ばらばらとなる、かさのもとで、うたれている。わたしは ただ、ここにあった。

 ああ、ああ、だいぶしわがれた声が反響してやっとかえりつくころに、年が明けたと思ったらもう梅雨である、まったく道を狭めるほど鬱蒼と茂るくせに 紫陽花の泪はどこか情火のように妖艶で、そこに滑る蝸牛を羨ましく感じるばかり、たぶん熱さだけを齎した。

 慌ただしく移り変わる季節にさらに眩暈を憶えていく。

 確かに梅も桜もわけもなく咲いた。しかし陽気など、どこふくかぜでそぞろ歩きを催しただけで、記憶の片隅に少し香りを齎し、膨らんだ胸はすぐに萎えてしまった。すこし つかれたようだった、不意に、目に留まった傷んだ置石に腰掛ける。そして一息つくと、もうずいぶん草臥れて色を失くしたところだけは妙に思い出し、色鮮やかな記憶に塗り替えてみる。

 すると多分未だ蕾であろう、この思いは、道行きの彼や彼女にのせて馳せ、過去や未来を創り上げてほくそ笑む。ただ黙って景観を犯して産んでいる眼差しだけの。耀き 抱擁 柔かい風、プリズムを堕とす硝子の生命。朧月夜。紅葉のさざなみ、雪舞く社 その虹彩を辿る少年は畏怖の対照に……

 漠然とした祝いのように あちらこちらに向日葵が戯れる。見渡す限りの草原は 風に煽られて とても眩しい。やはり場違いな気がして身を翻しても そのかがやきに圧倒され逃れられない。


 どうしてここまで来たのか思い出せないまま、ただ黙って、後ろ姿の髪が遊ばれるきみのさまを眺めていれば、なんてことも無い気がして、駆け寄り抱き留めたい衝動に駆られる。焦燥はかくも沈みゆき、明く燃え上がる前に、もどかしく、やりきれず 朽ちていく。

 うすぐらいひかりはなぜか、その者だけを照らし、こちらを認めるとゆっくりと振り返って笑んだ。なぜだろうかここは光も届かないくせに、どうしてかその者だけを愛し、私のもとを浮かび上がらせると。これはまぼろしであるから、わかっていて、それでも消えやしない現実を、露骨に映し出している。

この世全てを探しても見つからなかった君が、今更、連れ出せるわけもないこの場所で。

(ここでおわりなら尚更)

 絶望で終わりにしたかったのに、あと僅かな光すら、苛むように。

 薄らと抱擁を繰り返した、私、だけだった。







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