レベル11 ロメロのワガママ! ~禁断の書のおまけなんか信用するな~

 レベル 11


 目を覚ますと、俺とロメロはベッドに寝かされていた。顔中を覆う痛みが走ったかと思うと、その痛みは鼻に集約されて、激しい痛みになった。

 昨晩何が起こったのか、俺は必死で記憶を手繰り寄せる。昨晩、俺とロメロが野宿していると、突如ひとりの女性が現れた。その女性は突然ロメロを殴ったかと思うと、殴らせろと迫ってきた。嫌だと断ると自己紹介し、改めて俺を殴った。

 そうだ。あのクソ女はどこだ。この鼻の痛みはアケミとかいう女に殴られた痛みに違いない。物凄く腹が立ったが、それと同時に考えた。


 絶対勝てない。

 でも仕返しはしたい。

 でも直接は怖い。


 哲学における問答法は好きではないが、俺に出来る攻撃は今のところ口撃だけだ。もちろん勇者を自称しているわけだから今後鍛えていきたいと考えているが、冒険に出たばかりの勇者はこんなもんだ。

 では口撃は有効か。口撃が有効なのは「手の届かない距離にいる」ということが絶対条件で、手を出すと著しく社会的信頼と地位を失墜させてしまう相手か、もしくは双方腕力に全くもって自信がない場合に限る。

 アケミはどうか。殴られた衝撃か記憶はおぼろげだが、とにかく「殴らせろ」とどこかのガキ大将みたいなことを言い続けていた気がする。

 どうしようか考えている時、扉が開いた。アケミのことを考えていたので思わず身構えたが、入ってきたのは老人で、殴りかかってくる気配はない。しかし油断は出来ない。

 警戒する俺を見て、老人は大丈夫だとジェスチャーで伝え、口を開いた。


 「ここはカトウトシ村だ。昨晩アケミがお主らを見つけたので殴ったら気絶してしまったらしい。連絡を受けた我々が現場に行くと、お主らふたりがノビていたということだ」


 「現場」と言ったということは、つまりこれは事件だと認識しているということだ。俺はそのことで少し安心した。もしこの老人がアケミと同じ人種なら「憩いの場」などと言うはずだ。


 「アケミが悪かったね。あの子は決して気性が荒い子じゃないんだが、とにかくすぐ殴りかかる」


 気性が荒いわけではないということは、腹を立てて殴りかかることはないが、「とりあえず」で殴りかかることはある、という訳だ。


 余計に危ない。


 それが許されるのはアクション映画でマッチョな主人公がこれまたマッチョな友人と再会した時なんかに、「てめえ、生きてやがったのかこの野郎!」「てめえこそしぶとい野郎だぜ!」「ぐはははは!」ボカ!以外ないと思われる。


 「あの子から事情は聞いたよ」


 老人は言った。はて、昨晩俺は事情など説明しただろうか。


 「珍しいキノコを集めているらしいね。伝説の冬虫夏草、“チョットダケ”を手に入れると全ての漢方界の頂点に立ち、それはもう全員集合状態になるんだとか」


 一ミリもかすっていない。かすらせよという気すら感じない。


 「アケミとやらが何を思ってそんな話をしたのかは知らないが、俺は魔王を探す為に旅をしてるんだ。あっちの変なのはここに来る途中で仲間になったロメロってやつだ」


 「そうか。まあチョットダケはまさに伝説だから、そう簡単に見つかるものではないからな」


 今欲しいのは伝説のキノコよりも情報が欲しい。キモチムラ村では何も得られないどころか変な男が引っ付いてきただけだ。この村では何か情報が欲しい。出だしが最悪だっただけに、さすがに何か欲しい。

