第2話 日本にて・その2 ――セミプロの合唱団で歌う――

   

 そんなスタートでも、努力をすれば少しは上達する。

 学生生活の終わり頃、僕はプロっぽい合唱団に所属していた。

 あえて『プロ』と断言せず『プロっぽい』という曖昧な表現にしたのは、合唱団に所属することで給料が出るわけではないからだ。その意味ではプロではないが、依頼されたコンサート出演やCD録音などの仕事が毎年のようにあり、その都度ギャラが支払われる合唱団だった。また、仕事のコンサートではなく自主的に開くコンサートでも「観客からチケット代を支払ってもらって舞台に立つ以上、プロ意識で歌わねばならない」という精神を持つ音楽団体だった。

 なお「たくさんのステージをこなしてこそプロ」という意味もあって、そうした『自主的に開くコンサート』は毎年十数回。コンサートホールで開く大きな演奏会が数回以上、教会を借りて開く小さなコンサートが十回くらい。平均して、毎月いくつも新曲を練習するわけであり、それだけでも、その合唱団の実力がわかるだろう。

 これがアマチュアならば、そこまで頻繁にコンサートを開くとは出来ない。例えば僕の知る限り、大学の合唱サークルならば毎年二、三回のコンサート、一般の市民合唱団ならば一年か二年に一回くらいのコンサートが普通のはずだった。


 合唱団のレベルが高いということは、そこに所属する団員一人一人のレベルも高いということだ。

 僕より上手い人だらけであり、自分が一番下手というレベルで歌うのは、今までよりも遥かに高い水準の音楽を楽しめるわけで、ある意味、最高の環境だった。極端な言い方をするならば、草野球レベルの野球好きが、プロ野球のチームに混じってプレイさせてもらえるようなものだろうか。

 ただし自分が一番下手といっても、大きく周りの足を引っ張るほどの『下手』ではないはず、という自負もあった。

 その基になっていたのが、合唱団のオーディションだ。

 セミプロの合唱団なので、入団希望者を誰でも受け入れてくれるわけではない。誰でも入れるアマチュア枠もあったが、依頼されたコンサート出演やCD録音などの仕事を引き受けるメンバーは、冬に行われるオーディションで決定されていた。

 毎年メンバーをリセットして、新たに決め直す形だ。

 もしも僕が『大きく周りの足を引っ張るほど』の技量ならば、オーディションで選ばれるわけがない。一応は合唱団の戦力としてカウントされるレベルに達しているからこそ、メンバーに入れてもらえたはず。

 そのように考えていたのだった。


 オーディションを受けるということは、一人で人前で歌って採点されるということ。だから初心者の頃のような「一人では歌えないから、みんなと一緒に歌う」というような甘えた気持ちは、当然のようになくなっていた。

 一人で歌うことに恥ずかしさは感じなくなっており、また逆にソロ云々への憧れも消え去っていた。

 音楽に対して真摯になろうとすると、分不相応の望みを持てないのだ。分不相応の望みは、全体の音楽に対してマイナスになってしまう。合唱団全体における自分の位置付けを正しく捉えて、自分は自分の役割を的確にこなす。それがプロとして音楽を作っていくことだと感じていた。

 セミプロの合唱団で歌うようになって初めて、ようやく僕は『合わせてうたう』という意識が強くなったのかもしれない。

   

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