レベル7 ゴブリンは草食系 ~意外性は人生のスパイスだ~

 レベル7


 しばらく洞窟の中を進むと、ふいに広い場所に出た。今まで通ってきた道とは違いなんだか人工的で、ひょっとしたらそろそろゴブリンが出てくるのかもしれない。俺は体よく落ちていた木の棒を拾って握りしめた。ロメロ(以下・ロメ)も何か不穏な空気を感じ取ったらしく、左手を掲げて上下に降り出した。この期に及んでもパンチラインとやらで闘うつもりなのだろうか。

 それにしても棒切れ一本は心もとない。事前情報によるとゴブリンは蹴ったらやっつけられる程度のものらしいが、それでも初めてのモンスターだ。不安はある。帰ったら巷で話題の「装備」とやらを手に入れる作戦を練らなければ。

 聞いた話だと、モンスターを倒せばお金が手に入る。そのお金で装備を買い集めるらしい。

 もしモンスターが害虫、もしくは害獣なのだとしたら、駆除を名目に労働の対価として金銭を得ることはできよう。今回の場合、村を襲ったゴブリンをやっつけるのだから、それはつまり大量発生した害虫の巣を駆除するのと同義のはずなので、言ってみれば蜂の巣駆除のようなものだ。その結果として、村人から報酬を得られるのなら問題ない。

 しかし、聞いた話では「7ゴールド手に入れた!」的にその場で手に入るらしい。つまり、モンスターを襲って昏倒させ、懐から幾ばくかのお金を抜き取った上での「7ゴールド手に入れた!」なのだ。これを「即金」と呼ぶ為に越えなければならないハードルは多いと思われる。


 「手に入れた!」じゃないだろう。強盗じゃないのか?


 俺が今まで見たモンスターはまだ例の「蒼のお方」だけである。もし彼だけが特別に友好的なモンスターなのだとしたらいいのだが、モンスターは総体的にあんな感じなのだとしたら、殴りにくくて仕方ないし、間違いなく強盗であろう。

 俺は彼の言っていた「僕、悪い〇〇〇〇ピー音じゃないよ!」という文言に賭けることにした。つまり「悪い〇〇〇〇ピー音」もたくさんいるし、そいつらならやっつけていい可能性もある。そうだ、そうに違いない。あとは勢いで哲学的な長文をぶちかませば案外誤魔化せるかもしれない。そうだ、そうしよう。

 そんなことを考えていると、視線の先で小さな影が揺れているのが見えた。


 ゴブリンか!?


 俺とロメは咄嗟に身構えた。ロメのそれが身構えていることになっているのかどうかは知らないが、とにかく俺は身構えた。

 その瞬間、その影が正体を現した。その姿を見て、俺は驚いた。


 ジュクジュクの母!


 いや、違う。よく似ているが、ジュクジュクの母ではない。あれがゴブリンなのだ。でもパッと見ジュクジュクの母の色違いだ。緑色だが、土色のジュクジュクの母よりはなんだか健康的だ。

 俺はなんだかやれそうな気がしてきた。あれなら蹴っ飛ばしても罪悪感なんか湧かない。いや、個人的にはむしろ蹴飛ばしたい。

 俺はロメの袖をちょいちょいと引っ張った。ロメはこちらを見て親指を立てた。何も分かっちゃいない気がするので、俺は人差し指を口元に当て、「静かに」のポーズをとった。ロメも俺に倣い、人差し指を自分の口元に当てた。よかった伝わったと思ったが、ロメは口元に当てていた人差し指を俺に向け、「バーン」と言った。やっぱり何も伝わってなかった。

 慌てて俺がゴブリンの方を見ると、どうやら「バーン」が聞こえたようで、こちらを見た。


 まずい。戦闘開始か?


 しかし、ゴブリンがこちらに来る様子はない。ゴブリンはなんだかいぶかしげな様子で口を開いた。


 「恐怖しかなくて草」


 は?


