幕間
第10話 天界の庭
天界での仕事を再開してから数年後、私は神々の食糧を調達するための畑の一角を任された。神々から珍しい能力を授かって生まれた天使は、このような特別な仕事を割り振られることがある。植物生産の能力を持つ私も例外ではない。
「うらやましいですわ」
私よりも偉いはずの天使ガリナは、少し不満そうだった。
「あなたみたいな問題児でも、能力さえあれば良い仕事に恵まれますのね」
「実力主義は嫌いじゃないよ。仕事そのものは嫌いだけどね」
「ほら、そういうところですわ。何が実力ですか? わたくしなど日々神々を崇拝して、ようやくここまで漕ぎ着けたのですからね」
「何だ、あんた、ローディオンのお付き程度ではご不満か。その気持ちはとても良く分かるぞ」
「はあ!? そんなこと、ちっとも言ってませんわ! わたくしはわたくしの実力と実績で得たこの立場を、たいそう気に入っておりましてよ。そもそもあなた、畑をもらったくらいで、わたくしより偉くなったおつもり? 勘違いも甚だしいですわ!」
「まあまあ。文句を言いなさんな」
「もう……あなたと話していると調子が狂いますわ」
とはいえ、土地を手に入れられたのは嬉しかった。新しい野菜の開発という名目で、私専用の区画まで設けてもらっている。私はその区画の半分を真面目に生産に充て、もう半分は好奇心の赴くままに使うことにした。
「珍しく有言実行といいますか。少しは偉くなったものですね」
妖精のリディヤが休憩がてら私の様子を見に来た。
「そう?」
私は熱心に、自分の生んだ植物を観察していた。
「まあ確かに、こうして研究に打ち込める環境はありがたいね」
「これは何を育てているのですか?」
「あ、触っちゃ駄目」
私は慌ててリディヤを制止した。
「それ、開発中のトリカブト。あんた小さいから、触っただけで呼吸困難になるよ」
「何をやっているのですか!!」
リディヤは呆れ返った。
「神々から貸して頂いた土地で、何てものを作っているんです!?」
「私に土地を任せたらこうなるってことくらい、神々は分かってるさ。その上で私がここに入る利点の方が大きいから、許可を出したんでしょ」
「ムムム……。ラリサさんの言い分は理解できますが、無性に腹が立ちますね」
「あっはは」
私はトリカブトの隣のウツボカズラを覗き込んだ。ぷっくりした縦長の袋のてっぺんが、大きく口を開けて、獲物の落ちて来るのを待っている。
「うーん。食虫植物は発明の幅があって楽しいね。これなんかもう少し大きくしたら、リディヤのためのお風呂ができるんじゃないの」
「ヒッ……お断りします」
「大丈夫、この子たちには溶解液は入っていないから。そっちのには入ってるけど」
「ヒエエ……」
そのまた隣にはイバラが生えている。巨大なイバラはかなりの殺傷力があるということが、近頃分かってきたのだが、もう少し賢い使い道はないだろうかと考えたのだ。ここにあるイバラの棘は、鉄条網のような複雑な形をしていて、一度引っかかったら容易には逃げられない作りになっている。
「そんなに攻撃力の高いものばかり作ってどうするんです?」
「どうするも何も。楽しいからやってるだけ」
「これのどこが楽しいんですか。物騒ですね」
「ええー? 強いて言うなら、自分の能力でここまでのことができるんだっていう、達成感みたいなものかな……? あと普通に見ていて楽しいし、鍛錬の一環ってことで善行点を稼げるからお得」
「……もっと役に立つものや、可愛らしい花でも作ったらいかがです」
「役に立たないから面白いのに。……まあ、そっちの畑では、新種のトマトとかを真面目に作っているから、大丈夫。こいつら、料理係にも人気なんだよ」
「そうなんですか」
私は、胡麻粒みたいに小さなトマトを一つもいで、リディヤに渡した。
「食べる?」
「……毒など含まれていないでしょうね」
「疑り深いねえ」
私はニヤニヤと笑った。
「あんたを苦しめたいなら、こんなまどろっこしいことはしないよ」
「……嫌な言い方ですね」
リディヤは幾分ムスッとしてミニトマトを受け取り、小さな口で齧った。
「ん! 甘い」
「だろ」
私は満足げに頷く。
「こないだまでここの担当だった天使に聞いたんだ。トマトは水をやりすぎないほうがうまくなるって」
前の担当者は天候を操る能力の持ち主だった。彼はトマト畑への降雨量を調節していたらしい。
「へえ、意外とちゃんと考えてるんですね」
「もっと褒めていいぞ」
「調子に乗らないでください」
リディヤはトマトを食べてしまうと、「ごちそうさまでした」と飛び去って行った。
私は金色の羽がチカチカ光りながら遠ざかっていくのを見送ると、一度伸びをした。
「さてと、長期休暇の獲得まで、あともう一踏ん張り」
歌うように口ずさむ。
「ヴィーヴ、クレスク、フルークトゥ。たくさん育ってたくさん実れ。あんたらがすくすく成長してくれたら、私は下界の人間のところに行けるぞ」
私はしゃがみ込んで、ぶちぶちと雑草を抜き始めた。ここいらの担当である妖精たちも、私の真似をして雑草を引き抜いていく。
何もこうやって地道に努力しなくても、また天界で大騒ぎを起こせば、私はまんまと追放されるかもしれない。でも同じところに追放されるとは限らないし、また拷問を受ける羽目になるのも嫌だ。
だから、働いて点を稼ぐ。高い点数を得たら、それを利用して下界へ旅行に行く。
これまで、出世のためとか、神々にお近づきになるためとか、そういうくだらない理由で善行点を稼ぐのはどうしても嫌だった。だがこうして楽しい目標ができたからには、面倒臭くても頑張れる。
百年経ってようやく気づいたことだ。もっと早くに楽しみを見つけておけば良かったかもしれない。だが私は過去のことをくよくよと振り返ったりはしないことにしている。今から巻き返せば良いだけの話。簡単なことだ。
(今度リディヤが来た時には、久しぶりにエニアークの様子でも聞いておかないと)
青く透き通った空を見上げて、私は汗を拭った。
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