第8話 第一階層(2)
魔物
人間・エルフ・ドワーフ・リザードマン・獣人に属さずこれらの種族に害をなす生き物の総称。
基本的にはダンジョンや街道から外れた荒れ地に巣を作っているが一部、街へ出没する場合もある。
ゴブリン・グール等の下等なものからハーピー等の危険な生き物まで種類は様々。
魔物を殺した後には魔石という魔力を帯びた貴重な石が手に入る。
帝国百科辞典
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「私は死霊使いじゃない」
銀髪はしゃがみ込んで干からびたグールの肩口を人差し指で小突いている。触れた場所は砂のように崩れ細い腕がボタリと地面に落ちた。
「シラを切るな! 生命力を奪う死の魔術は禁忌だ! それを貴様は今使ったではないか!」
「なあ、魔術師さん? ちょっといいか?」
烈火のような勢いで言葉を並べるリザードマンの肩に手を置く。口調の勢いそのままにこっちを睨みつけてきた。顔がおっかねえ。
「あー、俺もその死霊使い? に詳しいわけじゃないんだが……死霊使いってのは自分も死んでるのか?」
水滴の落ちる音がやけに響いた。黄色い目が不規則に揺れている。
「は? いや、そんなことは、聞いたことないが……」
「それならこいつは死霊使いっていうのじゃないだろう。うん」
「動いてないからな、心臓。俺がさっき確かめた」
小さなうめき声。ついでアニモの凹凸のある顔に様々な表情が浮かんでは消えていった。しばし自身の燃え盛る手と未だ死体をつついている銀髪を数度見比べる。やがてため息とともに手の炎は消えた。
「確かめさせてもらおう」
アニモは銀髪の隣にしゃがむと首元へ手を伸ばした。脈をとってるのか。女の方は気にするでもなく死体遊びを続けている。もうグールの方は元が何だったのか分からないくらいボロボロだ。
「馬鹿な」という小さな悲鳴。
次いで何かをつぶやく声。
呟き? 嫌な予感。緑色の手には魔法陣が浮かんでる!
「まて! アニモ!」
アニモの手を鷲掴みにすると怪訝な面持ちが出迎えてきた。その手には柔らかな白い光が浮かんでいる。
「あー、その。これは?」
「これは初歩的な探知魔法だ。生命体を感知できる。例えば、ほら」
光がこちらに向けられる。すると手の中の光は赤色へ変わっていった。
「こんなふうに生命には赤色を示す。そうでないものには……」
グールの残骸へ光を向けると色は白へと変わった。死んでる奴には反応しないみたいだ。
光はゆっくりと銀髪へ向けられる。
一呼吸待ってもその色に変化は訪れない。
「これは……一体どういうことだ」
頭を抱える魔術師の傍ら銀髪が立ち上がった。ダンジョンの奥をまっすぐ指さしている。
「まずは進んだ方がいい。歩きながら話す」
そう言うなりスタスタと先へ行ってしまう。俺は未だ頭を抱える緑色の肩を抱いて歩き出した。
もちろん魔物の死体から魔石を頂くのは忘れなかったが。
少し奥へ進むと急激に暗くなった。どうもさっきの魔法は効果の範囲が狭いらしい。
前にいるはずの銀髪の姿が暗闇に沈んでいく。
「待て! 全く見えん……おい、アニモ」
肩を揺さぶるとようやくアニモが頭から手を離した。何かを取り出すような音。ぼんやり光る石が暗闇にふんわりと浮かぶ。あれは、ビビがくれた魔道具か?
