第11話 第一階層(5)

「おっもうそんなに捕ったのか」

 俺が狩場に着くとホクホク顔の銀髪が出迎えてくれた。両腕で胸に何匹もの鼠を抱えている。獲物に動く気配はない。

「あの力。魔法? を使ったら簡単に捕れた」

 得意気に胸を張ると鼠が一匹床に落ちる。

「まずはそいつらを頂くとしようか」

 落ちた一匹を拾い上げると銀髪がぴょこぴょこ小走りで隣までやってきた。

「早く。早く」

「焦んなさんな。まずは処理だ」

 待ちきれない様子の銀髪を押しとどめ岩陰へ。早速ナイフが役立つとはな。皮を剥いで血を抜こうとしたが、殆ど血は残っていないようだった。あいつの力の影響だろうか? なんにせよ好都合だ。

 暫くして処理が終わると急かすように腕を引っ張られた。こいつもなかなか食い意地が張ってるな。俺は肉隗になった元鼠たちを引っ提げ、銀髪に引っ張られるようにアニモの元へ戻った。


 野営地では既に火が起こされていた。古木が並べられパチパチと音を立てている。こちらを振り向いたアニモが顔をしかめる。なんて面だ! ドブの水を飲みほしたってこうはならんぞ。

「信じがたい蛮行だ」

「そう言うなって! ほら見ろ! これなら元が鼠なんて分からないだろ」

 俺が御馳走の元をぶら下げると体を後ろに反らしやがった。

 まあいいさ。一度口にすれば分かるってもんだ。

 荷物から鉄串を取り出すと肉へ突き刺していく。横で見ていた銀髪も手伝ってくれた。二人でやるとあっという間に完成だ。

 火に照らされてぬらりと光るピンク色。二本をもって火にかざす。炎の揺らめきが肉を覆った。

「本気で食べる気か……?」

 緑の鱗に戦慄の表情がありありと浮かぶ。なんだよ、もっと醜悪な見た目のグールやゴブリン共を相手にしてもそんな顔してなかっただろうが。

 肉を火の上で回していくと、こんがりと焼けた色へ変わってきた。食欲を誘う香り。串の先にたまった肉汁が落ちる度に火が喜ぶように勢いを強くする。

 ポタリ、と何かが膝に落ちる。ん? これは前にもあったような……。

「……涎を垂らすのはやめとけよ」

「これは良くないこと? 勉強になった。気を付ける」

 俺のすぐ真横まで来ていた銀髪が涎をすすり上げた。その間も大きな灼眼が肉を捉えて離さない。そろそろ焼け具合もいいころだ。一本を火から離し塩をまぶす。

「ほら、もう食べられるぞ」

「いいの?」

「ああ、友情の印だ」

 感嘆の表情で肉にかぶりついていく銀髪。そんなに喜ばれるとこっちも嬉しくなる。

 それからもう一本にも塩をまぶして香草も付けてやる。胡椒も欲しかったが値が張るんだよな。

「ほら、焼けたぞ」

 アニモのこの世の終わりのような表情が火に照らされる。

「ケイタ、あのな」

「アニモ聞いてくれ」

 真剣な表情を作る。ここからは冗談じゃない。

「お前が登録所で俺を庇ってくれなかったらどうなっていたか分からない。お前には恩がある。だからこいつはお返しと……」

「お返しと?」

「友情の印ってやつだ」

 にっこり笑って串を手渡す。経験上人は笑顔で何かされると断りづらい。別に悪いことをしてるわけじゃないしな。

「……貴殿の心意気承知した。だから、まずは一口! 一口だ。まずはそれだけ頂こう」

 そういうと緑の瞼がぎゅと閉じられる。崖から飛び降りる前みたいだな……。

 手に持たれた肉はゆっくり、ゆっくりと大きな口に近づいていった。


 ◇◆◇◆


「このなめらかな舌ざわり、ついで噛むとほぐれていく柔らかな触感。上質な脂の旨味に薬味の香りも加わって実に美味だ……なんだ? その目は。何か言いたいことが?」

 あの竜人の魔術師は随分と鼠のディナーがお気に召したようだ。一口食べてからとんでもない勢いで食い尽くしやがった。自分が初め何を口走っていたかという記憶は都合よくなくなってるらしい。

「美味しかった」

 満腹になったのか銀髪は満足そうな顔で腹を撫でている。味は分かるのか? 見た目に似合わず結構な量を食うみたいだ。

 銀髪はおもむろに自身の荷物を漁り始める。そういやこいつは何を持ってるのか皆目見当がつかんな。しばらくしてあいつは口を縛ったデカい麻布の袋を取り出した。

 中から出てきたのは……なんだありゃ!

「や、ヤモリかそれは!?」

 アニモの声が裏返っていた。俺もこういう生き物は何度か見ている。だがこいつはデカすぎだ。大人の手二つ合わせたくらいデカい。何らかの加工されているのか真っ黒になって固まっている。あいつはそれを愛おしそうに見つめていた。

 丁度さっき食った肉を見つめるみたいに。

 俺も流石にこういうゲテモノを食ったことないんだが。

 言い知れない不安が腹の底にポタポタと水たまりを作っていく。

「持ってきた食料。あなたたちにもあげる」

 黒ヤモリを白い指がなでると、それに合わせて尻尾がプルプルと震える。今すぐ叫び声をあげたくなるくらい生々しい。

「私は今まで友達がいなかった」

 俺たちが絶句している傍らあいつは饒舌だった。はにかむような微笑みはとても可憐なのだがこの状況だと恐怖心を掻き立ててくる。

「あの人が読んでくれた本でしか知らなかったの。あなたたちと会ってどういうものか知ることができた。それにゴブリンからも守ってくれた。だから、これは助けてくれたお礼。それと」

「い、いやゴブリンのなんて気にしなくても……」

 あいつは近くまで来ると俺たちに黒ヤモリ(それも特大サイズだ)を差し出してきた。

「ゆ、友情の印……これで合ってる?」

 どこか気恥ずかしそうに告げる。幻想的なほどに可愛らしい光景だが目の前で存在を主張する黒い塊が意識を現実に引き戻した。

 笑顔で渡されると断りづらいというのは実に正しい。俺達はぷらぷら揺れる黒い物体を前に覚悟を決めるしかなかった。


 味についてとやかく言うのはやめておこう。これは友情の印だ。

 一つだけ言えることがあるなら……そうだな。これを食い終わった後、俺とアニモは銀髪の荷物に一切の食料を入れさせないと固く誓ったってことだ。

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