ジョージとドラゴン

 ジョージにとって昔から不思議なことがありました。


 家の一番目立つ場所に飾られた、キラキラした大きな青い石です。それはうっすら透き通り、陽の光が差し込むと微妙に色を変えながら輝くのです。その石には同じくらい綺麗な糸で編まれた縄飾りがかけられていました。


 小さなジョージは母の足元で歩きながら訊ねます。


「あの大きな青い石はいったいなに?」

「あれはお父さんの宝物なのよ」


 ジョージのお父さんは町で一番の職人です。彼の手にかかればどんなに痛んで錆だらけになった道具でもピカピカの新品同様に直してくれます。


 ジョージにはもう一つ、不思議なことがありました。


 ジョージの家のクローゼットの一番奥に、古い古いコートと帽子が仕舞われています。そのコートと帽子もまた、キラキラとしてとても綺麗で、手触りもすべすべしてとても着心地が良さそうです。


 ですがジョージが思い出す限り、お父さんがこのコートと帽子を身に着けていたことはありません。


 小さなジョージはご飯を食べた後、お父さんに聞きました。


「クローゼットの奥にある、とても綺麗なコートと帽子はなに?」

「あれはお父さんの大切な思い出の品なんだよ」


 ジョージのお父さんはそう言って、ジョージを傍に呼んで聞かせてくれました。










 西の森の奥深く、谷を下ったその先に、玉の転がる湖に、見越せぬほどに大きなる、ドラゴン様の住処あり。


 ドラゴン様がいうことにゃ、嘗てここらはその昔、、天を突くほど大きなる、見事な山がそびえてた。


 ドラゴン様がいうことにゃ、山の洞で寝ていると、世界の果てのその果てから、勇者と呼ばれるものが来た。


 勇者様がいうことにゃ、世界の果てのその果てで、邪悪な魔王と百万の、手下がわんさと暴れてる。


 勇者様がいうことにゃ、魔王と手下を倒すため、ドラゴン様に生えている、逆鱗よこせとやってきた。


 ドラゴン様はいきりたち、あっちへいけと吼えたそう。


 さてもさても、ドラゴン様と勇者様、共にもはや言葉なく、矛と牙とを競わせり。


 両者の争い激しくも、七日七晩競いに競い、ドラゴン様の渾身の、一撃見事に打ち砕かれた。


 七日七晩その果てに、天を突くほど見事な峰は、木っ端みじんに砕け散り、四方八方飛び散った。


 七日七晩その果てに、疲れ切ったドラゴン様の、身体に生えた逆鱗は、勇者がもぎ取り持ち帰る。


 七日七晩その果てに、疲れ切ったドラゴン様は、身体を癒しに旅立った。温泉目指して旅立った。


 ドラゴン様がいうことにゃ、南の果てにあるという、温泉の湧く砂漠にて、穴を掘り掘り、大穴掘って、身体を埋めて、癒したそうな。


 さてもさても、温泉に浸かったドラゴン様は、うつらうつら、良い気持ち。


 こっくりこっくり、居眠りしてたら、あっというまに、時が流れた。


 気が付きゃ背中にべっしりと、砂粒積もって寝ていたよ。


 驚き慌てたドラゴン様は、ぶるりぶるりと身を振って、砂粒落として飛び立った。


 気が付きゃここらは森になり、谷になり、嘗ての洞は湖になり。


 気が付きゃここらに人が棲み、町になり、嘗ての勇者は幻になり。


 大慌てのドラゴン様は、砂と一緒にばらばらと、鱗落として飛んでいき、漸く帰った湖の、キラキラ光るその底で、くつろぎくつろぎ、おわすなり……。



 ジョージはその夜、夢を見ました。自分が巨大なドラゴンの背中に乗って自由に空を飛ぶ夢です。


 目を覚ましたジョージは、居ても立ってもいられなくなりました。お父さんの語ったドラゴンに会ってみたくなったのです。


 そこでこっそりジョージはクローゼットを開けて、お父さんの思い出のコートと帽子を使ってみました。


 まだ背の低いジョージがコートと帽子を身に着けると、ぶかぶかで体が全部隠れてしまいます。


 その恰好でジョージはそうっと家の裏口から外に出ました。コートの裾を引きずって歩くジョージは、裾からぽろぽろと鱗が剥がれ落ちていることに気付きません。


 やがてジョージは町を出て、西の森に行ってみることにしました。まだ夜が明けたばかりの澄んだ空気を一杯に吸い、ジョージは意気揚々と森の中に入っていきます。しかし、だぶつく袖を横枝に引っかけて進むジョージは、ぼろぼろと鱗が剥がれ落ちていることに気付きません。