「輝魔石よ、我らを照らせ」
小さな呟きの後、石は俺たちの頭上へと浮上していき煌々と輝きだした。
こりゃ凄い。まるで小さな太陽だ。
女は案外近くにいた。俺たちの様子にちょこんと首を傾げ手招きしてくる。俺が隣へ歩を進めると歩幅を合わせ彼女も歩き始める。
「で、聞かせてくれ。あんた何者なんだ? もったいぶるなよ。ここの魔術師の頭が割れちまう」
「私は元々死霊使いの……召喚物だった」
光が照らした高さは小さな家の天井くらいで横は三人が手を広げても悠々通れるくらいあった。さっきグールに襲われた広間のような場所からは一本道。迷いはしないが逃げ道もない。
「召喚物? そりゃいったい……」
「傀儡だ。死霊使いは死体を自身の駒として使役する。人形遊びだよ」
吐き捨てるようにアニモが答える。死霊使いってのはこの魔術師にかなり嫌われているらしい。それまで順調に歩いていた女が急に立ち止まった。
顔だけをこちらに回す。険しい表情。細い銀の眉が眉間に寄せられていた。
「人形と呼ばれるのは嫌い。訂正してほしい」
驚きだ。コイツが感情を見せるとは。初めてじゃないか? 隣を向けば俺と同じ気持ちであろう表情が浮かんでいる。
「いや……そうだな。すまなかった。謝罪する」
険しい表情をそのままに銀髪は前を向いた。アニモはずぶ濡れになったネズミみたいに参っているようだった。閉塞感のある洞窟ってことを抜かしても空気が重い。
「名前が無いって言ってたのはそういうことだったのか」
「そう。私を召喚した者は名をくれなかった」
微量。ほんの少しだが、あいつの声に残念そうな色が混じる。
「ん? まて、それじゃあんたは……その、操られてるのか? 死霊使いに?」
「違う。私がここにいるのは自分の意志。私の召還主は――死んだ」
「ありえん! そんなこと……! あっいや」
突然の大声に今度は俺と銀髪が顔を見合わせる。アニモは「最後まで話を聞こう」と言うなり黙り込んだ。口は真一文字に結ばれている。女が話し終えるまで開くつもりはないらしい。
「召還主は意識が与えられたばかりの私に生活のための言葉や物の使い方を教えてくれた。毎日、毎日。この力も教わったもの」
大きくカーブする道を進む。聞こえるのは女の声と足音、そして時折水滴が垂れる音だけ。
「召還主は……病気、だったと思う。多くの時間を寝床で過ごしていた」
大きなカーブを抜けるとまた直線。代り映えのしない通路に感覚がマヒしてくる。時折耳を澄ましてみるが何の音も聞こえない。
「私は、あの人が死ぬ前に床へ呼ばれた。そして、何かの魔法をかけられた……何だったかは分からない。でも、魔法を唱えてその人は死んだ」
岩だらけの壁に屈折した俺たち三人の影が歪む。少し先に開けた場所が見えた。また広間のような場所があるらしい。
「だが、どうして貴様……いや、貴殿はこのダンジョンへ? そもそも許可証が無ければ入れないはず」
「あの人が私に残した物の中に入っていた。私も目的があってこれに参加している」
「なんなんだ? その目的って」
広間に出た。さっきの襲撃の例もある。壁際を進むよう二人に合図。低級の魔物といえど背後は取られたくない。
丁度広間の真ん中付近で女の足が止まる。あいつはその大きな目で俺をひたと見据えた。
灼眼の中央、自分の姿が映る。
その目はこの暗闇にあってかがり火のような煌めきを放っていた。
「私は、命が欲しい」
力強い言葉。気圧されるような威厳を纏っている。
「生きてみたい。胸の高鳴りを。燃えるような熱い血潮を感じてみたい」
「だから、目指す。最下層を。願いを叶える秘宝を」
しばらく言葉が継げなかった。そんな目的想像もしてなかった。
命が欲しいといったってコイツはもう自分の意志で動いていて……あ、でも心臓は止まってるか? しかし…………
俺が思案にふけろうとした――その時。
「ケイタ! 上だ!」
悲鳴に近い叫び。
上? 首を向ける。
目に入ったのは逆さまの醜悪な笑み。
ゴブリン。不覚。天上を這っている。
こちらに向けるのは湾曲した大爪。
……違う。向けているのは俺じゃなく。
女の方だ。
刀を……ダメだ! 間に合わない!
緑の怪物はその凶器をまっすぐに向け一直線に銀髪へ落ちていく――
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