レベル9 傷心は旅立ちの合図 ~パリピと殿とラッパーと~
レベル9
数日しかいなかったからか、まとめるほどの荷物もないようで、のぶり800はすぐに出てきた。
「あれ、ロメロはまだ来てないの?」
ノブコちゃんが洞窟を振り返って言った。
「うん。なんか、バトルしてる」
「ああ、MCバトルね」
「何だそれ」
「ラップでバトルするんだよ。私らは漫才だしラップのことはよく分かんないけどさ、ステージ上がって即興でラップして、その場で観客が勝敗を決めるってシステムは面白いと思うよ」
そこまで言った時、洞窟の中からあいつが出てきた。
「勝てたのか?」
俺が聞くと、奴は両手を広げて首を傾けた。その表情からは何も読み取れない。
「たぶん、引き分けね」
リリアちゃんが化粧を直しながら言った。
「客はゴブリンでしょ?あいつら『草!』しか言えないし、そもそもMCバトルの客なんて初めてだから、何をすればいいのかなんて分からないっしょ」
「そうなんだYo。俺とボスは熱いバトルを繰り広げたんだ。Dis is Da Battle!ってヤツ。でもゴブリンたち、シーンって、アレ?お前らふたりここで何しちゃってんの?」
どうやらリリアちゃんとノブコちゃん、今となってはのぶり800だが、このふたりを探しに来たことはすっかり忘れていたらしい。
「ってか、ロメロは私ら連れ戻しにきたんじゃないの?」
ノブコちゃんが冷やかに言う。
「は?俺はボスとバトルに、いや、そうだっけ?どうだっけ、Bro」
思い出せないらしい。俺は努めて冷やかに言った。
「ふたりを助けに来たんだ」
「じゃあ助けに行こうぜ」
「もうここにいる」
「何でいちゃってるんだ?」
のぶり800の方を振り返ると、「おい、お前ら中に戻れ」と言った。
「いいか、Sis。俺とタローA.K.A勇者はお前らを助けに来たんだ。なのにお前らは勝手に助かっちまってる。Why?」
奴は左手を大きく振りながら、意味不明なことを訴えている。たぶん何を言っても無駄だと判断したのぶり800は、俺の方を振り返った。
「じゃ、私らこれで行くわ」
「Yo,Yo。どこ行くんだよお」
「都会だよ。あんな田舎にいらんないもん。あんたこそ、またあの田舎で冴えない暮らしをするの?」
「Yo・・・」
今の「Yo!」は肯定しかのか否定したのかどっちだ。
「私とノブコは村に帰らずに都会に出るよ。あんたも田舎暮らしに不満があるなら出た方がいいかもよ?」
「Yo・・・・」
「人生は一回きりしかないんだからさ、このオニイサンみたいに、自分探しだっけ?行けるうちに行った方が死ぬとき後悔しないんじゃない?」
自分探しではなく魔王探しだし、俺はどちらかというとあの村の暮らしが気に入っていたから出たくはなかったのだが、それでものぶり800の言うことはなんだか胸に沁みた。まだ旅に出てばかりだが、村にいれば一生経験出来ないようなことを経験しているのも確かだし、こんな珍妙でチンチクリンな男に出会うこともなかっただろう。出会ったからといって良かったとも思えないが。
「そうだな。俺も・・・タローA.K.A勇者と一緒にラップを広めてまわるぜ!」
何言ってるんだお前は。
「でも嫌そうな顔してるよ?」
リリアちゃんが身もふたもないことを言った。が、俺の言葉を漏らさずに端的に伝えてくれたのも確かだ。
「なんでだYo!俺のラップがまだ響いてないのかYo!」
「あのさあ」
ノブコちゃんが首筋をポリポリ掻きながら言った。
「ロメロのラップはさ、響かないんだよね。誰にも」
「!!」
大きくのけぞり、漫画でしか見たことがないようなショック描写を見せた。
「ワ、ワワワ、ワワ、What do you mean??」
「ロメロのラップはさ、韻を踏むことに必死になり過ぎてストーリーが無いんだよね。ラップは韻踏み遊びじゃないじゃん?」
「!」
「私らもラップのことはよく分かんないけど、韻を踏むより大切なのはストーリーだったりライムだったりさ、何を伝えるかなんじゃないの?韻は強力な武器なんだけど、あくまで武器のひとつなんだよ。そこが足りないよね」
「!!」
気のせいではないと思うが、奴が小さくなっている。にしてもノブコちゃん、言い過ぎじゃないか?
