第7話 野菜と最高指導者
私が差し出した手の先。そこには噂に聞いた、古風な宮殿があった。昔の王族が住んでいたところを、現政権が政府中枢として使っているのだそうだ。
その宮殿を全方向から包み込むようにして、一抱えもあるぶっといイバラが生え出した。舗装された地面を割ってにょきにょき伸びたそれは、棘を成長させて、複雑に絡み合う。
「これで中の奴らは逃げられまい。いざ、宮殿へ!」
私は猛烈な速さで駆け出した。
トントンッと道路を飛び越えて宮殿まで一直線。
最高指導者がこの国の全てを決めると、リディヤから聞いた。ならば会いにいくしかあるまい。その人物に。
ウォクソムの町は、突然起きた超常現象を見て、大混乱を来していた。
「何でイバラが? というかイバラなのかあれは!?」
「帝国主義者が新兵器を開発して我が国を襲ってきたのか!?」
「え、というか今、緑の髪の農民が、信じられない速度で走り去って行ったんだが……」
人々の困惑を他所に、私はイバラに覆われた宮殿に辿り着いた。そこからイバラを掻き分けて、何とか扉の前まで漕ぎつける。入るは易し、出るは難しというやつだ。
中には、あまりの事態に冷静さを完全に失っている見張りの者がいた。
「よう、兄ちゃんたち。お困りのようだね」
「な、何だね君は」
「今すぐ私を最高指導者のとこに連れてってくんない?」
「……気でも狂ったか? 貴様のようなただの農民に御目通りの叶う方ではない」
「交渉がしたいのさ。これをやったのは私だから」
私はイバラを指さした。
「これの件でお困りなんだろう? 話次第ではこれを除去してやってもいいんだよ」
「……」
軍事警察官たちは顔を見合わせた。
「上に確認してくる。貴様はここで待っていたまえ」
「うんうん、それが賢明だね」
数分後、私はひとまず宮殿の中に通された。ただし、手錠付きで。
中へ入ると、思った通り人々がバタバタと駆け回っていた。
イバラをチェーンソーで切除しようとしているらしいが、とても刃が通らないだろう。そんなもので傷がつくようなやわな作りにはしていない。
私は偉そうな態度の官僚の待つ部屋へ連れて行かれた。部屋の装飾は非常に豪奢で凝った作りをしていた。私は、アッセドの惨状を思い出して、あまりの格差に吐きそうになった。
「君が、あー、そのー、これをやったというのかね」
官僚はイバラを指差した。私はあっさりと頷く。
「そうですね。私、こういう特異体質の持ち主でして」
私は手錠をされた腕を持ち上げて、ご立派な木材でできた机を指さした。途端にヒマワリの花が、バキッと机を割って顔を出し、見事に咲き誇った。
官僚は「あわわあわわわあわ」と言って逃げた。
次いで、もっと偉そうな官僚が部屋にやってきた。
彼はヒマワリを見て、「ほう」と言った。席に着き、私に向き直る。
それからいきなり話を始めた。
「先日、辺境の地エニアークから、こちらに報告があってね。植物を生み出す、化け物のような女がいると」
化け物とは失礼な、と私はムッとした。
「彼女の処遇をどうするか取り急ぎ返答をと言われた。そんな荒唐無稽な話があってたまるかと思ってね、その話は『よきにはからえ』とだけ言って放置してしまったんだ」
「ふむ」
「だがまさか、本当にそんな人物が現れるとは」
官僚はおかしそうに笑った。なかなか肝の据わった男だと私は思った。
「君、今ここで、何か生み出してみてはくれないか」
「いいですよ。何にします?」
「では、バラの花を」
「はいどうぞ」
バキッ、とヒマワリの隣に見事な赤色のバラが生えた。
「ほほう……これはこれは……」
男は感心して花を見つめた。
「それで、この外にあるイバラも全部君が?」
「そうですね」
「君は帝国主義の国からやってきたテロリストか何かかね?」
「いえ、全然違います。でも、まあ……ちょっと最高指導者とお話がしたくてですね、でも普通にやったんじゃ会えないと思ったんで、こういう乱暴な手段に出た次第です」
「ふむ。因みに、同志スタルにどのような話が?」
「簡単な話です」
私はにっこりと作り笑いをした。
「エニアーク人への虐殺を止め、彼らに充分な食糧を与えてください。そうすればこのイバラは外します」
「なるほど」
男も爽やかに笑って、言った。
「このような多くの罪を犯した君には、二つの選択肢がある。一つは銃殺刑。もう一つは、情報局の人体実験の材料になる。どちらがお好みかな?」
バンッとドアが開いて、武装した軍事警察が何人も現れた。
私の笑顔が凍りついた。
「あー……どっちも嫌っすね」
