第15話 第二階層
グール
最下級の魔物。灰色の体に痩せた四肢。街道を外れた森などで目にすることがあるだろう。主に旅人の死体を食らう。臆病なうえ力も弱い。いっぱしの剣の腕があるなら恐れることはない。野外演習ではもってこいだ。ただしそれは一対一なら話だ。多数を相手にするのは十分な経験を積んでからにすること。
ゴブリン
沼地や洞穴を棲みかとする。緑色の肌。人に近い骨格。こちらはグールより頭が回る。人間の子供と同程度の知能を持っているとの研究報告も。報告数は少ないが武器を操る個体もいるようだ。用心するように。
ワーウルフ
人狼と呼ばれることもある。知能は高くないが動きが俊敏で力も強い。爪と牙は特に危険度が高く、駆け出し冒険者の死亡例が後を絶たない。よほどの力自慢でもない限り遠距離から戦うべし。昨年、円卓会議にて貴族の学生はワーウルフ以上の危険度を持つ魔物との戦闘禁止令が出た。貴族出身の諸君は冒険者(二等ライセンス以上)の同行無しにこの魔物が出る場所へは行かないように。
なおそれ以外の出身者はこの限りではない。平民出身者はこの魔物の討伐が学院の卒業試験である。貴族出身者には筆記試験を課す。
魔物図鑑――帝国剣術院監修
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「ここが第二階層か。なんだか古い遺跡みたいだな」
ぽっかりと口を開けていた第一階層の階段を降りると石材で作られた壁と床が姿を現した。真っ白な壁が上へ向かってどこまでも伸びている。魔輝石が照らす光も天井まで届いていない。
「一体どうやってこのような……しかもこれは大理石か」
アニモが壁に手を置いた。まるで貴族の屋敷の壁みたいにツルツルだ。大人が十人横になって歩けそうなくらい壁同士は距離がある。
銀髪がきょろきょろと頭を回してこっちを見上げてきた。
「どっちへ進む?」
進める道は三つ。正面か左か右か。どの方向も見渡す限り大理石の壁が続いていた。光が届く二十歩先からは暗闇が広がっている。
「まずは右から回っていくか。ちょっと待ってろ」
荷物から羊皮紙と羽ペンを取り出す。地図はダンジョン探索の必需品だ。しばし魔道具の袋を漁っていたアニモがため息をつく。
「『現世の地図』は入っていないようだ。少々伝統的ではあるが貴殿のやり方でいこう」
右側の道を進んでいく。五分ほど歩いていくと壁が出てきた。またここで二手に分かれているらしい。俺が右手へ歩を進めると二人も黙ってついてきた。しばらくは先導することになりそうだ。
ジグザグに折れ曲がる道を進んだ先、また壁に当たった。ここは行き止まりだ。
「こっちは何もなさそうだ。さっきの道を……」
「ちょっとまて」
アニモが進み出ると壁のすぐ前まででて腕組みを始めた。寝床に入り込んだ虫を探しだすように壁中を見つめている。
「何かあるのか?」
「引っかかるな。この壁だけ色が違う」
ハッとして周りの壁と見比べてみる。
確かにそうだ。
周りの壁は小麦粉でも塗りたくったみたいに真白なんだが、ここだけは、なんかこう、ちょっとくすんでいるように見えた。色は変わらないんだが……どこか、ぼやけてるというか。
「しっかし高そうな石だな。俺の街じゃこんな――」
壁を叩こうと手を伸ばした時だった。
まるで霧でも押したように手応えがない。腕を見ると肘から先が壁に飲み込まれている!
想いきり腕を引き抜く。
なんの抵抗もなくあっさり抜けたもんで勢い余って後ろへすっ転んだ。
「な、なんだこりゃ」
「なんと。幻覚か」
魔術師の周りに六芒星の魔法陣が浮かぶ。両手から放たれる黄色の光をかざすと煙のように消えていった。
急いで起き上がる。奥へ目を凝らすとそこには。
「おお! こりゃ水か!」
隠し部屋のようになったその場所では前方と左側の岩肌が剥き出しになっていた。奥では小さな穴から水が湧き出している。周りにはコケがあるし毒もなさそうだ。
「あの光ってるのは何?」
銀髪が左の岩を指さした。魔輝石の光を受けて明らかに他と異なる反射を見せている場所がある。
「おお! おお! なんという……」
感嘆の声を漏らしつつ魔術師はその光へとふらふら近づいていく。俺の方はまず水を補給しようと奥へ歩を進めた。
「まて、アニモ」
異音。
後ろから。
何かが来る。
水のせせらぎとは明らかに異なる爪が何かをひっかく音。
二人も気づいたようだ。アニモは手に炎を、銀髪はナイフを構える。
俺も刀に手を置いた。
ひっかき音に加え獣の臭いが辺りに漂う。
やがて光が音の正体を映し出した。
まず見えたのは薄青の獣毛に覆われた足。長い毛の隙間からは不潔な爪が伸びている。
さらに奴が一歩近づく。
今度は腕が見えた。こちらにも指に当たる部分から長く折れ曲がった爪。
さらに一歩近づき全身が見えた。
現れたのはオオカミの頭。大きな口からは鋭い牙が隙間なく並び涎が床へ糸を引いていた。顔の半分を占める口の上には血走った目。
真っすぐにこちらを見据えている。
人狼――ワーウルフだ。
俺たちを捉えたのか身の毛もよだつような雄叫びを上げる。
そのまま一直線に突っ込んできた。
――標的は俺だ。
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