第19話 第二階層の主(2)
時間稼ぎ?
疑問符が頭に浮かぶのに合わせて下から青白い光が立ち上るのが見えた。
足元に目を移すと白骨の下から魔法陣が浮かんでいる。それも強い光だ、第一階層の時よりもはるかに。
天を覆ったあの炎が脳裏をかすめる。
「ようし、まかせろ……だが速いとこ頼むぜ」
俺は奴をおびき寄せるためアニモから壁伝いに離れて行く。足を動かすたびに地面に散らばった骨が乾いた音を立てていた。
注意を引くため刀で壁を打ち鳴らそうとした、その時。
「ケイタ! 上だ!」
アニモの声。
脇目も振らずに駆け出した。
突如、ガクンと視界が下がる。体のバランスを保てない。
下の白骨だ、足を取られた。
殆ど四つん這いのまま刀を立て飛び込む。
顔に固い何かが当たるのと同時に背後で轟音が響いた。
すぐに立ち上がる。血の味、唇を切ったか。
化け物は悠然と顔を上げるとこちらを見下ろすようにして再び上空へと舞い上がっていった。
そういえば、銀髪はどこだ?
周囲を鋭く見渡す。俺についてきたわけじゃない。アニモの近くにもいない。
……いた。丁度この広間に入ってきた場所の近くだ。何かを抱えているように見える。
だが、キッチリ確認する暇はなかった。
上に首を回すと暗闇に何かが反射する。
頭の中に浮かぶのは奴の分厚い鉤爪。
それに貫かれる幻想を振り払うように俺は再び駆け出した。
あれから、どれだけ化け物を躱しただろうか。息が上がってきた。呼吸をするたびに視界がゆらゆらと動き大玉となった汗が顎の先から滴り落ちた。
それにしても妙だ、どうしてハーピーは俺だけを狙う? 特別な動きや音を出しているわけじゃない。そもそもハーピーは魔鳥類、目は良くないはず。
なぜ俺の居場所が分かるんだ?
風切り音。
タイミングを計り地面に飛び込む。土が口に入ったところで地響きが伝わって来た。
土を吐き出し周囲を見渡す。
ここは広間の中央か。この辺りは骨がほとんど見当たらない。
なぜだ? 壁沿いは死体が山になっているのに?
「ケイタ! もういいぞ!」
アニモの声。かなり離れているここからでも、その体が青白い光に包まれているのが分かった。
俺は中央を抜け青白い光を目指す。あと五十歩。
後ろを確認。
ハーピーの姿。飛び立っていない。
ただ、じっとこちらを見下ろしている。丁度、鷹が野ネズミに狙いを定めた時のように。
だが、奴は追ってこなかった。まさか、策に気づかれたか?
どうにかアニモの元へたどり着いた。膝に手をつき呼吸を整える。かなり足にきてるな……少し走るとすぐ息が上がる。
「よく時間を稼いでくれた」
こちらを見ないまま、魔術師は告げた。黄色い目は化け物へと貼り付けられている。
「あのクソ鳥、急に動きを止めやがった。まさか気づかれたか」
「分からん。ハーピーにそんな知性は無いはずだが……魔法を撃つのにあやつを近くまで引き寄せねば」
どうも何かをぶっぱなす類いではないらしい。そういうことなら奴をおびき寄せてやる。投げるのに手頃な石をさがそうと俺が身をかがめた時だった。
「来たぞ!」
顔を上げる。ハーピーを目でとらえた。奴は空中、地表すれすれを滑空している。
真っすぐこっちに来る。
腰を下げ戦闘態勢。
抜刀し両手で構える。
「すげえ勢いだ……大丈夫だよな?」
「見てろ、消し炭にしてやる」
頭で三つ数える前に奴は十歩先まで来ていた。
九歩先、
八歩先、
七歩、もう奴の表情までわかる。
ここでアニモはそれまで掲げていた両手を地面に叩きつけた。
魔法陣は地上を滑るように前へ。
ハーピーの直下に到達。
青い光が奴の顔を映し出し、斜めに曲げられた口が写し出される。
刃を押し当てられたような悪寒が背中に走った。
光が、消えた。次の瞬間。
火柱が天まで伸び、虚空を焼き尽くした。
「す、すげえ……」
人間二人がすっぽり入れるほどの火柱が猛烈な勢いで天へと昇っていった。この呪われた闘技場を赤い光が塗りつぶす。
だから、初めは分からなかった。
火柱の後ろに巨大な赤い翼が血濡れの大鎌のように浮かび上がっていることに。
魔法を躱された。
あの翼の高さ、ハーピーは飛んでいない。
奴は大きく翼を後ろへ引いている。
風を起こす気だ。風向きは……。
その意図、
起こる未来が頭の中に暗い地図を描く。
「クソッ! アニモ!」
魔術師を抱えるように腕に抱き地面へ。
恐ろしい熱風が襲ってきたのはそのあとすぐだった。
「グッ……!」
背中に直接火を押し当てられたような感覚が襲う。目の前には紅蓮の景色。首を下げ、どうにか頭への炎の直撃は免れた。
炎が引いてすぐ腰と右足に猛烈な痛みが走る。
だが、まずは虫の息になった魔術師が先だ。
「おい! 大丈夫か! すぐ回復薬……」
見たところ外傷は少ない。少々鱗が焼けただれているが、それだけだ。なら何故……?
そういや、第一階層でも似たようなことが。
まさか、マナか?
青い小瓶を探す。ローブを探ると胸の近くにそれはあった。蓋を投げ捨て口に液体を注ぎ込む。
「っぷ! はぁはぁ……恩に着る。命を救われたな」
既にハーピーは体勢を整えているはず。
すぐ、ここから逃げねば。
俺は飛び起きアニモの手を引き。
膝から崩れ落ちた。
足に目をやると短剣が二本、足と腰に深々と刺さり血が滴っている。さっきの熱風と共に飛ばされて来たのか?
「これは……! いかん! すぐに回復薬を」
赤い液体を喉に流し込む。傷口が焼けるように熱い。
「キイィィイイ!」
化け物の鳴き声。奴は翼を上に……まずい! こっちに滑空する気だ。
まだ、足に力が入らない。
覚悟を決めるか。足を止めて斬り結ぶしかない。
俺が遺言を考えつつ刀に手を伸ばす寸前、地の底から湧きあがるような獣の雄たけびが木霊する。
ガクリとハーピーがバランスを崩した。
何があった?
奴は首を後ろへ回している。背中に何かいるのか。
ハーピーは奇声をあげると、狂ったように地面へ体を叩きつけ始めた。
奴がわずかに体をひねらせたとき、一瞬“それ”が見える。
ワーウルフだ。
だが、通常とは様子が違う。瞳が爛々と紅く輝き体中から黒い靄のようなものが見える。
紅く光る瞳はもう一組あった。
銀髪だ。五歩ほどの距離で両手をハーピー――いや、ワーウルフへ向けている。
そして、氷のように冷たい銀髪の声がこの空間に響き渡った。
「喰らいつけ……!」
獣の大きな唸り声。
ハーピーの腹から血飛沫が舞う。
一瞬遅れて怪物の絶叫が石壁に反響した。
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