最高指導者に直接会いたいと言っているのに、全然話が噛み合っていないではないか。この分からず屋。
「すみませんが、それは私も困るんで──反撃させてもらいます」
まず私は、軍事警察官たちの抱える小銃の中に樹木を生えさせて、全て破壊した。次いで全員の顔面にスイカ爆弾を叩きつけた。
それからエンジェルス・トランペットだ。ぽかんと事態を見守っていた官僚の口の中に花を咲かせ、飲み込ませる。幻覚作用のある毒がすぐに回るはずだ。
「さあ、お薬をキメた官僚さん」
私は男をお姫様抱っこした。
「同志スタルとやらのところに私を案内しな!」
***
私は涼しい顔で廊下に出ると、床からボコッと巨大なツタを生やし、その上に跨った。そして、官僚の男の言う通りの方向にツタを成長させ、宮殿の中を爆進した。私に向かってくる警備の者は無数にいたが、私が抱えている人物はよほど偉いらしく、誰も発砲してこない。まごまごしているうちに彼らはツタにぶつかって吹っ飛ばされていく。
こうして私はまんまと宮殿の最上階、スタルの部屋の前に到着し、その扉を破壊した。
「チワーッス!! スタルさんはいらっしゃいますかーッ!!」
上への伝達が間に合わなかったのは一目瞭然だった。このでっぷり太った口髭の男スタルは、あろうことか、ソファの上で和やかに休息を取っているところだった。宮殿中がイバラで覆われているというのに、呑気なことだ。
「何事かね!?」
スタルは飛び起きると、割れんばかりの声で、青筋を立てて怒鳴った。
「私の休息中は
それから、大蛇のようなツタと、それに乗った私と、私に抱えられた官僚を見て、言葉を止めた。そしてしばし唖然としていた。私はその隙に言いたいことを言うことにした。
「スタルさんッ!」
腹の底から叫ぶ。
「どうかどうか、エニアーク人への
数秒間の沈黙があった。
スタルは大きく息を吸った。
「殺せ──ッ!!!」
「はっ!!」
軍事警察たちが一斉に発砲する。その銃弾を、新しくツタから枝分かれした硬い硬いツタが、うねるようにしてはたき落とす。
「仕方がないな。天使として、この手は使いたくなかったんだけど」
私はクルクルッと宙返りをして、猛り狂ったスタルの前にストンと着地した。
「あの人工飢饉はあなたが起こした。だったらあなたを──殺るしかない──」
「なっ、このっ、無礼者──」
「食らえ! 鋼鉄のカボチャ爆弾ッ!」
極限まで硬くしたカボチャの実が現れて、スタルの脳天に直撃した。スタルはふらふらっとよろめき、床に倒れ込む。私は更に、雨あられとカボチャを降らせた。
「エニアーク人たちのッ! 苦しみをッ! 思い知れッ!」
「ギョアッ! やっ、やめろ!」
「やめろはこっちの台詞だ! 虐殺をやめるのかやめないのか、どっちだ──!!」
「は、早くこの女を殺して、私を助けたまえ!!」
「このッ! 外道ッ! 死んで詫びろ──ッ!!」
鋼鉄のカボチャがドカドカと降り注ぐ。
「早く私を助けんか!」
「こら! 虐殺をやめるって言いなさい! 殺すぞ!」
「グハア――ッ!! こいつを殺せーッ」
「いいから! 飢餓を! 早く! 解決! しろ!」
「……! ……!!」
スタルがふざけた命令をしなくなった辺りで、私は攻撃をやめた。
カボチャはごろごろと転がり、その下には、頭部を真っ赤に破壊されて息絶えたスタルの姿があった。
「フンッ。他愛もない」
私はその髭面の死体を、道を塞いでいるツタの向こう側、軍事警察たちのいる廊下に放り投げた。
「ほらよ!」
銃声が止み、辺りは静まり返った。
「?」
私が様子を見に、ヒョコッとツタの上から顔を出す。
その場には、明らかにホッとした空気が流れていた。
「こ、これで、恐怖政治が終わる……のか……?」
誰かがぽろっとこぼした。
啜り泣く声も聞こえた。
そして誰もがスタルの遺体を放置していた。
「なあんだ。みんなスタルのこと大嫌いじゃないか」
私はどうやら良い仕事をしたらしい。さしずめ魔王を倒した勇者といったところか。英雄級の所業ではないか。うむうむ。悪くない。
「だが、いずれにせよ──」
一人の軍事警察官が言った。
「この女は暗殺の罪で即刻処刑せねば」
「へ?」
私は完全に油断していた。
だから、植物を生やして防御する暇がなかった。
私の脳天を、銃弾が貫く。
私は血飛沫を上げながら、引っくり返って、ツタからずり落ち、床に仰向けに倒れた。
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