第4話 トラブル×パーティー結成

本学院では数々の名家のご子息も卒業されています。

ヴァロワ家、テーリンク家、ダールベルク家……等等。

ご子息は伝統と歴史ある帝国剣術学院でご学友たちと切磋琢磨し次代の帝国を担う人材になられることでしょう。

さて、本学院に対する寄付についてですがそちらは直接お会いしてお話ししましょう。

書面に残すべきお話ではありませんからね。


とある貴族に送られた学院案内の書状

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて、これはどういうことかな? 私がギルベルト・ダールベルクと知ってのことか」

怒りで震えた声。あの金髪ギルベルトっていうのか。

「ギルベルト? 図体がデカいだけの牡牛にゃもったいない名前だな」

ギルベルトの目がさらに怒りで燃え上がる。荒事は避けられそうにない。

別に構わんが。

こっちもそのつもりだ。

「その身なり……平民? いや、スラム育ちだな。ふん、下民が礼儀を知らなくても無理はないな」

あどけなさを残す顔に侮蔑が混じった。

奴が振り返ると取り巻きから引きつった笑い声が巻き起こる。

「そういうあんたは牛舎の生まれか?」

途端に空気が冷え込む。奴の顔は熟れたリンゴみたいに真っ赤だ。

周囲に目を走らせる。あるのは椅子とテーブル。他に上に乗せられた料理そして酒の入ったコップ。

奴は肩を怒らせ俺のすぐ前まで足を進めた。

既に間合い。精神を集中させる。

「まさか学院を出て始めての決闘が君のような無免許のモグリだとはね。言っておくが僕は剣術・拳闘の成績が学院でもトップ……」

「牛の中で一番だったのか? そいつはよかったな」

奴は爆発寸前、だがこれでいい。

経験上、冷静さを失ったやつほど脆いもんはない。

あとはもう一押しするだけ。

「かかってこいよ。ギルベルトおぼっちゃま」

その言葉が契機だった。


 突如ギルベルトが叫び声をあげた。怒りで歪んだ醜い顔。丸太のような腕が振り上げられる。

 まずはテーブルのコップ。それを掴むと中身の酒を奴の顔にぶっかけた。

「なっ!」

 視界を塞ぐ。虚を突かれ勢いは失われた。胸はがら空き。

 間髪入れず一歩踏み出すし、気合いと共に鳩尾を刀の鞘で突く。

 肉を抉る感覚が掌を伝った。

「ガッ!!」

 デカい体がうずくまる。すぐに奴の髪を掴むと思い切りテーブルへ叩きつけた。

 焼きたての鹿肉が吹っ飛んでいく。肉と木がぶつかる鈍い音が木霊した。

 二度、三度。もうほとんど抵抗はない。何かがつぶれるような嫌な感覚。

 四度目にはテーブルが二つに割れる。口と鼻から血を吹き出しギルベルトは後ろにぶっ倒れた。

 静寂。取り巻き共も顔面蒼白だ。

 ……流石にやりすぎか? 貴族に手を上げたなんてことが衛兵共に見つかるとまずい。

 後ろを向こうとしたその時。

「き、貴様!! と、とまれ」

 周囲から悲鳴。ゆっくりと体を反転させる。

 ギルベルトは口から血を滴らせつつ立ち上がっていた。両手には細身の長剣。それまで見ていた外野数人が尻もちをついて後ずさっていく。

「やめとけ。怪我するぞ」

「下等民が! 舐めやがって」

 一応構えは様になってるみたいだ。だが、ここで刃物沙汰はまずい。が、相手を落ち着けようにも聞く気配もない。


 斬るしかない。


 刀に手をかけた。

 深呼吸。

 気を静める。

 間合いは十分。

 あとは、機を見て抜くだけ。

「な、なんだ。その構えは!? おかしなま――」

 ――今!!

