第14話 幕間
覚醒。
目を開けると代わり映えしない殺風景な岩の天井と強い光を放つ魔輝石が出迎えた。横では既にアニモが出発の準備を始めているようだ。
「起きたか。準備を整え第二階層へ向かうとしよう」
寝袋から飛び出しリュックに押し込んだ。銀髪は……まだ寝てるみたいだ。起こすのは出発前でいいか、荷物もほとんどないしな。
刀を腰に差したところでアニモがこっちへ近づいてきた。手には戦利品の鎖帷子。
「これは貴殿が身に着けたほうがいいだろう。気休め程度かもしれんが」
少し考えて頷いた。理にかなってる。魔物どもと斬り合うのは俺だろうし、銀髪はサイズが合わない。ありがたく貰うとしよう。
身に着けたうえで触れてみると少々の粗はあるが綺麗な金属の輪がきめ細やかに連なっていた。ワーウルフの爪なら一発くらい受け止めてくれるだろう。
「こっちの防護靴は魔術師のあんたが履くべきだな。靴底は獣皮。僅かだが消音効果もある」
どれだけ効果があるかわからんがこの丸腰の魔術師には出来るだけ魔物を近づけたくない。アニモは小さく頷くとぼろぼろのサンダルを脱ぎ捨て防護靴へ履き替えた。
「それからこのナイフも一応持っててくれ。素手よりはましだ」
「もう一振りはどうする?」
「そっちはあの銀髪だな。剣の心得がないにせよ持ってたほうがいい」
踵を返そうとしたアニモを呼び止める。ずっと気にかかっていたことを聞いてみたくなった。昨日の質問魔がうつったのかもしれない。
「あんたがこのダンジョンに挑む理由ってなんだ? それほどの腕前を持つ魔術師なら無免許だって食うには困らんだろうし……あー、まあ、嫌ならいいんだが」
答えは返ってこなかった。
代わりに向けられたのは探るような視線。
黄色の瞳が細く絞られる。
「貴殿は確か死霊使いに関してほとんど何も知らなかったな」
「ああ、まあ。それがどうかしたのか?」
やがてふっと表情が緩められた。だが、そこにはどこか悲しげな色がちらついている。
「吾輩の目的は実に単純だ。貴殿らよりも遥かにな」
「単純ね~。でもあんたが金や権力に舌なめずりする姿は思い浮かばないぜ」
「ハッハッ! 違う違う。もっと単純なのだよ」
何度か首を振った後、動きが止まった。
表情はない。剥製のように何も読めない外側だけがそこにあるようだった。
ただ、瞳だけ。そこから発せられる光だけが異様な輝きを放っている。
そして発せられた言葉は俺が予想と違っていて。
だからこそ、その声は胸の深い場所までナイフのように切り裂いていった。
「一人、殺めたい者がいる。吾輩がここに挑むのはその者を殺すためだ。この手でな」
◇◆◇◆
――地上にて――――
コウは日常の業務をこなす傍ら白く光る監視用の魔石に目を光らせていた。もし、彼らが次の階層へ進めば魔石は赤く変わるはず。
ただ、もし魔石が失われていればその輝きは消える。命の灯火が消えるように。
実のところ、期限が三日というのは殆ど形骸化したルールだった。だれも探索に乗り出した冒険者の残り時間など気にも留めないし記録もしない。
その前に躯になるのが常だから。
ケイタと名乗った冒険者たちが旅立ってからというもの何をしていても心ここにあらず。蝋燭で心をあぶられるような時間が続いていた。
「おい、そこの。こいつを処理しといてくれ」
名も知らぬ兵士が紙の束を机に投げ捨てた。ここに来てからというもの衛兵たちが仕事をしているのを見たことはない。大体は椅子にふんぞり返っているか貴族に媚を売っているかだ。
「ようパチョ、調子はどうだい?」
「相も変わらずさ、レック」
先程紙を投げてよこした兵士――パチョへ中年の兵士――――レックが話しかける。レックの方は酒の飲み過ぎなのか酷いダミ声だ。コウは彼らに背を向けると書類をまとめ始めた。
「しっかし最近来たあのバカには肝を冷やしたぜ。ダールベルク家のお坊ちゃんをぶちのめすとは」
