第3話 期限は三日間!
この書状を持つ者に帝都迷宮を探索する許可を与える。
― 帝都剣術学院ないし帝国魔術院を上位十五%の成績で卒業したもの
― 冒険者ギルドにおいて帝国への貢献が十分と認められたもの
― 中程度以上の脅威と認定されている魔物を屠ったもの
三番目の項のみ冒険者免許不要とする。この書状を持ったものは帝都セントラルの探索登録所まで来られたし。かかった路銀は機関が保証する。
迷宮探索招待状 内務卿 アルフレッド・ヴァロワ
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登録所に入ると内部は広かった。端から端までざっと五十メートルはありそうだ。向かって奥にはカウンター。それ以外の場所では質のいい木で作られたテーブルが所狭しと並べられ、色とりどりの食材が並んでいる。ぽつりぽつりと冒険者の姿が見える。思ったよりまばらだな。既にパーティーを作ってテーブルで作戦会議をする奴ら、隅っこで酒をすする奴、パーティーを組もうと話しかけまくってる奴。
やはりというべきか騒がしい。そんな喧騒の中、目の前に獣人のメイドが現れる。燃えるような赤髪の間から可愛らしい狐耳。上品なアーモンド形の目と小さな口は品の良さを感じさせた。
「今日到着された方でしょうか?」
一瞬、自分を呼ばれていると分からなかった。違法魔法薬の売人以外から丁寧な言葉遣いを受けたのは初めてだ。一呼吸遅れて頷く。
「こちらへ。迷宮探索についての説明を致します」
くるりと後ろを向くと下半身に目が行った。可愛らしい尻尾がぴょこんと飛び出ている。さっさと歩き始めた彼女に置いて行かれないよう急いで後を追った。向かった先は奥のカウンター。向こう側では武装した兵士が目を光らせメイドが書類をまとめていた。
「お座りください」
俺が椅子に腰掛けるとメイドが話を再開させる。事務的な固い声。
「本登録所の目的は迷宮に挑む探索者の方々をサポートすることです。ここに招待された方々は帝国の認可を受けた剣術・魔術学院を優秀な成績で卒業するかギルドから帝国への貢献が認められた方。もしくは……」
ここで形のいい目が値踏みするように俺を眺めまわす。ここで言う学院ってのはバカ高い学費を払わなきゃ通えない教育機関だ。でもってギルドってのがその卒業生のたまり場。街や貴族、帝国を通した”まともな仕事”は全てこのギルドに割り振られる。スラム育ちの俺とは無縁の場所だ。
「無免許であっても中程度以上の魔物を屠れる実力を証明した方」
わざわざこっちに紹介状を見せてきやがった。ご丁寧に三番目に丸が付けてある。
世の中には”まともじゃない仕事”ってのがある。危険性はデカいが俺のようなモグリが生きていくにはこういった仕事を受けるしかない。何度死にかけたことか。
「登録所及び迷宮探査機関の創設者はヴァロワ家のアルフレッド卿ですが帝国政府の支援もあります。ここまではご存じですね?」
「ああ、もちろんだ」
初耳だ。あるふれっど? 確か紹介状に名前があったような気がする。言われてみると聞き覚えがある様な気もする。
「迷宮解明にはすでに多数の冒険者の方々が参加されました……しかし最深部までの到達者は一人としていません。現在この迷宮の最深到達階層は第四階層。ここまでは地上と迷宮をつなぐポータルが置かれています」
「ポータル? 魔導転移球だっけか? 確か自由に地上と行き来できる装置の」
「はい、ポータルは地上と迷宮を繋ぐ装置です。一度使うと時間をおかねばならないという制約はありますが画期的なもので……ちなみにこの装置の開発にはアルフレッド卿も関わっております」
それはそれは。アルフレッド卿ってのは魔術師でもあるのか。
「これは……貴方にとっては最も重要なことかと思います。帝国は探索者に惜しみない支援を行います…………ただしそれは実力のある者だけ」
次の言葉は手に取るように分かる。この書状を手に入れるときもそうだった。
「力量を証明しろと? いいぜ。どっかの魔物の首でも届けりゃ良いか?」
軽い冗談のつもりだったがメイドの鉄面皮はピクリともしない。可愛い顔が台無しだ。
「先ずは第三階層まで到達してください。パーティーは最低三人を集めて。それが出来なければここから去って頂きます」
「期限は三日間」
メイドが最後の言葉をぴしゃりと言い放つ。役立たずに無駄飯食わせる気はないってことか。ただの金持ちの道楽じゃないみたいだ。
「ここには武具店と魔法店もありますが使えるのは第三階層到達者だけです」
「なあ、この迷宮の踏破者にはたんまりと賞金が出るって聞いたんだが……」
右手を上げて首を横に振られる。ほんと愛想ないな。
「そういったお話も――」
「第三階層到達後に。だろ? 分かったよ」
立ち上がろうとした俺にメイドが小さな白い石を手渡してきた。なんだこれは?
