第7話 第一階層

 剣

 もっとも一般的な武具。帝国内で最も流通しているだろう。それだけに粗悪品も多い。

 聖剣・魔剣などと、うたい文句を付けたナマクラが裏路地にしょっちゅう捨てられている。そういった思いをしたくなければ正規の武具店で購入するといい。商工ギルドの看板が掲げられていればある程度の品質は担保される。


 槍

 堅実なつくりの武具。兵士達に配布されるのはもっぱらこれだ。訓練が無くとも長いリーチである程度戦える。冒険者にはそこそこ人気のようだ。武具店でも剣の脇にひっそりと置かれている。


 杖

 主に魔術師が使う。魔力の集中を助ける機能がある、らしい。基本的には木の棒に純度の高い魔力石をはめ込んだものだ。詳しい記述は魔術関連の書物に譲る。


 刀

 古い武具の一種、らしい。一度だけ見たことがあるがあんな細い刀身で何が出来るんだ? 料理器具にでもするのが正解だろう。帝国内での流通はほぼない。


 武器雑学よりの一説

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 周囲に溢れていた光が薄まっていく。残されたのは音もない暗闇。

「待っていろ。明かりを灯す」

 アニモが何かぶつぶつ呟くとすぐ近くで光が灯った。すると、徐々に光源が近づいてくる。五歩ほどの位置まで来て、ようやく緑色の鱗が分かるようになった。

「……貴殿らは何をしているんだ?」

 今の状況が頭に浮かんでくる。

 目の前には薄布のローブを羽織っただけの少女。その胸に手を伸ばす俺。

 控えめに言ってよろしくない。すぐに手を引っ込める。

「いや、まて。これはだな……その」

 何から説明したもんか。アニモの方は腕組みをして呆れと憐憫を足して二で割ったような表情をしてやがる……まてよ。

 そもそも、だ。この状況を作ったのはこの銀髪だったよな。

「お、おい! あんたから話してくれ。話がややこしくなる」

 俺が話を振ると迎えたのは無表情。

 しばしの間をおいてあいつは口を開いた。

「彼から質問があった。それに答えるため胸に触れさせた」

 話が下手か? イヤ、間違ってはいない。いないのだが最悪の方向に外している。

 アニモの視線が何より辛い。その憐れむような目は一番心に来る。

「いや、待て。こいつの話は違ってはいないんだがな、その」

「ケイタ、このようなことは言いたく――」

 ――鼻をつく異臭

アニモの声を遮るように手を上げた。訝し気な黄色い目。俺が刀に手をかけたのを見るとすぐに表情を真剣なものへと変える。

「魔物か?」

 自然と背中合わせになるよう向きを変える。実践慣れしてるな。

「この臭い……恐らくグールだろう」

 グール特有の死臭が辺りに漂っている。やがて銀髪も俺たちに倣い背中合わせになった。

 こいつ得物はないのか?

「まさかあんたも魔術師か? 武器は?」

「持っていない」

 細い光で確かではないがその表情はこの状況においてさえ変わっていないように思えた。

 地上での言葉が頭をよぎる。

 死体? そんなことあるのか?

 だが、確かめる余裕はない。

 近くを這いまわる音。耳障りな息遣い。かなり近づいてきた。

 アニモが小さく呪文を呟いた。後ろを見ればその手に魔方陣が浮かんでいる。

「目を覆え。光で奴らの目を潰してやる」

 目をつぶって片手で瞼を覆った。聞き覚えのない呪文を叫ぶアニモの声が聞こえる。

 あの銀髪は大丈夫か? そんな疑問が浮かんで間もなく。

 ――閃光

 目を覆ってもなお眩しい。光の暴風が吹き荒れる。その後、徐々に眩しさが消えていく。

 もう、手を外しても眩しさはない。

「もう大丈夫だぞ」

 アニモの声に従い。瞼を開く。辺りには光の粒のようなモノがまき散らされ昼のように明るい。このダンジョンは天井の低い洞窟のようだ。

 俺達から二十歩ほどの距離。

 いた。醜い灰色の肌に赤黒い目。不揃いの牙から涎が糸を引いている。

 グールだ。大きさは大人の半分ほど。数は三匹。分かった瞬間、体が動き出していた。

 脚に力を込める。突進。五歩で間合いに入った。醜悪な目がこちらを向き、一瞬目があう。

 一息に抜刀。

 細い棒を切ったような手ごたえ。

 灰色の頭が宙に舞った。遅れて血飛沫。

 後二匹。

 その隣にいるグールを睨み付ける。怯えた表情。もう、視力が戻ったか?

 間髪入れずに肩口から袈裟懸けに振り下ろす。

「ギッ……!」

 グールの叫びが最後まで続くことはなかった。痩せこけた体が真っ二つになり血だまりに横たわる。

 もう一匹はどこだ?

 周囲に気配はない。どこだ。後ろか?

 振り返るとそこには……なんだこれは?

 目に入ったのは壁際で尻もちをついたグール。その前に立つ銀髪。後ろで唖然と口を開けるアニモ。

 銀髪はグールへ近づくとその額に掌を当てた。グールの顔が歪む。あれは、恐れているのか。

 異様な、異常な光景だ。魔物がこんなに小さな少女を恐れるなど。

「そう、怖いの? でも、心配しなくていい」

 銀髪が発したのはまるで幼子をあやすような声。今までとは違う。爛々と光る灼眼がこの光景の異様さを際立たせる。

「な、なんと……」

 アニモのかすれ声。黄色の両眼が驚きで見開かれていた。

「嘘だろ……?」

 グールをよく観察すると明らかに小さくなっていた。

元々ろくな肉がついてる魔物じゃないが、今俺が見ているグールは骨に皮が張り付いているような状態だ。哀れになるほど頬がこけている。腕は小枝ほどの太さしか残っていない。

 少しの間をおいて赤黒い瞳から光が失われた。

 銀髪が腕を下ろした。なんだか、髪の艶が増しているような……。

「止まれ。聞かねばならんことがある」

 今までにない厳しい声が打ち付けられた。アニモだ…………っておいおい!

既に両手に魔方陣が浮かびその上で業火が踊っている!

「まてまて! なんだってんだ」

アニモの元へ駆ける。

頭を巡らせた。

まずはこのリザードマンを落ち着かせないと。

「知れたこと。こやつは死霊使いだ。生かしておけん」

 銀髪は慌てるそぶりもなくゆっくりとこちらを向いた。その大きな灼眼の目尻が緩やかに下がっている。

 ゾッとするほど冷たい微笑。

 張り詰めた空気の中、俺は灼眼を光らせる少女の次の言葉を待つしかなかった。

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