第5話 光の中へ

 探索者に対する扱いについて


 諸君も知っての通り最近は第三階層への到達者が出ていない。ヴァロワ公はより多くの優秀な探索者を募るためライセンスを持たない冒険者にも探索の許可を与えている。

 とはいえ浮浪者同然の者共を支援するなどゴブリンを餌付けするようなものだ。

 そこで冒険者ごとに対応を分けること。


 一つ、貴族出身者には最高の礼をもって接するように。多くはこのダンジョン探索に出資されている家の方だ。彼らはいずれ帝国の中心となる。もしかすると、元老院議員になられるお方もいるかもしれん。

 そんな方々の覚えが良くば……後は書かずとも分かるな?

 間違っても怪我をさせるなよ? 首が飛ぶぞ。文字通りにな。


 一つ、冒険者ギルドから来た者たちへは出来るだけの支援を行え。どんな魔物が出るか、階層ごとの特徴はなにか。魔道具等の支援は第三階層到達者からとなっているが、見込みがあるなら支援しろ。どうせ数は余っているし少しくらい問題ない。彼らが探索の主力だ。


 一つ、無免許のクソ共は即刻ダンジョンに放り込め。支援は適当でいいぞ。今のところ未帰還率は百パーセントだが問題ない。

 死体が街に転がるかダンジョンに転がるかの違いしかないからな。


 ダンジョン探索登録所職員への書置き

 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ダンジョンに入りたい。パーティーは俺たち三人だ」

 背に荷物を背負いこむとカウンター向こうで忙しそうに動き回るメイドに呼びかける。すると一人がこちらへ体を向けた。俺にダンジョンの説明をした狐の獣人だ。

「かしこまりました。ではこちらにどうぞ」

「何か契約書等に記載の必要はないのか?」

 アニモの声。驚きが混じっている。確かにこういう時は何か書いたりするもんじゃないのか? 冒険者ギルドの裏請負だって契約書――内容はお察しだ――くらい書くぞ。

「いえ、あなた方は結構です。その……」

 歯切れが悪い。初対面とはずいぶん違うな。頭に生えた狐耳もへたり込んでいる。

「おい、そりゃどういう」

「僕から説明しようか? スラム育ちクン」

 横からいけ好かない顔が飛び出してきた。これでもかと口を吊り上げこちらを見下ろしている。

「彼らも多忙だからね。彼らが無用な雑務を行わないように少々助言をしてあげたのさ」

「多忙だろうな。牡牛の尻を拭く仕事まで増えるんだから」

 ギルベルトがカウンターを叩くとそばにあったグラスが床に落ち派手に音を立てた。すぐ近くに座っていたドワーフがそそくさと逃げていく。

「口をわきまえろよ下民!」

「そもそも、どうしてお前がそんなことを決められる?」

 ギルベルトの折ってやった鼻も今じゃ綺麗に元通りになってる。治癒師だな。大した待遇だ。

「ダールベルク家はこの事業にも多額の出資をしていてね。その次期当主である僕が“助言”をするのは当然だろう」

「あ、あの」

 震えを帯びた高い声。目をやると胸いっぱいにポーションや魔道具を抱えた小柄な使用人がいた。荷物で顔が良く見えない。

「こ、こちらに出立される探索者の方がいらっしゃると聞いて……もう出られてしまいましたか?」

 荷物の隙間からふんわりとした栗色の髪にクリクリと丸い牝鹿のような目が見える。

「……君は僕の話を聞いてなかったのか? え?」

 ギルベルトがいら立ちに任せて手を振り払うと使用人が床に吹き飛ばされる。魔道具が宙を舞い、したたか腰を打ち付けた使用人の周りに散らばった。

「ビビ!」

 血相を変えた獣人がビビと呼ばれた使用人へ駆け寄った。周りの兵士は顔を見合わせるばかりで足に根っこが生えたみたいに動かない。

「ギルベルト様、申し訳ありません。この子には私からきつく言っておきます。ですから……」

「この僕の指示が聞けないものに何を言い聞かせると? このような者を置いておくのは経費の無駄だな」

 冷たい声が響き渡る。ギルベルトはいら立ちを隠そうともせず床を踏み鳴らした。ビビが握った服の裾には深い皺。瞳に浮かぶのは恐怖。

 ああいう目を見ると俺の子供時代を思い出す。カビの生えたパン一切れのために地べたを這いずり回った。

 ……世の中っていうのはどこも変わらないもんだ。

「おうビビ! ようやくか。待ちくたびれたぞ」

「貴様か……」

 ギルベルトが鋭い眼光を飛ばしてくる。下に目をやると不安そうな面持ちが二つ。

 この世界はどうにも理不尽なことが幅を利かせやすい。

「いやなに、ちょっとばかし魔道具の前借をしようかと思ってな。こいつを見せたら喜んで持ってきてくれたぞ」

 刀を鞘から抜き刀身を見せた。ギルベルトの顔にいやらしい笑いがこびり付く。

 だが、全部が全部捨てたもんじゃない。

 少なくともこの二人を見捨てるほど俺の心は死んじゃいない。

「脅しか。君の考えそうなことだ。通常、ダンジョン探索に向かうものへ最低限の補給品を渡すが……」

 奴を睨み付けると、目尻の下がったいやらしい視線が返ってきた。少なくともあの二人に対する興味は薄れたようだ。

「使用人を脅すような輩には不要だろう。そのまま供与品無しで向かってもらう」

 黄色い目が俺に目配せしてくる。この魔術師にも状況は分かったらしい。

「ご子息殿との話もまとまったようだな。長話もなんだ、探検に向かうとしよう。貴殿、案内してもらえるか」

 アニモが話を向けるとそれまで呆気にとられていた狐耳がすぐさま立ち上がった。ビビは青い顔をして散らばった魔道具をかき集めている。

「……ついてきてください」

 カウンターから出てきた狐耳は無表情のまま歩みを進める。切れ長の目が一瞬こちらを向いたがすぐに前に戻った。歩き出そうとした時、後ろから追いかけるように嘲る声が飛んでくる。

「残念だよ。君達が惨たらしく殺される様を見られなくてね」

 また卵でもぶつけてやろうか? 俺が周囲を探そうとすると、それまで沈黙を守っていた名無しの女がギルベルトへ振り返る。

 一瞬の間。

「それは出来ない。私を殺すことは不可能」

「ハッ! 下層民には鏡を見る習慣がないのか? 君のような華奢な女など……」

「あなたに理由を話す必要はない」

 ピシャリと言い切り前へ歩き出した。慌てて狐耳も動き出す。後を追おうとしたが、その前にどうしても気になってギルベルトの顔を拝む。

 奴は罠にかかった魚みたいに口をパクパク動かしていた。

 こいつは傑作だ。

 俺が噴き出すと隣でアニモも続く。卵より良い一発をお見舞いできたようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る