「迷宮の魔力に応じて反応する魔法石です。到達した階層がわかるようになっています……間違っても不正はしませんように。すぐにバレますよ」
受け取った石を内ポケットへとしまう。メイドの話は今度こそ終わったようで貝殻みたいに喋らなくなった。
さて、さっそく仲間探しだ。立ち上がると冒険者がたむろする場所へ足を向ける。ここからが本番。出来ることなら魔術師が居てくれるといいが……ただでさえ希少だ。そもそもこの中にいるという保証もない。
探索日時から逆算する。探索にはどうあっても二日欲しい。仲間探しに当てられるのは一日が限界ってとこだろう。
とりあえず近くの奴に声を掛けようとしたところ、中央で何かをはやし立てるような品のない声が上がった。目を向ければ人だかりができている。なんなんだ? 近くにいるデカい斧を持った男の肩を叩く。
「何かあったのかい?」
「ほらあそこ。あのローブ野郎も運がねえな。ダールベルク家の坊ちゃんに目を付けられるとは」
テーブルにはローブを目深にかぶったチビが一人座っていた。その向かいから上等な赤服を着た金髪の大男が詰め寄っている。その後ろでは取り巻きと思われる数人がニヤついた笑みを浮かべていた。金髪が大げさにうでを振り上げる。
「さてさて、僕はそのローブを取ってくれと言ってるだけなんだ」
嫌みったらしい声だ。チビのほうは椅子に腰かけたまま微動だにしない。肝が据わってんのか腰が抜けてるのか判別はつかなかった。
「気分じゃない」
凛とした鈴のような声。女だったのか。たどたどしいが震えはない。共通語に慣れてない地方の出身か?
「なに、その麗しい顔を少し見せてくれるだけでいいんだ。僕が気に入れば……わかるだろ? ダールベルク家の長子である僕といるほうがご両親も喜ばれると思うよ」
どこぞのドラ息子が女をひっかけてるってわけか。反吐が出る光景だが、今厄介ごとをしょい込むわけにはいかない。俺が踵を返そうとしたその時だった。
「親はもういない」
足が止まる。汚いローブに奇妙な親近感が湧いてくる。
「おいおい! その歳で親なしってことはスラム育ちか?」
「ダールベルク家の使用人なんて大出世じゃねえか嬢ちゃん」
取り巻きから上がるからかいの声。親なし、スラム育ち。自分の中で怒りがふつふつ煮えていくのが分かる。
「ひつようない。わたしはこのダンジョンの最深部へいく」
静かな、だが決意のこもった声。一瞬の間をおいて取り巻きたちのバカ笑いがその余韻をかき消した。
冷静になれと頭のどこかで警鐘が鳴らされる。だが、内側で燃えつつある炎に下品な声が燃料としてくべられていく。
「まあまあ君たち」
金髪野郎が笑いをこらえつつ取り巻きを手で制す。
「彼女は学がないんだ。そうバカにするのは失礼というもの」
「まだ知らないのさ。スラム上がり風情がここを踏破するなんて不可能だってね!」
俺の中で張っていた糸が音を立てて切れた。視線の端にはテーブル。その上には山盛りに置かれた卵。
掴んで振りかぶり思い切り投げつける。
「ハッハッハッハ――」
俺の投げた卵は吸い込まれるように金髪にぶち当たった。
殻が破けどろりとした中身が絡みつく。
水を打ったように辺りは静まり返った。声をあげる者は誰もいない。
「ヒュー命中だ! 色男、似合ってるぜ」
響くのは俺の声だけ。誰もかれも青ざめた顔で凍り付いている。
正面には頭から卵を垂らした大男の据わった眼。
仲間集めはこの図体のデカい牛野郎をぶっ飛ばしてからだ。
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