「私らの漫才もまだまだ全然だけどさ、身の丈は分かってるつもりなんだよね。でもあんたは違うじゃん。自己満足全開なんだYo!!」
「!!!」
座り込む奴の周りを、のぶり800は「Yo、Yo」言いながら回り始めた。時折頭をつつくが、何の反応もない。奴〈なんだかかわいそうなので以下・ロメロ〉は、打ちひしがれたように空を見上げたかと思うと、涙を流した。
「Yoyoyoyoyo・・・」
泣いているらしい。一昔前の泣き声を上げながらも、どこかラッパー的なその泣き方は、ある意味尊敬に値する。
「ということだから、私ら行くね」
「Yo・・・」
「とりあえずあんたには村人たちに状況を伝える任務を与えるから。な?そう落ち込むな」
「Yo・・・」
「はい、解散!」
「Yo・・・」
俺とロメロはのぶり800と別れ、一度村に戻った。ふたりが戻らないと知ったら、村の者どもはどう思うだろう。俺は帰り道、のぶり800の助言通りにビールを購入し、ふたりが戻らないことを打ち明けた瞬間レッツ・パーリーする作戦で行くことにした。最悪、俺も「ふたりはもう戻らないんだ。分かってくれるだろう?はい。いいえ」で乗り切ってやろう。
念のため、夜まで待ってから村に入ることにした。ひょっとしたらビールを渡す前からレッツ・パーリーしているかもしれないからだ。
あたりが暗くなると、俺は落ち込んで固く小さくなったロメロを引きずり、村に入った。俺の期待はむなしく、レッツ・パーリーしている様子はない。俺は村の入り口にビールの樽を置き、しばらく様子を見てみる。すると、村人のばあさんがまんまとビールを発見し、指を高く掲げてクネクネ動き出すとパーリーが始まった。
打ちひしがれながらも左手を上下させながらパーリーに入り込もうとするロメロを捕まえ、自分の横に引き寄せた。
「おいおい、もうちょっと待て!確かに結構な時間だが、パリピにとってはまだ昼間みたいなもんだ。もうちょっと出来上がるまで待つんだ」
「Yo・・・」
クネクネおばさんたちの髪はまだ茶色、もしくは白色だ。完全体になると金髪ビキニになる。俺は村人たち全員が金髪ビキニなると、ロメロを連れて広場の真ん中に出て行った。
「みんなにちょっと話があるんだ」
「Woooooooooooooo!!」
「リリアちゃんとノブコちゃんなんだが・・・」
「ビール足りないってえ?」
「いや、違うんだ。色々あって戻れないんだ」
「はい、おふたり酔いちゅぶれちゃいまひたー!」
「Wooooooooooooo!!!」
ダメだこいつらは。
俺はロメロを引きずってマリンさんの屋敷に行った。誤魔化す為にビールを投入してこの状況を作ってしまったのは俺だが、今はマリンさん以外に話ができそうな人がいない。マリンさんの言うことを信用するなら、飲む側ではなく飲ませる側だからだ。
マリンさんは二階にいた。酔ってはいるが金髪ではないことから、まだパリピ化してはいないようだった。いや、訂正する。パリピにはなっていないが、別のものになっていた。
「お主、許可なく部屋に入るとは、拙者がマリンと知っての狼藉か!」
十二単にちょんまげという、時代考証だけは合っているが人としては間違い散らかしたマリンさんを見て、俺はさっさと切り上げることにした。
別に礼金が払われる訳でもない。落ち込んで歩けないロメロを引きずってきたついでにのぶり800が夢と希望に向かって歩み出したことを伝えに来ただけだ。正直、省略しようと思えば躊躇なくできるのだ。
「リリアちゃんとノブコちゃんのことなんだが、彼女らは都会の暮らしに憧れていたんだ」
「ほう」
「で、ゴブリンたちがやってきた混乱に乗じて村を出たらしい。ふたりにも会ったけど、元気どころかゴブリンたちの洞窟を乗っ取った上に漫才コンビを結成してたぜ」
