第18話 第二階層の主
あのダンジョンは異常です。内部の魔物は他の地域で出るそれとは凶暴性がまるで違う。特に各階層を統べる魔物――我々討伐隊は『主』と呼称しています、の力は想像を絶するものがある。
我らが遭遇した主はハーピーでした。
ハーピーはただでさえ危険な生き物です。小さな集落が、かの魔物一匹に滅ぼされるという話は年に数回出ております。
しかしながら、あのダンジョンに出てくるハーピーはそれらの比ではありません。我らとてハーピーを狩った経験はあります。
しかし、アレは、あまりにも、強すぎました。
足にある巨大な鉤爪は鉄の重層鎧を容易く切り裂き、その翼は帝国軍で正規採用されている剣を、同行した魔術師の炎や風でさえ簡単に弾き返します。そもそも体躯が人の三倍近くあるハーピーなど見たことがありますか? 一人、また一人と食い殺されていって……あのロバートまでですよ。まだ、酒の味も知らない年です。
閣下、我ら討伐隊にあの化け物を殺す術はございません。
確かに貴重な資源が多々あることは認めます。しかし、危険すぎるのです。
直ちにダンジョンを封鎖、魔術省の協力を仰ぎ魔物共の生態・特徴・弱点等の調査より始めるべきです。
これ以上、帝国の若き血を無駄に流すことが無いように。
帝国陸軍 帝都迷宮討伐隊隊長の手紙より
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「貫け!」
アニモの手から走る青い閃光。
飛び出したのは紅蓮の矢。
魔法の切先は唸りを上げて怪物へと突っ込んでいく。
着弾する直前、ハーピーが翼を交差させた。
直後、轟音。
小規模な爆炎が巻き起こりハーピーの全身を包んだ。
熱風がここまで届いている。
僅かな間その姿をとどめていた炎が消え去り怪物の姿が再び現れた。
「なんだあれは……?」
最初、どでかい球体が地面に落ちているように見えた。
ハーピーは翼を交差させぐるりと全身に巻き付けているようだった。翼から生えた赤い羽根が一様に模様を作り巨大な卵みたいな見た目をしている。
動きは無い。
「なんだ? 誘ってるのか?」
刀を肩に担ぐように構える。そっちが来ないならこっちからだ。
あの爆炎を受けてもなお無傷。
今までの魔物とは明らかに格が違う。飲み込んだ唾が音をたてず腹の底に落ちていった。
「用心しろよ」
ぺろりと緑の唇を赤い舌が舐めた。僅かに口が震えている。
刀を担いだまま俺は駆け出した。迷いを振りきるように。
初めはゆっくりと。
次に小走り。
間合いを測る。あと三十歩。
加速、
地面を強く蹴った。全身に力を込める。
周囲を確認。奴が動く気配はない。
岩みたいにじっとしたままだ。
担いだ刀をさらに反らす。
間合いに入った。
「オラァ!」
気合いと共に振り下ろす。
刃は目の前の赤い羽根に吸い込まれ、
残響、
火花、
鈍い手のしびれ。
目の前には行き先を失った刀身と無傷の翼。
切れ目ひとつ入ってない。
どっと嫌な汗が全身から溢れ出した。
直感、何かが来る。
体を後ろへ投げ出す。
その瞬間、猛烈な勢いで赤い壁が向かってきた。
正面全てを襲う衝撃。
全身をバカでかい鞭で打たれたような痺れ。
体が宙に浮く。目の前には真っ暗闇。
一つ、
二つ、
ここで自分が仰向けで宙にいると自覚。
三つ、
三まで数えた時、背中に痛烈な衝撃。息が止まった。
首を回してようやく自分が地面に叩きつけられたのが分かった。
上体を起こす。手に痺れ、指先に感覚が戻らない。
「ケイタ!」
銀髪だ。
彼女に起こされてようやく呼吸が再開される。回復魔法をつかってくれたのか?
思い切りせき込んだ、土埃が辺りに舞っている。
次いで巨大な翼が動く音。
ハーピーは悠然と暗闇の中へと消えていった。
「助かった。もう立てる。大丈夫だ」
奴は上空へ消えた。なぜだ? どう見ても奴の方が優勢だ。なぜ逃げ……違う、逃げたわけじゃない。
と、なると考えられるのは。
「二人とも走れ!」
アニモの絶叫。視線の先は、
俺たちの上空。
銀髪の手を引き死に物狂いで駆け出す。
一つ、
耳に風切り音。
二つ、
三つ、
轟音、地響き。すぐ後ろだ。
振り返れば土埃の切れ目から顔を出す赤い翼。
反転。化け物めがけて斬りかかる、が。
「キイイィイイイ!」
ハーピーは上空へ舞い上がる。もう刀は届かない。クソ! 図体のわりにすばしっこい。
俺と銀髪はまずアニモの場所へ駆ける。あいつは白骨が折り重なった壁際にいた。宙に浮いた魔輝石をさらに高い場所へ移動させている。
「どうする? 策を練らないと……」
魔術師は暗闇を旋回しているであろうハーピーをねめつけたまま鋭く言葉を吐いた。
「吾輩に考えがある、時間を稼げるか?」
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