくれるものだった。




―あれから、幾年を過ごしただろう。

水辺に立っても、揺らぎは濁り私を映さない。

唯一、自分に遺った貝は沈黙し、悟る。

もう、此処に漣は、亡いのだと。




悔恨に流す涙は戒めの様に落ちることはなく。

濁った水面の波紋は、すぐに見えなくなった。




 

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