 一閃。

 金属音。

 手ごたえは十分。

 瞬きの間に刀は振り切られていた。

 すぐ後にカランと何かの落ちる音。

「ヒッ……」

 どこからともなく金床をひっかいたような悲鳴が聞こえた。長剣の取手から先は綺麗に無くなっている。なまくら一つ斬り落とすくらい造作もない。

 ギルベルトは腰から床に崩れ落ちる。

 俺が刀を鞘に戻そうとしたその時。

「こっちだ! いそげ!」

まず見えたのはローブ姿の男。その後ろから複数人の兵士も見える。騒ぎがデカすぎたか、兵士を呼ばれたようだ。

こりゃまずいな。何か言い訳を考えんと。

兵士の足音が大きくなってくる。ちょっと苦しいがここは……。俺は刀で床板に斬り込みを入れ素早く納刀。

衛兵が駆けつけるのと刀をしまうのはほぼ同時だった。

「何事だ! 冒険者同士での私闘は禁止だぞ!」

特別上等な装備をした兵士が怒鳴り声をあげた。そんなルール初めて聞いたぞ。あの狐メイド話を端折りやがったな。

「どうもこうも見たらわかるだろう」

俺は大仰に手を振りながらその兵士に近づいた。たちまち鋭い眼光が俺を睨み付けてくる。

「貴様か? 規則違反は即刻……しかもあれは、ダールベルク家の御子息か!?」

さっきまで口から泡を飛ばしてたのにギルベルトを見るなり青ざめやがった。どうもあいつは結構な家の出身らしい。

だからこそ、この手は使える。

「き、貴様……! こ、これがバレたらどうなるか……」

「あ? 何言ってんだ? どうなったかは見りゃ分かるだろ」

ここで言葉を止め全員を見回した。さっき斬り込みを入れた床を右手で指さす。

「こいつを見ろよ! 御子息はこの床板に足を取られて転んだのさ! 危ねえったらありゃしない」

兵士たちも互いに顔を見合わせこの“大惨事”に首を傾げている。

まあ、普通に考えりゃ転んだだけで鼻だの長剣だのが折れたりはしないが……ここは押し通すしかない。

「そ、そんな馬鹿な……」

「ここの奴らだってそれを見てるんだぜ。な! みんな!」

……涙が出そうなくらいの静けさだ。クソッ! そんな怯えた目をするんじゃない! こっちを見る兵士共の目も険しさを増す。後ろにいる兵士たちが互いに目配せをするのが見えた。

これは、まずい。実にまずい。

数人の兵士は剣の柄に手をかけている。どうする。ここは……。

「その光景なら吾輩も確かに見た」

低い、通った声だった。救世主は兵士を連れてきたあの男。薄汚いローブが天人の羽衣に見えてくる。俺に詰め寄っていた兵士が目ん玉をひん剥いてローブ男に振り返った。

「ま、まて。それは本当か? 嘘をつくと……」

「嘘? では貴殿はこう言いたいわけか?」

ローブの男が兵士に一歩近づいた。救世主は背がかなり高い。その脇ではようやく我に返ったのかギルベルトが立ち上がる。ふらついたところを取り巻きが急いで支えに入った。

「この――ダールベルク家の子息はどこの馬の骨とも分からん冒険者と戦い、不様に叩きのめされたと? そんなこと……」

「そんなわけない!! 私が……私があんなものに負けるなど!」

 ギルベルトが大声を張り上げる。一呼吸間をおいて取り巻き立ちもそれに倣った。兵士たちは俺に興味を無くしたようでギルベルトをなだめたりと、治癒師を呼んだりと大わらわだ。

ローブの男が音もなく近づいてくる辺りを見回すと俺の腕を引いた。

「ここに長居すべきではないと思うが」

ここは救世主の助言に従うべきだろう。だが、その前に。

 騒ぎの中心となっている兵士たちを迂回してローブの女まで近づき手を差し伸べる。近くで見ると体躯の小ささが良く分かる。まだ子供じゃないのか?

