第14話 無駄なやりとり
「フー」
私は冷や汗をかいていた。
「危なかった……。あんたら、マジで何してくれてんの」
ティスオ兵と一般人の間に、私は見上げるほどに大きな花弁の盾を作っていた。辛うじて、人々を銃弾から守ることには成功した。銃弾は一つ残らず、花弁にめり込んで止まっている。
「撃ち方やめ!」
号令がかかってから銃声が止むまでに、数秒かかった。
「非戦闘員の一般人を虐殺なんて、戦闘員の風上にも置けん奴らめ」
私はティスオ兵たちを睨んだ。
「エニアーク人が一般のリスーサ人を集めて、ティスオ人がそいつらを虐殺するなんて。これじゃ、リスーサ政府と大してやってること変わらないよ」
む、と兵士を仕切っていた軍人が言った。
「聞き捨てならんな。我々は邪悪なリスーサ人とは違う。正義のティスオ軍だぞ。不届きなリスーサ民族は、絶滅させるのが務めだ」
「ぜっ、絶滅!? あんた、自分が何言ってんのか分かってる!? 正気を疑うよ!!」
私が言うと、軍人は難しい顔をした。
「……確かに、これは簡単にはいかない仕事だ。だが大統領の命令ならば、必ず成功させる。それが我が使命なのだ」
「誰もそんなこと言ってないでしょ!? 簡単かどうかとか、使命がどうとかじゃなくて、そもそもこんなことしちゃ駄目だって言ってんの!!」
「何故かね? 貴様は共産主義が正義だとでも言うのか?」
「そ、それは……」
「共産主義は悪だ。故に、共産主義者の民族は絶滅させねばならない」
軍人は断言した。
「それとこれとは話が違うっていうか……。イデオロギーと民族は関係ないだろ? それにこいつら自身は、何も悪いことはしてないじゃないか!」
「ええい、口答えをするな! 忌々しい女の化け物が!」
軍人は急に怒鳴ったが、私は平然としていた。
「怒鳴れば自分の思い通りになるとでも? 人間風情が威張ったところで何とも思わないな」
「そこの! この化け物を射殺せよ!」
「は、はいっ!」
兵士の一人が放った銃弾を、私はまたしてもツルで叩き落とした。
「今はだいぶ疲れも取れたから、ちょっと撃たれたくらいじゃ気絶はしないけど、痛いのは嫌だからね」
私は手を広げて、地面から大きなハエトリグサを生やした。
「次撃たせたら、こいつにあんたを食わせるよ、お偉い軍人さん。人を殺すってことは、自分も殺される覚悟があるってことでしょ?」
ハエトリグサから滴った溶解液が、ジュッと地面の草を焼いた。軍人はたじたじとなった。
「わ、私を殺してみたまえ。貴様も無事では済まんぞ」
「本当に?」
「そうとも」
自信満々にそう言う軍人に、部下らしき兵士が「おそれながら」と口を挟んだ。
「この女、リスーサの情報局に長期間拘束されながらも、施設を破壊して逃げ切ったという記録が残っております。おそらく我々が拘束しても結果は似たようなものかと……」
軍人は少しの間沈黙したが、すぐに元気を取り戻した。
「だったらどうした。この女が平気でも、エニアーク人どもが無事で済むと思うなよ」
私はがっかりした。
「うーん。あの人たちを人質にされると弱いなあ」
「どうだ、参ったか。ならば私をそれに食わせるのはやめておくことだな」
「うーん、従わざるを得ない……。っていうか、あんた今、『エニアーク人ども』って言った? ティスオの皆さん、ここにいるリスーサ人だけじゃなくて、エニアーク人のことも弾圧するおつもりで?」
軍人は胸を張った。
「当然であろう。いいかね、良く聞きたまえ。リスーサ人は劣等民族である。そのリスーサ人に似た特徴を持つエニアーク人もまた、リスーサ人に次ぐ劣等民族である。これが真理だ。ちゃんと科学的な証拠も出ておる。進化論にのっとれば、我々ティスオ人こそが、最も優等で先進的な生物であることは明白だ」
「ははあ」
私は逆に感心してしまった。こんな真理の欠片もない嘘っぱちの似非科学を信じてしまう人が、本当に存在するのか。恐ろしいことだ。
「分かってくれたかね」
「分かりましたよ。あんたらが馬鹿だってことが」
ふん、と軍人は鼻で笑った。
「そういう貴様はどこの民族の出身なのかね」
「いや、私、人間じゃないんで……。全てのことを民族の枠組みで見るのはやめとこうな」
「人間じゃない、と……。つまり貴様はリスーサ人よりも更に劣った生物ということだな」
「ああ、どうしよう。相手が馬鹿すぎてつらい」
私は頭を抱えた。その時、軍人が「構え」と言った。
兵士たちがガチャガチャと慌てて銃を構える。
「撃――」
「撃つなーっ」
私は、萎れてしまった花弁の代わりに新たな花弁を作って、リスーサ人たちを守った。
「あ、あ、危ねえー! 油断も隙も無いな、あんたら!」
「フン。貴様が何度阻止しようと構わん。何度でも撃ってやる。銃弾はたっぷりあるからな」
「ぐぬぬ……」
「それに、貴様がここで私を止めたところで何になる? 別の町では同じ作戦が実行されているが、そちらは無視して良いのかね? 我々は一向に構わんが」