 ジョージはうねる森の中の、暗いくらい道を一人、どんどんと分け入って進むのでした。

 

 

 息子がいないことに気付いたジャンは、嫌な予感に苛まれます。ドラゴン様に会った時のことを話したせいでしょうか。


 ふと思い立ち、クローゼットを開けます。そこにはあの、鱗で覆ったコートと帽子が無くなっていました。


 驚いたジャンは、ランタンとナイフだけを持って家を飛び出します。するとどうでしょうか。


 家の裏口から点々と、古くてボロボロになった鱗が西の森まで続いているのです。


 ジャンは地面に落ちている鱗を拾いながら、その先へと歩いていきました。西の森の奥へ奥へと続いていく道に落ちている鱗を拾いながら、その量が少なくなっていくことに不安を覚えます。


 やがて落ちている鱗が尽きた時、地面に転がっている、古いコートと帽子で出来たかたまりを見つけました。


 それはジョージでした。ジョージは既に息がありませんでした。鱗の無くなったコートと帽子では、森の奥に棲む小鬼や狼や熊を欺けなかったのです。


 深く嘆き悲しみながら、ジャンはジョージを抱きかかえ、家に帰りました。


 その日、ジャンと奥さんは深い悲しみの中で暮らしました。


 ジャンは、せめて綺麗な姿で弔ってやろうと思い、大切にしていたドラゴンの生の鱗を刻み、ジョージの棺にしてやることにしました。


 一晩を掛けて出来上がったその棺に、ジョージはぴたりと合いました。ジャンの奥さんは、その棺にぴったりと合う掛け布を、ドラゴンの鬣から織り上げました。


 そしてついに、ジャンの家で葬式が始まります。町一番の職人のジャンの家にはたくさんの弔問客がやってきて、家の一番広い部屋に置かれた、それは見事なジョージの棺を一目見て、ジャンの深い愛情と悲しみに心を馳せます。


 ジョージの棺が多くの人の手によって持ち上げられ、墓地へと運ばれようとしました。陽に光を浴びたジョージの棺は青白い光を放っていました。


 その時、西の森のその果てから誰も聞いたことがないような巨大な音がします。そして豪風が唸る中、谷底から飛び出したドラゴンの巨大な影が町を覆ったのです。


 そう、ドラゴンは西の町にやってきました。その巨大さは町を容易く包み隠すほどに巨大でした。


「ジャンよ。弔いにやってきたぞ」しめやかにドラゴンは言いました。


「ドラゴン様。ありがとうございます。ジョージも喜ぶことでしょう。ジョージは、ドラゴン様に会いたがっておりました。しかしそのことが、ジョージの命を奪ってしまったので、それは、親としてとても悲しいことでした」


 ジャンがそういうと、ドラゴンはその大きな目で、小さく小さく映るジョージの棺を目にしました。


「ジャンよ。ジョージの命を惜しむお前の気持ち、しかと受け取ったぞ」


 そういうと、ドラゴンは天に向かって巨大な咆哮を放ちました。空が歪むほど巨大なドラゴンの叫びに人々は恐れ上がります。


 そんな中、ドラゴンの鱗で出来たジョージの棺に光が宿りました。眩いばかりの光を放つ棺がジャンの目の前で形を変え、それはちょうど小さなドラゴンの姿になりました。


 小さなドラゴンは目を開けると、可愛らしい鳴き声で一鳴きし、小さな翼をはためかせて空に飛びあがりました。


 驚いて言葉も出ないジャンに対して、ドラゴンは言います。


「ジャンよ。お前の息子のジョージは儂がもらい受けよう。ジョージは人ではなく、ドラゴンとして生まれ変わったのだ」


「なんですと。何故そのようなことをなさったのですか」ジャンは訊ねます。


「それは、お前が儂の友人だからだ。そしてジョージが死んだ理由が儂にあるのなら、儂が償いをせなばならんじゃろう。ジャンよ。ジョージは儂の下で立派なドラゴンに育てよう。その時、この町はジョージの下で末永く守られることになろう」


 ドラゴンはそういうと、巨大な翼を広げて飛び上がり、西の森の果てへと帰っていきました。


 それから、しばらくして。


 ドラゴンの鱗を手に入れると、ドラゴンと知り合いになり、永遠の命を得られるという噂が流れました。


 そしてドラゴンが現れると言われる町で、人々は熱心に鱗を求めて歩き回りました。


 しかし、それ以来、一度もその町では、ドラゴンの鱗が拾えることはなかったそうです。

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