第20話 第二階層の主(3)

 狂乱。

 ハーピーは全身をところかまわず叩きつける。

 土、

 岩、

 冒険者たちの骨や装備が暗闇にぶちまけられた。

 巨体に押しつぶされつつも、ワーウルフは離れない。

 腕がもげ、

 頭がつぶれ、

 体が歪な形になっても、

 その牙を柔らかな肌に突き立てる。

 一際大きく怪鳥の鳴き声が響き、翼がはためいた。

 猛烈な勢いでハーピーが上空へと昇っていく。

「まずい! 力が、届かない……」

 やがて、グチャリと水分を含んだ音が暗闇に響いた。擦り切れた雑巾のようなワーウルフの残骸が、暗い地面に残される。

 銀髪は糸が切れたように動かなくなった。

 ぺたりと座り込み肩で息をしている。

 あれは……マナ切れか!

 どうする。

 まだ傷は塞がってない。

 あいつを背負って逃げるのは無理だ。

 何か手は?

 目の前には白い壁。

 手に持った刀が鋭く光った。

 俺はつんのめりながら壁へ突進する。

「待て! 何を……? まだ傷が…………」

 なんとか壁までたどり着く。これでいい。

 俺は左手に持った刀を振り上げ、

 力一杯打ち付けた。

 火花、

 鈍い残響。

「こっちだ化け物!」

 耳に全神経を集中。

 奴の風切り音を聞き逃せば命はない。

 一つ、

 二つ、

 まだ来ない。

 三つ。

 異変、

 感じたのは視界。目の端で何かが鋭く煌めいた。

 反射的に飛び込む。

 ダメだ! 距離がでない。

 一瞬遅れて、体を震えが襲った。

「……え?」

 十歩先で土埃が上がる。ハーピーは何かに鋭い爪を突き立てていた。

 壁際の松明にそれが写し出される。

 あれは……重層鎧か?

 奴が暴れたときに散らばったものの一つ。

 みるみる内に鎧はズタズタに引き裂かれ、鉄の破片へと解体されていく。

 どういうことだ?

 奴は近くで動きを止めた銀髪を無視し、

 壁を打ち鳴らした俺を無視し、

 遥か昔に屠った死体を襲った。

 ……いや、違う。死体じゃない、重層鎧を襲ったんだ。

 壁際に積まれた骨の山、中央だけ少ない死体、暗闇から何故か狙われた俺。

 頭に閃光が走った。

「アニモ! 消せ! 魔耀石だ! はやく!」

「は? なにを……」

「奴が反応してたのは光だ! 俺たちじゃない!」

 小さな太陽から光がまたたくまに消え去り、周囲を闇の衣が包んだ。ハーピーは鎧を解体し終えたようで、首をまわし次の獲物を探している。

 俺は出来るだけ音を立てないよう忍び足で中央部へ向かった。銀髪の隣まで来ると灼眼がぐるりとこちらに向けられる。

「うご、けない。マギカ、草……」

 薄暗くて分かりにくいが、小さな手にはあの草が握られているようだ。俺があいつの口元までもっていくと、銀髪はもしゃもしゃと腹ペコのロバみたいに食い始めた。

 すっかり飲み込むと飛び起きて周囲を睨み付ける。

「助かった。あの鳥は?」

「大丈夫、俺たちなんて見えてない」

 俺は振り返りアニモへこっちに来るよう合図を送る。何度か迷っていたようだが、あさっての方向で怪物の地響きがするとこちらへ早足で向かってきた。

「これはどういうことだ? ハーピーは何故……」

「あいつが飛びついてるものを見てみろ」

 壁際、松明に照らされハーピーが映し出される。周りに散らばるのは武具の破片。

「……まさかあの鳥は剣と鎧に反応してる?」

 灼眼が細められる。手に持っていたナイフを地面へ投げ捨てた。アニモもそれへ続く。

「正確には光の反射だ。俺をやたらと狙ってたわけも分かった」

 鎖帷子を脱ぎ捨てる。軽くて気に入ってたが背に腹はかえられん。

「これで一息付けそうだ。しかし、どうすればあの固い翼を破れるやら……」

 炎が照らすハーピーの巨大な影が石壁に映されている。

 奴の翼は脅威だ。剣も炎も通用しない。

「あの鳥、翼以外は強くない」

 ワーウルフの牙が思い起こされる。恐らく人の形をした部分の強度は俺たちと変わらないはずだ。

「なあ、あの……ワーウルフを操った魔法? はまた使えないのか」

 アニモは顔をしかめているが、この状況だ。禁忌だろうが使えるものは使わないと。

 だが、俺の願いもむなしく銀髪は首を横に振った。

「あの力は消耗が激しい。離れていると使えないし、マナが足りない」

「……まずいな、もう魔法薬はないぞ」

「待て、音が消えた」

 全員の視線がハーピーへ集中する。

 奴はもう暴れていなかった。

 また、あの構えだ。翼を全身に巻き付けている。

「俺たちが姿を消したと分かったら誘い込みか。嫌になるほど頭の回る化け物だ」

「攻撃の好機であることには違いない。しかし有効な方法は……」

 剣でも炎でも通じない。となると……。

 そんな時、目の端に映った小さな手から漆黒の靄があふれ出た。

 まさかグールを干からびさせたあの魔法を使う気か?

「手ならある」

 そう言い残すと銀髪は俺たちの答えも待たず化け物へ向かっていく。慌てたようにアニモが小さな肩を手でつかんだ。

「まて、それは流石に危険すぎる」

「ほかに方法はない」

 銀髪がずんずんハーピーへ近づいていく傍ら魔術師は荷物に手を突っ込み中を探し始めた。

「これは爆破用の魔石に……こっちは火炎石? ええいクソ! これでは時間がかかりすぎる」

 かけようとした声を引っ込める。今は待つことしかできない。

 銀髪が怪物へ近づいていく。

 自分が立てる息づかいだけが虚空に残された。

 細腕が伸ばされ、

 翼に触れる。

「キイィイイイ!」

 その瞬間。

 狂ったように叫びをあげた怪物が翼を振るう。

 まるで小石を蹴飛ばしたように銀髪の体が浮き。

 壁にしたたか叩きつけられた。

「アニモ! 援護してくれ!」

 脚に力をいれる。

 傷口から血が吹き出すのがわかった。

 銀髪まで三十歩、

 名も知らぬ神に幸運を祈り、俺は駆け出した。

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