レベル8 若者よ、大志を抱け ~弟子入り制度もうないっすよ~
レベル8
人生の岐路とは突然やってくる。
俺は突然勇者に仕立て上げられ、村を追いだされた。その瞬間までそんなことが起こるなんて予想にしていなかった。諸行無常は世の常とはいえ、いくらなんでも酷過ぎる。
一方、突然降ってわいた事態をチャンスと捉え、飛び乗る人間もいる。俺のように流れに身を任せて生きてきた人間にとって、その決断力と行動力は称賛に値する。しかし、それが巡り巡って思わぬ事態を巻き起こし、人に迷惑をかけることもある。
リリアちゃんとノブコちゃんは過疎化した山奥の村で「はい」と「いいえ」に囲まれて育ってきた。若者もいるにはいるが、いずれも「はい」と「いいえ」の候補生みたいなヤツばかり。それ以外となると、村の長老であり愛の伝道師を自称する得体の知れないババア、マリンと、更にトチ狂った孫でYo,Yo言っているだけのアンポンタン、ロメ(以下・奴)だけである。心中お察しする。
満たされないどころか枯渇しきった日常を送っていたある日、ゴブリンたちが攻め入って来た。今見ると何を思ってゴブリンたちが村を襲ったのかは分からないが、とにかくやってきた大群を見て、ふたりは思った。
いなくなるなら今だ。
混乱に乗じて村を脱出したはいいが行くあてなどないふたり。二時間ほどさまよったところで見つけた洞窟に入ると、そこにはさきほど村を襲ったゴブリンたちがいる。ふたりはそいつらを蹴散らし従わせ、統領となり今にいたるという訳だ。
「でも私たち、別にこんなところで暮らしたいわけじゃないんだけどね」
とリリアちゃん。
「まあ、楽は楽なんだけどね。全部やってくれるし。でもなんか違うっていうか、私たちってホラ、夢あるじゃん?」
とノブコちゃん。
「そういう訳で私たち・・・」
リリアちゃんがそこまで言うと、ふたりは声を揃えて言った。
「どうも~。のぶり800で~す。よろしくお願いしまーす」
と言った。どうやらこれはウンケイの言う漫才で、ふたりはコンビというものらしい。
「で、えーと、タローさん?せっかく来てもらっても悪いんやけど、うちら弟子とってへんねん。今は養成学校もあるし、そっちに入学した方がええで」
「いや、そういう訳じゃないんだ。探しに来たといえばそうなんだけど、別に弟子入りしたい訳じゃないんだ」
「え?そうなの?じゃ、なんで私たちのこと探してんの?」
弟子入りだけはないだろうとは思ったが、まあいい。俺はこれまでの経緯を話した。パーリーの話や奴の話など、不必要と思われる話を省いたら三十秒で説明は済んだ。
「という訳で、君たちを連れ戻しにきたんだけど、嫌だよね?」
「嫌だね」
「じゃあいいや」
決まった。俺は若者の未来を打ち砕く、副村長のような人間にはなりたくない。のぶり800のふたりが漫才師とやらを夢見て都会にいくというのであれば、それを応援するのが俺の生き方なのだ。
「でもさ、村にはなんて説明するの?」
「いなかった、でいいんじゃないのか?」
「それはダメっしょ。あのジジババたちのことだからね、もう一度探してきてくれるのかい?はい。いいえ。に決まってんじゃん」
確かに。リリアちゃんも鋭いことを言う。
「じゃあさ、これでいけば?」
ノブコちゃんが名案を思い付いたようだ。
「ゴブリンの洞窟に入ったら、ふたりは死んでいました」
ダメだろ。
しかし、それが通じるのがキモチムラ村だという。
「いや、通じる訳ないだろ。村の若い娘がふたり殺されてるんだぞ?はいそうですかで済ます人間がどこにいる?」
「オニイサン、B級映画観たことないの?」
「なんだそれは?」
「知らないんならいいんだけど、とにかくさ、あの村のジジババってなんだかんだでパリピじゃん?」
確かに。昨晩、気づけば金髪ビキニになっていたババたちがビール片手にナイトプール(に見立てた井戸)でクネクネ踊っていた。
「パリピってさ、B級映画じゃすぐ死ぬんだよね。で、死んだら仲間も気にしない。仲間の死よりビールが大事ってのがパリピって生き物なのよ。だから私らふたりが死んだってことにしても、ビールさえあげときゃレッツ・パーリー!ってなもんよ」
なんだか面倒になって俺はそれで行くことにした。
「とりあえず、あたしらは都会に行って漫才師として活躍するって壮大な夢があるんだわ。オニイサンも魔王だか嬢王だかを垂らしこんでヒモになるっていう微妙な夢があるんだろ?」
言ったか?そんなこと。
「だからお互いここは不干渉でいこうじゃないの」
俺はそれでも一向に構わない。確かに「死んでました」は言いづらいが、よく考えたらそんな役目は奴に押し付けてさっさと旅を続ければいいのだ。そういうものなのだ。
「そういえばロメロは?」
ノブコちゃんが言った。そういえば奴がいない。あれだけうるさい男を忘れていたことを少し恥じながら、ステージ袖まで戻ると、ステージ上に立っている奴が見えた。奴は例の如くリズムに乗せて体をゆすっている。今までと違うのは、奴の前にゴブリンが立っており、同じようにカラダをゆすっているということだ。他のゴブリンとなんだか雰囲気が違う。
「お、ボスじゃん」
リリアちゃんが言った。
「ゴブリンたちのボス。ここのナンバースリーね。他のゴブリンたちよりは話しやすいよ」
他のゴブリンたちは「草」しか言わない草食動物だったので、話しやすい話しにくいといったレベルではなかった気もするが、ここから見る限りボスも話しにくそうだ。なぜ俺がそう思ったか。奴と対峙しているボスを見て、全く違う雰囲気の正体が分かったからだ。どこか、奴と同じ空気をまとっているのだ。
ボスと奴はなにやらボソボソいったかと思うと、突然音楽が鳴りはじめ、ボスがリズムにのって喋り出した。
「《さあ、はじめようか俺たちのバトル、ビートに乗って言葉紡ぐ迫力。誰にもマネできない、させない正真正銘最強のラップ。俺が聞かせるのはフロウ、でもお前がやってることは無謀。俺に挑む?どうやって勝てる?ここは俺のホーム。扉はあちら、さっさとゲラウェイ!》」
どうもボスはリズム感が悪いようだ。彼らがやっていることはよく分からないが、一緒にリズムを取ろうとすると、なんだか肩透かしを食らったようになってしまう。
今度は奴がしゃべりだした。
「《ここがホーム?NO、ここはただの洞窟。早く済ませなよリフォーム。Yeah!聞かせてやるよ本物のラップ、だからいいかお前はShut up!お前が使うのはその耳だけ、俺がぶち込むHeartはありったけ。アレンジしない心でチャレンジしてまるでレンジのように温めるステージ。そう、俺がめくるのは歴史のページ!》」
どうやら交互に喋るシステムらしい。そうか。これが奴の言っていた「バトル」なのだ。どうやって勝敗を決めるのかは知らないが。さっきまで「草草」言っていたゴブリンたちも縦ノリだ。
ボスの番になったが、俺としてはどっちが勝とうと一向に構わないので、その場を離れた。のぶり800は洞窟から出る準備の為に一旦自室に戻るらしい。俺はひとり洞窟の入り口まで戻った。
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