第5話 アメリカにて・その1 ――再び始める――
僕がアメリカに渡ったのは、夏の初め頃。最初は異国ならではの物珍しさや気苦労も多かったが、半年以上が経過するうちには、徐々に慣れてきて……。
春が近づいた頃のことだった。
たまたま知り合った日本人研究者の一人が、合唱を趣味とする者だった。アメリカでも積極的に歌う場を探して、今では市内の一般の合唱団で歌っているという。
一般の合唱団なので、もちろん誰でも入団できるし、随時募集中だ。僕が日本で合唱をしていた旨を話すと、
「あなたもどうですか?」
と彼に誘われた。
気持ちが揺れた。
セミプロの合唱団を辞めた時には「もう二度と歌わない」と思ったはずなのに、「一度このレベルで歌ってしまったら、それより下のアマチュアレベルの合唱団では楽しめない」と考えたはずなのに……。
いざこのような誘いを受けると、反対の気持ちが生まれた。「何であれ『歌える』場があるならば、参加しない手はない」という気持ちだ。
昔々の「どんなに環境が変わっても、歌い続けていたい」という熱意が、少しだけ蘇った瞬間だった。
久しぶりに歌うとなると、色々と大変なこともあるだろうが……。
その合唱団は、ちょうど春の演奏会に向けて練習中であり、メインの曲目はモーツァルトの『戴冠式ミサ』。大学の合唱サークルの定期演奏会で歌ったことのある曲だから、僕にとっては歌いやすい演目だった。
些細な点かもしれないが、迷っている時には、小さな積み重ねで心の天秤が傾くこともある。だから「歌ったことのある曲」という点も影響したのだろうか。
合唱団のHPで連絡先を調べて、メールで一言入れてから、僕は練習の場所へ赴いたのだった。
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