ケイタたちの話。
コウは自身の耳が鋭く研ぎ澄まされるのを感じた。
「俺もドワーフの冒険者に聞いたんだがあのバカはダンジョンを踏破するつもりらしいぜ。今どきあんなのがいるとは」
紙を広げるとそこに書かれていたのは名簿だった。ずっしりと胸の奥が重くなる。
これは死亡者の名簿。ダンジョンに挑んだ者の成れの果て。彼らがこの世に残した最後の足跡。
「しっかし……十五年前ならまだしも今さらあのダンジョンをモノにする必要なんてあるか? そりゃ初めにアレが出てきたときは肝が冷えた。俺だって教会に駆け込んだくらいさ。でも、だ」
話が止まった。コウが後ろに視線をやるとレックが体を折り曲げ咳き込んでいる。
「あー大丈夫だ。大丈夫。変な風邪でも貰ったか? で、だ。あれから十五年だぞ? 十五年。お偉いさんはやっきになってるが被害なんか何も出てない。俺たち下々の者にとっちゃ不細工なオブジェさ。なんだってあんな報償金が出てんだ? まさか例の『秘宝』か?」
パチョはカウンターにおかれたコップ(中身は恐らくエールだろう)ぐいとあおった。
「さあな。『秘宝』ってのは眉唾だが……俺は下層に鉱石があると睨んでるぜ。金・ミスリル・アダマンタイト。鉱脈を当てりゃすげえ金になる。まあこっちも噂だがな」
ただの世間話に戻ったようだ。これ以上聞く価値はない。死亡者の名にケイタ達がいないことを二度確認し、コウは奥へと続くドアに手をかけた。
「あ? おい、あれ。監視用の魔石だっけか? あれなんか変じゃないか?」
心臓が異様なほど強く胸を叩いた。
冷たい汗が背筋を下っていく。
まさか、光を失った?
それとも次へ進めた?
期待と不安。相反する感情が胸の内側で渦を巻く。
コウは片目だけを薄くあけ、カウンターに吊り下げられた魔石を視界に捉えた。
全身から力が抜ける。
腕に抱えていた書類が床に散らばった。
「おい! 何やって……あー、その、どうした?」
声を荒げたパチョがこちらを見るなりその勢いを無くしたのが分かった。
でもそんなものは気にならない。
目に入るのは魔石だけ。
赤く染まったその色が視界を、思考を、塗りつぶしていく。
「良かった、まだ、希望は……」
コウの漏らしたつぶやきは誰の耳に入るでもなく登録所の喧騒の中で煙となって消えていった。
にわかに慌ただしさを増すカウンターをギルベルトは苦々しい表情で眺めていた。どうもあの不浄な輩共は第二層へ進んだらしい。椅子に体を預けるとエールを一気に飲み干す。鼻を抜ける麦の香りと体がふわりと浮くような感覚。
だが、喉元で引っ掛かる不快感を拭うことはできない。
「ハハハ……かような偶然もありますれば」
声の元を睨みつける。揉み手をしながら近づいてきた痩せっぽちの顔が引きつる。
「確か君は半日ももたずにグールの餌になると言ってなかったか? 奴等は二日と経たず第二階層へ進んだようだが」
痩せっぽちは額の汗を拭いつつ肩を上下させている。汚い奴だ。
奴は懐から汚い資料を引っ張り出した。各階層の情報が書かれたもの。それに目を走らせると引きつっていた顔ににやけた笑いが張り付いた。
「ヒヒッ! こりゃあいつらもおしまいだぁ。カワイソーに」
喉を擦らしたような気色悪い笑い声。痩せた男は嬉々としてその紙をギルベルトの座るテーブルへ広げた。描かれていたのは恐ろしい魔物の姿と解説文。
まさか、こんな化け物が第二層には生息しているのか?
この魔物は見覚えがある。なんせ学院の図鑑で大々的に乗せられていた。
なによりも教員も口酸っぱく言っていたのだ。
極力戦おうとするな。可能な限り逃げろ、と。
ギルベルトは自身の片口が吊り上がっていくのを感じた。
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