 「ダンジョンをひとりで歩いていたら物音が聞こえて恐怖しかない件」


 意味が分からない。いや、これがゴブリン語なのかもしれない。そもそも種族が違うのだから言語が違っていて当然だ。たまたま人語と似通った響きの単語が飛び出しただけで、本当は「てめえ出てこいや」的なことを言っているのかもしれない。いやいや、マリンさんの回想シーンによると、ゴブリンたちは普通に人語が話せていた。つまり今のは我々と同じ言語のはず。が、意味が分からない。待て待て、人語が話せるからといって普段から人語を話しているとは限らない。バイリンガルなのかもしれない。

 ゴブリンは「怖みが深くてマジ草」と言いながら去って行った。

 思い出した。ゴブリンはひとり(一匹?)でいる時はとても臆病で、すぐに群れたがると言っていた。

 仲間を集めるつもりだ。マリンさんが言うにはゴブリンは群れると急に強気になってチャラくなるという。あの老人たちでも蹴って撃退できたくらいだからそれほど怖くはないが、ウザい。


 「おい、まずいぞ。ゴブリンがいっぱい来るかもしれない」


 ロメに言うと、珍しく「そうだな」とまともな答えが返ってきた。が、例の縦ノリで体を揺らしたままだから、俺が言った意味で伝わっているかどうかは怪しい。

 なんにしても、前に進むしかない。俺は特に意味もないがコソコソする時の礼儀として、前かがみで進んだ。


 「Yo、bro。扉があるぜ」


 ロメが横を指差した。確かにそこには扉があり、扉の上には赤いランプが光っている。ここが巣の中枢かもしれない。ということは、この中にリリアちゃんとノブコちゃんが囚われているのだろうか。俺の予想ではリリアちゃんとノブコちゃんは悠々自適に快適洞窟ライフを満喫しているが、一応村人であるロメロの手前、助けに行くフリくらいはしなくてはいけない。


 「よし、俺が中を・・・」


 しかし、ロメは勢いよく扉を開けた。大きな音が鳴り響く。


 「おい!何やってんだよ!」


 ロメが両手を高く掲げた。


 「《開かれた扉があればくぐる。皆が待つのは熱いバトル。マイク片手に紡ぎだす、ライムぶつけて動きだす、怪物たちよ聞き逃す、ことなく俺にハイ注目!》」


 注目させるでないわ、このたわけ!

 しかし、時は既に遅し。部屋の中にいた大勢のゴブリンたちはじっとこちらを見ていた。


 「っつーか、ひとりで叫んでて草」


 ゴブリンのひとりが言うと「草!草!」の大合唱が始まった。どうやらゴブリンたちは草が大好きな草食動物のようだ。俺は少し安心した。

 ロメはいつものように何も気にすることなく中へ進んでいく。蹴飛ばしたらいいとはいえこの量だ。多少の不安もあるが、どうやらゴブリンたちは強気になっただけでロメロに向かっていく様子はない。

 気持ちは強気なゴブリンたちだが、どうも体は弱気なようで、ロメが近づくとさっと避けるように道を開ける。俺はロメロのあとについてゴブリンの群れの中に入って行った。俺やロメが動くたびにすぐ傍にいるゴブリンが急いで離れる。


 まさか。


 こいつら、相手が老人だからなんとか攻撃できたが、相手が若いと何もできないのか。

 老人=弱者と決めつけていたから襲ったのかもしれないが、一筋縄ではいかないパリピ老人と彼らを率いる愛の伝道師マリン。さぞかし面喰ったことだろう。

 そこに乗り込んできた若者ふたり。ただでさえビックリしているところにロメだ。もはや恐怖でしかないだろう。

 ロメは悠々と歩くと一番奥まで行き、なぜかあるステージを見上げた。おそらく、このステージがあるからノリノリで入って行ったのだろうが、もう少し作戦というものを考えてもらいたいものだ。

 ゴブリンたちも黙ってはいない。十分に距離を取れている者は大声で喚きたてる。


 「オーイ、やってみろよオーイ。なんだ?ビビッて何もできねーか?ザーコ、ザーコ」


 声がする方を向くと、大声で喚きたてているゴブリンだが、手で顔を隠している。どうやら顔を認識されるのは嫌なようだ。でも安心しろ。お前らゴブリンは俺たちからすれば見分けなどつかない。


