レベル10 この女、凶暴につき ~拳で語って伝わるのは痛みだけ~

 レベル10


 ロメロが仲間になって三日。俺たちは野宿をしながらさ迷い歩いていた。マリンさんが言うには、キモチムラ村を出て東にまっすぐ進むと日が暮れることには隣村、カトウトシ村に着く、とのことだったが、三日経ってもまだつかない。

 マリンさんが間違っていたかどうかは知らないが、左手を振りながら縦ノリでゆっくり歩き、ことあるごとにリズムに乗せて喋るから(ロメロが言うにはこれは喋っているのとは全く違う、ラップというものだそうだ)、遅々として前に進まないのだ。昨日の朝はシカに向かってYoyo言っていた。

 今はマリンさんの助言に従うしかないし、もしテキトーだったとしても、今の時代テキトーに三日も歩けばどこかしら着く。

 ロメロは相変わらず俺のことなど気にすることなくマイペースに進んでいるが、この二日間で俺はある発見をした。ロメロを見ていると、イライラする気が全く起きないのだ。もしひとりだったら俺はネガティブなことばかり考えてイラついていたことだろう。ちょっと認めたくない自分もいるが、ここは素直にロメロに感謝だ。

 あたりが暗くなったので、俺とロメロは野宿することにした。マリンさんに渡された飲み物は全てビールだ。冷蔵庫などないから冷えていないビールで乾杯し、俺とロメロは食事を始めた。貰った食べ物も基本的には酒のつまみに最適なものなので、自然とロメロの「Yoyo」という声も大きくなる。

 その時、茂みからガサガサという音が聞こえた。俺とロメロは咄嗟に身構えたが、音の正体が姿を現す気配はない。

 ロメロが「ちょっと確かめてみよう」と言い、右手で握りこぶしを作って口元に当てた。どうでもいいが、俺はこの動作を「疑似マイク」と名付けた。ロメロがろくでもないことを言いながらやる前兆で、嫌な予感到来というやつだ。


 「Say,Ho~!」


 疑似マイクに向かって言ったかと思うと、音が聞こえた茂みに疑似マイクを向けた。

 なんの音もしない。


 「Say,Ho~!」


 もう一度言ったが、やはり音はしない。


 「誰もいないぜ」


 ロメロが自信満々に言った。

 何を基準にそう思ったのだ。仮に誰かがそこにいたとして、返してくれると思ったのだろうか。思ったのだろう。ロメロだから。

 その時、俺たちの背後から物音が聞こえた。振り向くとそこにはひとりの女性が座って、俺たちを見ている。

 音の主だろうか。それならばいつの間に俺たちの後ろに回ったのだ。只者ではない。もしこの女性が山賊とかそういった類の、いわば俺たちと敵対するものだった場合、勝ち目はないだろう。

 女性が口を開いた。


 「よし、分かった。もちろん文句は無い」


 そう言ったかと思うと、ロメロの顔面にグーパンチをねじ込んだ。いきなりの攻撃に反応できなかったロメロは後ろにふっとんだ。


 「お、おい!あんたいきなり何するんだ!」


 隣ではロメロが「Yoyo」と痛がっている。


 「いやいや、あんたらが臨戦態勢取っていたから、そりゃ私もお相手するしかないっしょ」


 「だから、それがどういうことかって聞いてるんだよ」


 女性は不思議そうに俺の顔を見た。


 「語り合いたいんじゃないの?」


 「語り合いっていうか、まあちょっと話をした方がいい気もするが、だったら何でいきなり殴るんだ」


 女性は拳を掲げて見せた。


 「語り合うのに必要なものっていったらまず拳よね!拳と拳で語り合う。それが対話ってもんでしょ?」


 絶対違う。


 そんなのは漫画だけだ。無口な格闘家であるヨシカツも、まずは口で語り合う。

 これは俺の持論だが、拳と拳で語り合って分かり合える、なんてことはない。拳から熱い気持ちが伝わってきた。それは殴られて熱を持っているだけだ。倒れるまでなぐり合ったら違う景色が見えた。それは三途の川の畔だ。渡ってはいけない。


 「まずは、まずは口で話し合おう!」


 俺は慌てて言った。初対面の人間を挨拶もなしに殴り飛ばして「拳で語り合おう」という人間がまともであるはずがない。武器は持っていないだろうが、それにしたって俺たちだってまともな装備を持っているわけではない。俺の武器は道すがら拾った「いい感じの棒」だし、ロメロに至っては「疑似マイク」。実質素手だ。


 「訳が分からない。口で語り合って何が分かるっての。まずは拳。そして拳。次も拳。見な!」


 そう言って空中に向かって素早くパンチを繰り出した。「ボッ」という、空気を殴りつける音が聞こえた。


 「どう?私の拳が、雄弁に語り合いたがっているのが分かった?」


 「ちょ、ちょっと待て。あんたの身の回りにもまずは口で語ろうという人はいっぱいいるだろう?」


 「いるね。口でどうやって語るのかは知らんが」


 拳で語り合う方が難しいだろう。


 「でも、あんたらは拳で語るタイプの人間でしょ?」


 「なんでそう思う?」


 「そこの男、拳を作って喋りたそうにしていたじゃない」


 あ・・・・・・。


 疑似マイクのことか。確かにロメロはこの握りこぶしで語ろうとはしていた。だが、これはあくまでマイクに見立てたものであって、拳で語る為のものではない。ロメロなら「魂で語る為だYo!」とか言いそうだが、実際はストーリーのないラップを披露するだけだ。

 俺が説明すると、その女性は心底ガッカリしたような表情を浮かべる。


 「分かったよ。拳で語り合いたい訳じゃないわけだ」


 「そういうことだ」


 「こうしよう。あんたらは口で、私は拳で語る。これなら平等じゃない?」


 それは俺たちが口を開く度に殴られるということではないだろうか。それを対話と呼ぶほど浮世離れしていない自信がある俺は、嫌だと言った。彼女は腑に落ちないといった表情を浮かべたが、やがて口を開いた。


 「分かった。でもそれとは別に四、五発殴らせてくれない?」


 ゴブリン風に言うと、分かりみが浅い。意味不明を通り越して無意味だ。とりあえず、意味があろうとなかろうと、俺は殴られたくない。ロメロを見る限り、この女性のパンチは相当痛い。

 そう言うと、女性はすねた表情を浮かべると言った。


 「私はアケミ。すぐそこのカトウトシ村に住んでるんだ。あんたは?」 


 「俺はタロー。こっちはロメロ。本人はロメロ・Zと呼んでほしいみたいだけど、俺はロメロと呼んでる。ちょうどカトウトシ村に行こうと・・・・・・」


 「OK。タローとロメロね。ということで」


 アケミは顔の前で拳をちらつかせたかと思うと、俺の顔に凄まじい衝撃が走り、目の前が白くなった。

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