「それはつまり、御家人株を買い、揚句脱藩したということであろう」
「まあ何でもいいけど、俺もまだ若者だし、夢を持って都会に出た彼女らの味方だからな」
「それで・・・?」
「で、ふたりを見送って、ロメロを届けて、俺は旅を続ける。それだけさ。あ、宿泊料金は払っているから、今日は泊まって明日の朝出発するよ」
「つまり、ヌシは逆賊に転んだという、そういうことなのであろう」
面倒くさい。素面の時も十分面倒臭いばあさんだったが、酔って領主と化したマリンさんは、それこそ切腹を申し渡したいくらい面倒くさい。
「ああ・・・。うん、転んだね。転んだ。拙者も悪よのおって感じに、見事にスっ転んだ。だからあんたはただ俺を追放してくれれば、明日の朝出ていく。少女ふたりは夢を追って生きていく。この村では引き続きパーリー三昧の日々が始まる。それで全部解決。OK?」
「この者をひっ捕らえよ!」
マリンさんは俺を指差して叫んだ。が、当たり前だが俺をひっ捕らえる者はいない。ここに人がいないというのもあるが、今この村にいるのは酔って領主と化したマリンさんと何の役にも立たないどころかお荷物と化したロメロ、あとはビールを飲みながらクネクネダンスさえ踊っていれば他のことはどうでもいいパリピたちだ。パーリーを抜け出してまで俺をどうにかしようなどというものはこの村にいない。
「なあ、マリンさん」
「殿とお呼び!」
「なあ、殿。酔ってるあんたにどれだけ届くか分からんが、ちょっと聞いてくれ」
マリンさんは不満気だ。
「申してみよ・・・」
「あんたはこの村でのんびり暮らして楽しいだろうさ。じいいさんばあさんも幸せそうだしさ」
「うむ」
「その辺に関しちゃ俺は文句は言わない。言う筋合いもないし、言いたいとも思わない。でもさ、リリアちゃんやノブコちゃんみたいな若いコからすれば、もっと大きな街で夢を追って生きていきたいんだ。殿だってキャバ嬢として名を馳せたんなら都会に暮らしていたんだろうし、都会に憧れる若者の気持ちも分かるだろう?」
黙りこくって俺を睨むマリンさんの横にはいじけたロメロが小さくなって体を揺らしている。
「ロメロだってこんなんだけど、これってひょっとしたら都会に行きたいけど言い出せないことの表れなんじゃないか」
マリンさんはため息をつくと、小さく「去ね」とだけ言った。
リリアちゃんとノブコちゃん、改めのぶり800が都会に旅立ち、村に戻ってこないことはすぐに知れ渡ることとなったが、浚われたのではなくポジティヴな理由でいなくなったことを知ると、門出を祝う為にビールの樽が開けられ、レッツ・パーリーとなった。
適当にあしらい、時には乾杯しながら村の出口へ向かうと、大きな荷物を持ったロメロが目に入り、俺は大きなため息をついた。
「Yo、bro」
俺は目いっぱい「何も感づいていないよ」という雰囲気を醸し出そうとしたが、そういえばこの男はそんなことはお構いなしの男だ。おそらく意味は無い。だが、反抗しないではいられなかった。
目の前までやってきたロメロは言った。
「Yo、bro」
そう言ってグータッチを要求した。俺は無視していたが、その体勢のまま固まったロメロを前に観念し、グータッチを返した。
「俺たちは確かに血は繋がっていない。でも、間違いなく兄弟、ブラザーだ?そうだろ?」
「どういう意味だ」
「昨日のアドベンチャーさ。俺たちはビートとライムを武器に死線を潜り抜けた。だがしかしbut、俺たちのフロウはのぶり800のふたりには届かなかった。確かにショックだったよな。分かるぜ」
もう一度グータッチを要求してきたので、仕方なく返した。
