第1話 日本にて・その1 ――はじまり――

   

 大学で合唱サークルに入ったことが、僕の合唱人生のスタートだ。

 もともと音楽的な素養も何もなかったが……。僕は熱しやすく冷めやすい性質たちであり、しかも時には『冷めやすい』が欠けて『熱しやすく』だけになって、とことん熱を入れる場合もある。そんな性格だったので、合唱にも夢中になった。二年目には同じ大学の別の合唱サークルにも入ったほどだ。

 ただし、あくまでも「下手の横好き」というレベル。そもそも大学のサークルで歌っていた頃は、本当に合唱を『合唱』として楽しんでいたとは言い切れない気もする。合わせてうたうからこそ『合唱』になるのに、僕の中にある気持ちのメインは「歌うことが楽しい」であり「合わせることが楽しい」ではなかったと思うからだ。


 歌を歌うことは楽しい。でも一人では歌えないから、みんなと一緒に歌う。合唱初心者には、案外ありがちな姿勢ではないだろうか。

 基本的にはそれくらい弱気なのに、でも逆に「いつかソロを歌ってみたい」という夢もあった。

 僕のパートはテナーだが、合唱曲の中には、テナーソロのある曲はたくさんある。そうした曲がコンサートの演目になったら誰かがソロを歌うわけで、単純に考えればテナーで一番上手い人がテナーソロを受け持つのだろう。

 つまり、ソロを歌うためには、その合唱団の自分のパートの中でトップに立つ必要がある。だから「いつかソロを歌ってみたい」というのは、しょせん夢物語であり、現実的ではなかった。おそらく音楽に対する想いというより、自己顕示欲とか承認欲求のような雑念から生まれた、小さな気持ちに過ぎなかった。

   

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