 「はい、何も言いかえせない。論破―」

 「っつーかひとりだけノリノリとかマジ草」

 「笑いしかない」


 村にいてもアウェイなロメはここでも動じない。この心臓の強さだけは見習った方がいいかもしれない。ステージの前まで来ると、一気に登ろうと手をかけた。その時。

 ジャジャーン!と大きな音が鳴り響き、音楽が始まった。


 「Yeah!!」


 ロメは自分の為に音楽が鳴ったと思ったのか、もう完全にアゲアゲだ。しかし、先ほどからのゴブリンたちの態度を見ても分かる通り、俺たちは歓迎されていない。この音楽がロメの為のものではないことは確かだ。

 しかし、それに気付いて大人しくなれるほどロメはまともではない。自分が呼ばれていると確信しているので、急いでステージに上ろうとしたが、その時ステージ袖から声が聞こえた。


 「はい、どーもー!!」


 ふたりの人間の女の子の登場に、ゴブリンたちは大盛り上がりだ。いつの間にかステージの真ん中にマイクが置かれている。


 「のぶり800です。よろしくおねがいしまーす」


 ステージ中央、マイクの前でふたりが突然喋りはじめた。


 「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん。どうしても頑張れへんことってあると思うねん?」


 「せやなあ、せやけどそんなことより今私、今何になりたいと思う?」


 「いや、あの、私が頑張れへんこと発表する流れやったけど?」


 「コンビ名の名前発表したやないか。一番大事なとこやんかいさ。ほいでね・・・」


 何が始まったのか理解が追いつかない俺は茫然とふたりのやり取りを眺めた。しかしゴブリンたちはこの流れが完全に理解できているらしく、俺とロメロに向かって静かにしろというジェスチャーを送ってきた。


 「せやけど山伏になっても大変やで?」


 「山伏ちゃうわ。誰が山籠って修業したい言うてん。私がなりたいんはナナフシや。枝にぶら下がってる枝みたいなヤツ。気楽やでー」


 「訂正後の方が酷いですけど?!人間ですらなくなってるし!」


 「おばあちゃん言うてた。あんたは大物になる。人間超越できるって・・・」


 「超越した先にあるのは昆虫類?!なんか悪なってない?!おばあちゃん、そういう意味で言うたん?!」


 そういえば村にいた頃、大道芸人をやっているウンケイが「漫才がしたいから相方がほしい」と言っていた。その時は説明を受けてもそれが何か分からなかったが、今見ているものが漫才なのだろうか。


 「せやからツッコミも変えていこう思うねん」


 「どういう風によ」


 「例えばみんな締める時、『やめさせてもらうわ!』って言うやん?せやからうちらはこれからは『はじめさせてもらうわ!』って言うねん」


 「うん、もっかい最初からになっちゃう」


 「終わりは新しいことの始まりやっていう、哲学的な深い意味が込められてるんやないか。別名、仕切り直し」


 「失敗してもうてるやないか!」


 ゴブリンたちは食い入るように見つめている。拍手も笑いも何もない。ウンケイがしたかったのはこれなのだろうか。俺なら耐えられそうにもない。

 いや、それよりも俺が気になっているのは冒頭部分、「頑張っていかなあかんなあ、言うてやらせてもらってますけどねノブコちゃん」の「ノブコちゃん」だ。ひょっとしてこの「のぶり800」がリリアちゃんとノブコちゃんだろうか。そして何だ、「のぶり800」って。

 悠々自適な洞窟ライフどころではない。新しい扉を開けてしまっている。そしてなんだかとてもイキイキしている。


 「なんでやねん!やめさせてもらうわ!」


 「いや、言わんのかい!」


 「じゃあ、仕切り直す?」


 「・・・・・・」


 ふたりは頭を下げて袖に帰って行ってしまった。ゴブリンたちは微動だにしない。ウンケイがどんなにつまらなくても俺たちは拍手くらいはしたことを考えると、なんだか侘しい気もする。

 それはともかく、とりあえずはあのふたりに会って今の状況を説明しなければならない。俺はゴブリンたちをかき分けてステージ袖に急いだ。途中ゴブリンたちが俺に向かって「必死になってて草」だの「ダサみが深い。ってかダサみしかない」などと言うので、意味は分からないがとりあえず睨みつけてやったらコソコソと逃げて行った。

 ステージ裏に辿り着くと、そこには神妙な顔をしたリリアちゃんとノブコちゃんが立っていた。

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