第17話 第二階層(3)

 鉄鉱石

 最も一般的な鉱石。ドワーフの領域ならそこらを掘れば見つかるだろう。価値は低いし、おまけに重い。これを拾うくらいなら死体でも漁った方がマシだね。


 銅鉱石

 珍しくない。とはいえ魔法薬の調合にも使える鉱石ではある。含有量が多い物なら確保を一考してもいい。ただしやたらと重い。


 銀・金鉱石

 なにか説明が必要かな? 見つけたら極力荷物に詰め込むべきだろう。一瞬でもキラリと光ったらすぐポケットへ。冒険者の基本だ。ハデスの寵愛を受け鉱脈を見つけられたら手っ取り早くこの職から足を洗えるぞ。


 魔鉄・魔鉄鉱石

 これは説明が必要だろう。見た目には普通の鉄鉱石と変わらないが、暗がりで僅かな光を灯す。

 もし暗がりで光る鉱石を見つけたらすぐに荷物にぶち込むんだ。

 なに?

 親友の遺品があって入らない? 明日の分のパンが入ってる? まずはそのゴミを地面に捨ててこのありがたい鉱石を入れてから考えるといい。こいつは金以上の高値で売れる。親友にはその金で立派な墓を建て、その横で極上のワインでも飲むといい。

 魔術関連の本には魔力源が~とウンチクが書かれているが僕ら冒険者にとって大事なのは金になることさ。


  『探索のススメ』R・ローズ著

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 教会の鐘が二つ鳴るくらいの時間を歩いたところで俺たちは立ち止まった。地図はようやく形になってきている。確証はないがこの階層は正四角形のようだった。

「さて、東側……東と言っていいか分からんが、こちら側の探索は終わったと見ていいだろう。次は西だ」

 アニモが羊皮紙の右側に描かれた地図を指さした。肩口のローブが破れて肌が見えている。ついさっき襲ってきたワーウルフにやられたものだ。

 もっとも、そいつはそこの角で消し炭になっているが。

「もう少し歩いたら何か食べたい」

 銀髪が腹をさすりながら地図を眺めている。こいつの力も強烈なのだがワーウルフ相手だと相性が至極悪い。いまはほとんど荷物持ちのようになっている。

「それじゃあ西側? に行くか。また鉱石でも見つかるといいんだがな」

 そう告げて俺は曲がり角から顔を出し――すぐ体を引っ込めた。

「どうした?」

 アニモの右手に魔方陣を浮かび上がる。俺は二人に近づくように合図し声を潜めた。

「最悪だ、マイコニドがいる」

 マイコニド。

 きのこに手と足が生えたような魔物だ。力も大したことないし魔法を使うわけでもない。何なら子供だって踏みつぶせるだろう。

 だがそれは奴が毒を持ってなければの話。

 コイツの毒は恐ろしい。前に一度デカい闘牛がこいつに触れて五十を数える前に泡を吹いたのを見たことがある。百を数える前に死んじまった。

 さらに厄介なのは毒を胞子にして飛ばせるってとこだ。飛ばせる距離は長くないがお近づきになりたいような輩じゃない。

「マイコニドはどっちに向かっていた? こちらに気づかれたか?」

 黄色い瞳が通路の角を睨み付ける。魔物の名を聞いてからはナイフをしまい両手に魔方陣を構えていた。

「一瞬だったが止まっているように見えた。気づかれてはいないと思いたい」

 荷物を漁る。貴重品を入れる場所に……あった。

 小型の黄色い瓶が三つ。一瓶につき十日分の食費を要求された時は行商人の頭をカチ割ってやろうかと思ったが……今は感謝してやらないでもないな。

 一瓶をアニモへ手渡す。

「解毒薬だ。一つ持っておけ」

 受け取ると黄色い目が丸くなった。口をあんぐり開けている。失礼じゃないか?

「かたじけない。これは……かなり高価ではないか? 銀貨二枚はくだらないだろう」

「当たりだ、よく分かったな。値切りに値切って銀貨二枚だった。まったく十日分の食費を使うとは」

「聞き間違えか? 十日? 貴殿は普段どんな食事をしてるんだ?」

 まるで雨に打たれた野良犬を見るような目つきでこっちを見てきやがる。失礼な奴だ。銀髪にも渡して……どこ行った? 姿が見えない。

「あれ? あいつはどこだ」

「まさか」

 俺たちは顔を見合わせた。何時からいない?

 いやな予感が首筋をかすめる。ここは一本道だ。向かうとすれば一か所。

 マイコニドがいるあの通路だ。

 意を決し角から身を乗り出し見えた光景に俺たちは言葉を失った。

「おいバカ! そいつを放せ! 死にたいのか⁉」

 あろうことか銀髪がマイコニドを鷲掴みにしている! きょとんとした表情のまま、あいつはこっちを振り向いて。

 マイコニドの足をむしり取った。

「え?」

 開いた口が塞がらない。隣の魔術師は顎が外れんばかりに大口を開けている。間抜け面をさらしてる俺達をおいて銀髪はきのこの足を口へ運んだ。

 マイコニドの方も耳障りな叫びをあげながら紫色の毒素を振りまいているが捕食者の方はどこ吹く風だ。見る見るうちに両手両足をむしり取られ喰いつくされる。

 最後にきのこの傘の部分を食いちぎられた頃マイコニドから一切の音が消えた。

「お、おい。なんともないのか?」

「え? なにが?」

 獲物を平らげ満足そうなあいつに話しかけるが要領を得ない返事。ようやく顎が元に戻ったアニモも遠巻きに語り掛ける。

「マイコニドの毒は極めて危険だ。貴殿なんともないのか?」

「なんとも……あ、ごめん。食べたかった?今度死体があったら私の力で甦らせる」

俺たちは首をちぎれんばかりに横に振った。

 本当に何んともなさそうだ。ピンピンしてる。どうもコイツの体は毒を受け付けないみたいだ。元死体だから当然っちゃ当然なのか? 今度からこういった手合いは全部こいつに任せよう。

