第12話 第一階層~休息の時~

「こんなもんでいいか」

 野営地の外周に簡単な防衛トラップを設置した。防衛トラップといっても当たると音の出る紐を張り巡らせただけだが。もう周囲に魔物の気配はないしこれで十分だろう。

 アニモも俺と同じことをしてるみたいだ。周囲の地面に何かを唱えると小さな魔法陣が地面に浮かび上がっていく。

「これは?」

「簡単な魔物除けだ。奴らが嫌う光を発することができる」

 アニモが手をかざすと魔法陣から青白い光の膜が伸びてきた。それは頭上を通り過ぎ野営地一帯をすっぽりと囲んでいく。

「これであの汚らしいグールやゴブリン共の顔を拝むこともあるまい」

 焚き火の近くにどっかりと腰を下ろした。ようやく体から力を抜ける。探索中常に力を入れていたからか体の節々が痛んだ。

 アニモは荷物から何かの本を開いた。

「何を読んでるんだ?」

「魔導書だ。我ら魔術師には必須のものだよ」

 頭上で光る魔輝石のおかげで本を読むにも苦労はなさそうだ。しかしなんで本なんか必要なんだ?

「魔法にはその魔導書? ってのが必要なのか?」

「ふむ」

 アニモは瞼を閉じて顔を上向けた。その様は何か言葉を選んでいるようにも昔を思い出しているようにも見える。

「魔法とは魔導書等によって得た知識を現実世界に出現させる技術だ。そのために必要なものこそ人体が持つマナと呼ばれるものだな」

「マナ?」

「魔法を使うための体力と思えばいい。体力の多いものほど沢山の距離を走れるようにマナの多いものほど多くの魔術を操ることができる」

 パチパチという音とともに火の粉がはじけ宙を舞った。俺の隣では銀髪がぼーっと炎を見つめている。

「魔術師は知識を燃やしそれを現世に出現させる。その魔法が強大であればあるほど消耗するマナは多い。また、知識とは燃やせば無くなってしまう。だから常に魔導書で補充する必要があるのだ」

「マナ……私にもある」

 それまで黙っていた銀髪が顔を上げた。ボロいローブから出た細い指で足元の小石を弄ぶ。

「召喚主は言ってた。私はマナで動いていると」

「ふーん。まあ、魔法? 使ってたしそんなもんなのか?」

 うめき声。火の向こう側を見ると魔術師が一人頭を抱えている。

「貴殿を疑うわけではない。しかしマナで動くなど……現状の魔道理論ではありえん」

「そういや召還主が死んだってこの銀髪が話した時もありえんって言ってたよな」

 アニモは重々しく頷いた。火に照らされた影が背後の壁にゆらゆらと踊る。

「ああ。通常、死霊使いが使役する死体は主の力が無くなれば元に戻る。彼らは操られただけで自我のようなモノは持たないからだ」

 ちらと黄色い目が小柄な少女を見据える。

「だが、貴殿はありとあらゆるものが違う。意志を持ち、物を食い、魔術を操る……これが一体どういうことかは吾輩には見当もつかん。そもそも生命を奪う闇の魔術も傷を癒す光の魔術も使えるのはごく一部の特殊な才のあるものだけなのだ。貴殿はいとも簡単に扱っていたがな」

「私も、分からない。あの力が魔術という名前であることも初めて知った」

 銀髪は手に持った小石を軽く投げ飛ばす。そのまま焚火の中に突っ込み火の粉がパッと宙を覆った。

「ま、この話はいったん置いておこう。博識な魔術師でも知らないんじゃどうしようもない。なんにせよ最深部を目指すって目的じゃ俺たちは同じなんだしな」

「実は一度聞いておこうと思っていた。ケイタ。貴殿は何故深部を目指す? この世で最も危険な、このダンジョンの底を。それに、そのような剣術を見たのも初めてだ。御父上から習ったと聞いたが」

 二人の顔がこちらを向いた。その表情に笑みは一切ない。

 ここは金が欲しい、って誤魔化しも通用しないな。

 いずれは話そうと思ってたことだ。早い方がいいだろう。

「この剣技の基礎は親父から習ったもんだ。まだ、幼いころに。だからどの流派だとかそういった細かいことは俺にも分からん。それと、俺の両親が死んだって話はしたよな?」

 アニモが小さく頷く。

「……実のところあまり記憶がないんだ。ある日突然、俺は教会みたいなところに連れていられた。そこで言われたんだ。親父とお袋が死んだって。台の上に乗せられた二つの顔のない死体がお前の両親だって。この記憶も曖昧だ。俺の過去は霧のなかさ」

「顔のない死体……」

 銀髪が息を飲むのが分かった。魔術師の方は腕組みをしている。

「今から五年前、年寄りの冒険者からこの帝都迷宮探索隊の名簿に俺の両親の名があったと聞いたんだ。場末の酒場でさ。あの飲んだくれの話が本当か嘘かは分からない。信憑性が無いのも分かってる。だが、だがな。それだけが手掛かりなんだ。両親につながる唯一の」

 地面にあった小石を投げる。壁に当たった小石が小さな反響を残して砕け散った。

「俺は真実が知りたい。親父とお袋は死んだのか、生きてるのか。そして、あの記憶は何なのか。本当は何か起こったのか」

「最深部の秘宝を手に入れればそれが分かるんじゃないかと思ってな。そして、もし、秘宝の力が本当なら」

 両親を生き返らせることも出来るんじゃないか? という言葉は喉の外には出ていかなかった。

 ゆらゆら揺れる明かりを見ていると、頭の中に馬車で見た夢の断片がちらつく。いまだに胸の底に膿をだす古傷。

 陰りを見せ始めた残り火が最後の輝きを見せるように一際大きくうねりをあげた。


 俺の話が終わってからは各々好きなように過ごしていた。アニモは魔導書を読みふけりその肩口から小さな少女が覗き込んでいる。俺の方は刀の手入れをしていた。

 ふと、魔術師が顔を上げる。

「もう休んだ方がいいだろう。睡眠をとり第二階層へと向かおう」

 分厚い魔導書が閉じられる。少し気になったことがあって俺は刀を置くと銀髪の方へ首を回した。

「そういや、お前は読まなくていいのか? 魔導書。魔法に必要なんだろ?」

「読んだことが無いから分からない」

「羨ましい限りだ……」

 腹の底から出たようなアニモの声に笑ってしまいそうになる。が、どうにか堪えた。流石に表情が真剣すぎる。今笑うとこっちに火球が飛んできかねない。

「魔輝石を弱めておこう。では、またあとでな」

 辺りが一気に暗くなる。今見える光は魔物除けのベールから出ているもの。満月の夜くらいか?

 アニモの方はとっくに寝袋に潜り込んでいた。あんだけ分厚い本だ眠くなるのも当然か。

「じゃあ俺達も寝るか……寝袋は?」

「いらない。地面で寝られる」

「そ、そう」

 逞しい、がそもそも寝る必要はあるんだろうか。

 銀髪が横になったのを確認すると俺も厚布にくるまった。マシにはなったがそれでも地面のごつごつした感触が伝わってくる。

 眠れるか不安に思いつつ俺は刀を胸に抱えて静かに瞼を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る