「昨日は腹が立って眠れなかった。でもよ、腹が立った時、それを払拭するには最高のラップをぶちかますしかねえって、気づいた。のぶりは悪くねえ。気付ける男、俺の名前はロメロ・Z」
たぶん最後まで聞くしかない。俺は先を即した。
「で、俺はばあちゃん、big mother、god motherに相談したんだ」
ビッグマザーもゴッドマザーもばあちゃんではなく、グランドマザーこそがばあちゃんだと思ったが、今はとにかく刺激せずに聞くことだ。刺激すると長くなりそうだからだ。
「言ったね。旅立てって。俺たちのライムを世界に届けろって、そういうことだと俺は思うんだ。You too」
そう言って俺の胸をつついた。当たり前だが「You too」ではない。そしてこれも当たり前だが、俺のそんな心情を気にするロメロではない。
「だからLook at dis、bro」
そう言って手に持った鞄を俺の目の前に突き出した。
「《これは始まりの合図、俺ら飛び立つタイム、トレジャー目指してここからフライト。広い大空、その先に大海、いくぜ俺らGo for さあ、fly high!俺が紡ぐライムとお前が繋ぐビート、世界に届くぜきっと。NO、きっとじゃなくて絶対、フィットする心に乾杯、俺らが目指す絶対領域それがヒップホップ!》」
手短に言うと、「一緒に行く」ということだ。
嫌だ。
「これはばあちゃんからのミッションだ。俺がテッペンを獲る為の試練だ」
追い出されたんだろう。俺と同じく。
そう、俺と同じく。
確かにロメロは追い出されたことに気づいていない。それどころか高尚なミッションを得て活力を得ている。俺は露骨に邪魔者認定され、無理やり追い出された。
ふたりの違いはなんだろう。簡単だ。役立たずと認定され村を追いだされた状況の中、ロメロはポジティヴに前を向き、俺は前かがみで後ろ向きだ。
魔王を倒したいかというと、そんなことはない。もし俺が出会ったモンスターたち、すなわち蒼のお方とゴブリンが邪悪な存在だったら「マオウ、キライ」くらい思うかもしれないが、蒼のお方は(訳が分からなかったとはいえ)冒険の助言をくれたし、ゴブリンは筋金入りの草食系、ボスはMCバトルで闘うという平和っぷりだ。今のところ、俺には魔王を退治する動機がない。魔王だから退治するというのはあまりにも横暴ではないだろうか。「よく分からないけど退治しました。めでたしめでたし」が許されるのは桃太郎以外にない。そもそも、魔王などおらず、ただ俺が厄介払いされただけの可能性も残されている。
俺にとってこの旅は何なのだろう。俺はもう一度ロメロを見た。ロメロは空や地面を指差し、体を揺らしながら時折「Hey,Ho~」と言っている。
魔王退治とかもう知らない。
俺はロメロに向かって、もう一度拳を突き出した。ロメロはそんな俺を見ると、嬉しそうにグータッチをした。
「ブラザー。今俺たちは同じ目標に向かって進むファミリーになった。ほら、あれを見ろ」
そう言って俺の肩に腕を回した。彼が指さした先には、何もない。しかし、もちろんロメロはそんなことはお構いなしだ。
「あそこにあるのが見えるか?」
「いや?」
「そう。まだ見えない。でもこの先に確実にある。それが、そう俺たちのドリーム。MCバトル優勝だぜ!」
同意も納得も出来ないが、確かに俺たちはこれから道を共にする仲間ということになる。俺はこの村で何の手がかりも得られなかったが、仲間を得たのだ。喜ぶべき人物かどうかは疑問だが、俺は大きな一歩を踏み出した気がした。勘違いかもしれないが。
つづく
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