「おい、あんた。ここから離れよう」

 女は言葉もなく椅子を引くと俺の腕を取る。

 俺たち三人は騒ぎから遠いカウンター近くの壁まで忍び足で向かった。


「はー……しっかし危なかったぜ。なあ、あんた。助かったよ」

「貴殿は随分と無茶をする男だな。さっきの騒ぎで我らはここの運営側から目を付けられたようだ」

俺の右で壁にもたれかかるローブからくつくつと笑い声が聞こえる。確かにこのローブ男の言う通りだ。メイドを見れば目を逸らされるし兵士はあからさまに敵意を向けてくる。

「だが、嫌いじゃない」

男は顔を横に向けた。視線の先では折れた剣を兵士の一人が片付けている。

「それにしても大した腕だ。それは刀か? 使い手は少ないと聞く。まして剣を切り落とすなど……その技はどこで?」

「……親父さ。とはいっても俺がまだ子供の頃に死んじまったが」

男は小さく「すまない」と告げた。気にしなくてもいいんだが。

空気を変えたくて俺は努めて明るい声を出した。

「聞かせてくれないか? 名前を。俺はケイタだ。ああ、君もさ」

 左にいる女にも話を向ける。こいつらの名前も知らなかった。

「吾輩の名はアニモだ」

「私は……名前はない」

 ローブの男――アニモと俺は顔を見合わせる。妙な事を言う。どういうことだ?

 女は抑揚をまったく変えず言葉を続けた。

「私は、目指している。ダンジョンの最深部を。あなたたちはどう?」

「ああ、俺もだ。当然だな」

 アニモが感嘆の声を上げた。俺と女の顔を見比べてくる。

「ほう、これはこれは。踏破を目指す冒険者二人と親交を持てるとは。吾輩にも運が巡ってきたかな」

「どういう意味だ? ここにいるのは皆……」

 ローブの男は黙って首を横に振った。顔は未だ喧騒の真っただ中にある冒険者たちの方へ向けられる。

「一日観察して分かったことだが、この者たちの大半はダンジョンの踏破など考えてもいないよ。お前もさっき会っただろう。金持ち貴族の道楽・適当な階層を踏破し名を売る・または素材や財宝を売買し生計を立てる……思惑は様々だ。そもそも、前人未到のダンジョンを踏破しようなど命を投げ捨てるようなもの。普通の者は考えもしない――よほどの理由がない限りはな」

 アニモはせき込むと、掌を上に向ける。手は緑の鱗で覆われていた。リザードマンだったのか!

 こいつはツキが回ってきた。リザードマンの戦士は頼りになる。

 そう、考えた時、背の高いリザードマンは何かを呟いた。

 時を置かず奴の掌の上に小さな炎が灯る。

「!? あんた魔術師だったのか! 驚いたな」

 魔術師は大陸全土を見渡しても珍しい存在だ。なんたって魔術の才覚を持ってる奴が極めて稀だからな。どこに行っても重宝されるため明日も知れない職業に就く奴なんてほとんどいない。リザードマンとなればさらに希少――どころじゃないな、竜人の魔術師なんて聞いたこともない。

 なら、なおさら気になる。なぜこいつはこの探索に乗り出したんだ?

「魔法を操るリザードマンは私を除いては殆どいないだろうな……そしてこのダンジョンの踏破を考えているとすればなおさらだ。お互い疑問はあるだろうが、ここはこの三人で組むのが合理的ではないか? 出資者側から目を付けられているが、成果さえ出せば我らを認めざるおえまい」

 炎を消すとアニモは右手を前に出した。

「これで、三人そろった」

 名無しの女もその上に手を重ねる。ドキリとするくらい細くて白い指。

 俺もその上に掌を重ねた。

「やってやろうぜ。目指すは……」

「第三階層」

 女が小さな、しかしはっきりとした声で告げた。

 紆余曲折あった。疑問も多くある。だが、必要な人数はそろった。

 目指すは第三階層。

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