 ここがカトウトシ村だということは、いつあのアケミ・ザ・モンスターに出会うか分かったもんじゃない。俺はとりあえず、目の前のこのじいさんに聞いてみることにした。


 「単刀直入に聞くが、魔王について何か知らないか?」


 「魔王か・・・・・・。魔王は分からんが、ヤマモトさんなら分かるぞ」


 ヤマモトさんの情報は入らない。


 「そう言うな。魔王もヤマモトさんも、根は一緒じゃて」


 安心させるような口調で不安になることを言った。まさかアケミと同じ部類ではあるまいな。


 「ヤマモトさんはな、この村で一番の年寄りでなんでも知ってる、おばあちゃんの知恵袋的な人だ」


 「はあ」


 「ジャンルの得手不得手はあるものの、大概のことは知っているから聞いてみても損はないぞ」


 今はこの情報にすがるしかなさそうだ。俺は老人に礼を言い、さっそくヤマモトさんの家を訪ねてみることにした。昨日のことなどすっかり忘れてYoyo言っているロメロとふたりで街中を歩いていると、なかなかに大きな村らしく、市場なんかもあった。初めて見る市場に俺とロメロはテンションが上がり、ヤマモトさんのことなどすっかり忘れて全店舗見て回った。


 「Hey,Yo,bro!コレ見てみなよ!」


 ロメロが指差した先にあったのは一冊の本だ。「禁断の書・五月号」という題名の下には、赤白帽を被って満面の笑みを浮かべ輪になった悪魔たちが、お花畑でキャッキャウフフしている絵が描かれている。五月号の特集は「みんなで使える秘術100」だそうだ。


 「もしかしたら俺たち、世界救っちゃえるかもしれなくない?」


 絶対無理だろう。値段は三五〇ゴールド。買えなくはない。が、買わない。当たり前だ。こんな本買ってたまるか。

 ロメロが疑似マイクを振りかざして早口で言い出した。


 「《俺たちが目指しているのは世界の平和、そこに繋がるラップ界の制覇。目の前にある本を手に取る俺らが見据えるWayは、どこまで続くのかそれは紛れもなく聖なる、道のりを歩む俺たちを阻む者には容赦なく、速攻かましまくるライムとビートで撃破》」


 回りくどい以前に本が欲しいということすら言えていないが、ロメロのことだから間違いなくこの本が欲しいのだろう。


 「買わないぞ」


 「なんでだよ?!見ろよ、禁断の書だぜ?これがあれば魔王なんか簡単にやっつけちゃえるってもんだろ?」


 そう言って禁断の書を手に取った。


 「秘術が百個も書いてあるんだ。俺たちがこの長い年月捜し歩いていたのはこれだよ」


 まだ四日目だなどと野暮なことは言わないが、それでも俺はこんな珍妙な月刊誌は買わない。


 「買うならお前が買えよ。お前の金なら俺は文句言わない」


 「Yo,bro。よく考えろ。そして思い出せ。いつだって勇者の財布はみんなの財布だ。各自違う財布で冒険を進めるゲームなんかあるか?かの有名な方もおっしゃっていたはずだ。俺のものは俺のもの。お前のものも俺のもの。共に命を懸けるファミリーである俺たちは、財布も一緒のはずだ。お前に許可なく使える訳がないじゃないかYo」


 なんてまっすぐな目だ。その輝く瞳の奥底にははっきりと、三五〇ゴールドも持っていない事実が浮かび上がっている。つまり、自分の金で買えないならなんとか言いくるめて財布をひとまとめにして使える金を増やそうという腹積もりなのだ。