「ぐぬぬぬぬ……!」
「全く、無策なことよ。人間以下の生物はこれだから困る」
軍人は部下たちを振り返った。ティスオ兵たちは「ワハハ」と笑ってみせた。私はカッとなった。
「あんたら……この外道が! 私が天罰を下してやろうか……!!」
「ちょっといいですか、ラリサさん。お呼びがかかってます」
「今は引っ込んでな、リディヤ……」
言いかけて私は、ハエトリグサを増やす手を止め振り返った。
「ええっ!? リディヤ!? 何でここに」
そこに居たのは紛れもなく、かつて私の案内人を務めた妖精だった。
「何でも何も、私はこの世界のこの地区の担当ですからね」
「いや、だから、お呼びって何……まだ休暇は終わっていないはずだけど」
何だ何だ、と人間たちが騒ぎ出す。そういえば人間には妖精の姿が見えないということを、私はすっかり忘れていた。だが今は取り繕っている場合ではない。
「確かにラリサさんの休暇は終わっていません。しかし神々から、『いくらなんでも羽目を外しすぎだ、この愚か者』とのお言葉を頂いています。よって迎えに行くようにと仰せつかりました」
「いや、急だな!? 今!? よりによって今かよ!? 今じゃなきゃ駄目?」
「はい」
「あの、ちょっと間が悪いって言うか。休日出勤はお断りなので」
「そう言うと思いましたが、今回は本当に従った方がいいですよ。ただでさえ天使の能力を乱用して人間を殺しまくってるんですから。人間の世界に干渉した挙句、神々のお声がけを無視するのは、感心しませんね。さあ、行きましょう」
「嫌だっつってんでしょ。今は無理ですって言っておいて」
「……仕方ないですね」
リディヤは言って、パッと消えた。良かった、と息をついた次の瞬間、私は凍り付いた。
そこには、背が高く威厳のある佇まいの女神が立っていた。
「悪戯はそこまでですよ、ラリサ」
厳かな声で諭されて、私は全身に鳥肌が立つのを感じた。
「すっ……スヴェトラナ様!? なにゆえ、かようなところに」
「お前が言うことを聞かないからです」
「だって、見てわかるでしょ、この状況! 今私が消えたら大虐殺が……」
「そこに並んだ数十人が死のうが助かろうが、大勢に影響はありません」
私は驚愕した。
「な……何ですって」
「他の町では既に何百人と死者が出ているのです。あなたがここにいても何も変わりません。幸いなことに」
「だからって……!」
「天使が人間に過度に構うのは避けるべきです。とにかく、帰りますよ、ラリサ」
スヴェトラナは全身から眩い光を発した。私は思わず目を瞑った。再び目を開けると、そこは天界の――牢獄の中だった。
「嘘でしょ」
私は嘆いた。
「イヴァナたち死んじゃうじゃん……。本当に強制送還するとか、あの女神マジか……」
「それ以上、悪口を言わないでくださいよ。また善行点が減ります」
私は恨みがましく妖精を見た。
「リディヤはそればっかりだな。そもそも今回はあんたのせいだって分かってる? あんたが、わざわざ、私に戦争のことを教えたんだからな」
なじると、リディヤはむくれた。
「私だって、できるなら人々を救いたいですよ。でも神々に逆らうわけにはいかないじゃないですか」
「情けない奴。やると決めたなら腹をくくりなさいよ」
「ラリサさんには分からないでしょうね、このジレンマが」
「分かりたくもないね」
私は怒ってそっぽを向いた。
「ラリサさん。すみません」
「……ふーんだ」
「お伝えし忘れたことが」
「……何だよ」
「あなたには、新しく刑罰を与えるそうです。決まるまでの間、ここに拘留するとか」
「あっそ」
「……大人しくしていてくださいね。頼みます」
「あんたに言われる筋合いはこれっぽっちも無いね」
「そう言わずに。私も反省しています」
リディヤはシュンと項垂れた。
「不用意にあなたをけしかけて、こんな事態になったこと、申し訳ないと思っています」
「私じゃなくて、下界の人たちに謝りなよ」
「……そうですね」
リディヤは呟くように言った。
「……では、私はまだ仕事があるので、これで……」
「リディヤ」
「はい」
「あんたにはお咎めが無かったようで、良かったよ」
リディヤは驚いた顔でこちらを振り返った。
「……ラリサさん」
「うん?」
「……いえ。何も。くれぐれも無理をなさらないでください」
リディヤは牢獄を去った。
「無理をなさらないで、だってさ」
私は独り言を言った。
「よく分かっているじゃないか」
さあ、と私は辺りを見回した。
(能力を封じられてしまう天界の牢獄から脱走するのは、簡単じゃないだろうな。実行するのは後だ。……だから)
私は硬いベッドにごろりと寝そべった。これでも、集団農場で提供されていたベッドの百倍はましだ。
(今は、おやすみ!)
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