「なんにせよ助かった。またあの魔物が出てきたら頼むぞ」

「あれ魔物なの? 歩くキノコじゃなくて?」

「そういうのを魔物っていうんだよ」


 それからは嘘みたいに順調だった。マイコニドには銀髪、ワーウルフには俺とアニモ。どちらが来ても問題ない。地図もほとんどは埋まっている。俺たちはあの湧水が出る場所まで戻り休息を取っていた。

「地図を見る限り第三階層への道はここだな。空白がある」

 この階層の中央部は壁で覆われていた。ぐるりと全周周ったが入り口はない。

「恐らく道が隠されているのだろう。丁度この隠し部屋を見つけた時のように」

 アニモが魔法薬を飲みながら答えた。これで消耗したマナも回復するだろう。その横では銀髪があの紫の草を口いっぱいに頬張っている。

「さて、食べ終えたら向かうとしよう。この階層の主の元へな」

 主という言葉を聞き体に力が入る。ダンジョンの主を越えなければ先へは進めない。

 銀髪が静かにナイフを構えた。俺とアニモも無言で頷き荷物を背負う。

 まず向かうのは降りてきた場所だ。そこの壁から、しらみつぶしに調べていこう。


「ん? 何か音がする」

 第二階層の入り口まで戻った頃、灼眼が鋭くなった。それから少しして俺にも音が聞こえてくる。通路をひっかく音と獣のような呼吸音。

 暗がりから顔を出したのは胸に切り傷のあるワーウルフ。

「まさか斬り損ねたワーウルフか? 良く生きてたな」

 俺が刀を構えるとそいつは中央とこの場所を隔てる壁へと飛び込み。

 姿を消した。

「隠し通路はここか」

 魔術師の両手に魔方陣。銀髪の顔も心なしか強張って見える。

「誘いかもしれん。用心せねば」

 足音を殺しつつ隠し通路を進む。通路は狭い空洞のようになっていた。今までと変わらない。

 だが、通路を抜けた時、景色は一変した。

 それまでの規則的な通路は消え去り円形の広場が顔を出す。まるで闘技場だ。ここは壁沿いにかがり火が焚かれているようで、うっすらと遠くも見通せた。地面は土のように見える。なぜかやけに壁が黒い。振り返って確かめようとした時、足元で何か小枝を踏み潰したような音が聞こえた。

「一体な……」

 足元に注意してようやく正体が分かった。

 白骨だ。おそらく人間の物。

「この壁の色は……血だ。幾重にも浴びせられ変色したと見える」

「ねえ、あれ。おかしい、何かが」

 細い指が闘技場の中央へ向けられた。

 中央にいるのはワーウルフだ。胸に切り傷のある。

 様子がおかしい。

 キャンキャンと吠えながら何かを威嚇している。少なくとも俺達じゃない。あいつはこっちには目もくれてなかった。どうして上を見てるんだ? 何もないはずの暗闇を。

 じわじわと不安が胸の底から湧き上がってくる。

 その時だった。

 鋭い風切り音。上からだ。

「伏せろ!」

 叫ぶのと同時に耳を貫く轟音。

 地響きが腹の底を揺らす。

 中央には土煙。

 巻き起こる煙の中からかぼちゃくらいの大きさのものが転がってくる。

 それは俺の足元で止まった。

 首だ。

 ワーウルフは目を見開いたまま絶命していた。

「おい、あれは……」

 震えの混じったアニモの声。

 前が見えるようになると異形の怪物がそこにいた。

 体はかろうじてヒトの形をとどめている。だが、デカい。少なくとも高さはアニモの二倍はある。

 まず目を引いたのは両腕。肘から先が巨大な赤い翼になっていた。まるで巨鳥の翼だけ人間の肘に無理やりくっつけたみたいに。膝から下は鷹をそのまま人間大にしたような脚。分厚い鉤爪がワーウルフの胴体をチーズみたいに切り裂いていた。

 上半身の胸から上だけは美しい女のようになっている。まん丸の目玉が先ほど仕留めた獲物をねめつけていた。問題は口だ。

 顔の半分を占めるそれは旨そうにワーウルフを骨ごと噛み砕いている。無数の牙が動く度に鮮血が辺りに飛び散っていた。

 間違いない。ハーピーだ。

 それも、信じられないくらいデカい個体。

 奴の視線がゆっくりとこちらへ向く。その瞳がゆっくりと細められた。

 翼がゆったりと広げられる。飛び立とうとしているのだ。

 次の獲物――俺達を喰うために。

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