 「その本が欲しいのかい?」


 店のばあさんが言った。今にも「ケシシシシシシ」と笑いだしそうな怪しさだ。


 「くれるのか?」


 「お金を払えばね」


 「払わない!」


 ロメロがとても元気に非常識なことを言ったが、これは当然のように受け流された。


 「だが、タダでやらないでもない。ケシシシシシシ」


 ロメロが喰いついた。俺としてはイメージ通りに笑ったことの方が驚きだったが、ロメロはその怪しげな笑い声に興味はないようだ。


 「この村の近くにある塔に財宝が隠されているんだがね、それを持ってきてくれたらこれをやらんでもない」


 「乗った!」


 ロメロが叫んだ。


 乗るな。


 俺はロメロの袖を掴んで引きずって裏路地に行った。


 「よく考えろ。今は何月だ」

 「九月」

 「あれは何月号だ」

 「五月号」

 「そうだ。あれは古本だ。四か月も前の」

 「来年の五月かも」

 「そんな訳ないだろう」


 俺はふと思って、老婆に話しかけた。


 「どうしてその塔に財宝が隠されていると分かるんだ?」


 「ケシシシ。死んじまったうちのじいさんは冒険家でね、色んな場所を探検しては財宝を見つけたもんさ。だがそんなじいさんも全ての場所を探検できた訳じゃない。いろんな地図を頼りに冒険していたんだが、最後の地図の場所に行く前に死んじまったのさ」


 「この村の近くの塔ってことは、一番近くだったんだろ?なぜ行ってないんだ?」


 「近所すぎると逆に足が遠のくもんでね。観光地に住んでる人間が、いつでも行けるってんで実際はあまりその観光地に行かないのと同じさ」


 分かる気がする。


 「で、その地図を俺たちに譲り、俺たちはその地図を頼りに金銀財宝を見つけ、それをばあさんに渡せばこの本をくれる。そういう訳かい?」


 「そういう訳さ。ケシシシ」


 「なあ、ばあさん。その財宝が実はじいさんのイタズラ、なんてことはないよな」


 「ないねえ。イタズラ好きだったのは確かじゃが、未知の場所を冒険するのが好きだったんだ」


 塔である時点で建てた人たちがいるんだから、未知の場所でもないだろう。俺は、未知になるくらい昔の塔なんだということで納得した。

 俺はもう一度ロメロと会議を開始した。


 「どうする、ロメロ。本当に財宝はあると思うか?」


 「Yo,bro。野暮なこと言いっこなしだぜ?冒険する心、それが財宝さ」


 「少年の心も財宝に違いないんだが、あのばあさんの言ってる財宝だよ。塔の、どこか分かんないけど多分てっぺんだろう。登れば金銀財宝があると思うか」


 「宝の地図があるってんならあるだろう。宝の地図が指し示す場所、宝あり。昔から賢人が言い伝えてきた諺であり、それがヒップホップさ」


 それがヒップホップかどうかは分からないが、それは諺ではなく普通のことだ。だが、宝の地図があるということは存在が知られているわけだから、辿り着いてみれば宝は誰かが見つけた後でした、ということはよくあると思うが、それを言い出したら冒険は出来ないから考慮しないことにする。


 「行くか」


 「Here we go!Dis is Da Hip-Hop!!」


 俺はもう一度ばあさんのところに向かった。


 「俺の相方なんだが、塔に行ってもいいって言ってるだけど、その宝の地図を貸してくれるかい?」


 俺は宝の地図を手に入れた。そうか、これが「手に入れた!」というやつか。悪くない。


 どうして俺が魔王退治とは関係がないであろう「禁断の書・五月号」の為に塔に行くことを快諾したのか。簡単だ。ロメロが欲しがっている「禁断の書・五月号」は三百〇ゴールド、どうみてもプレミアものではない古本としては、なにかがちょっと分からなくなったとしか思えない価格だが、手の届かない値段ではない。現に俺の財布には三五〇ゴールドくらいは入っている。

 そして塔に眠るというのは財宝だ。まさか三五〇ゴールドどころではあるまい。つまり、俺はその宝を手に入れ自分の懐に入れる。そして村に帰ったあと、何喰わぬ顔でロメロが欲しがっている本を購入しておさらばだ。

 ばあさんよ、世の中は厳しいのだ。

 地図には塔の周辺マップもあるから、俺たちはさほど迷うことなくその塔に到着した。

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