レベル6 スライム(っぽいの)が現れた! ~青色先輩の言うことは聞くもんだ~
洞窟。
山間のド田舎で生まれ育った俺にとって、洞窟は決して珍しいものではなかった。まだ俺が小さかった頃、探検と称して何度か入ったこともある。あの時中から出てきたのはキノコ栽培で有名なゼンジさんだったが、今俺の目の前にある洞窟から出てくる(であろう)ものは、ゴブリンである。キノコ栽培くらいはしているかもしれないが、ゼンジさんのようにキノコをくれたりはしないに違いない。
なぜこんなことになったのか。正々堂々と村を出て一目散に逃げる計画だったではないか。という意見もあるかと思う。いや、ない。とは言わないで頂きたい。なぜなら、これは俺の意見だからだ。
あまり思い出したくないので、手短に言う。朝、俺は計画通り正々堂々と村の出口に立った。どうせ逃げるのだからこのパリピどもをアゲアゲにしてやろうと思った俺は、村を出る際に一席ぶってみた。哲学者はそういうのが得意だ。しかし、こいつらはパリピなのはどうやら夜だけで、最初に会った時のように融通の利かない村人たちに戻っていたやつらは、あいも変わらず「早速行くのかい?」「はい。いいえ」「早速行くのかい?」「はい。いいえ」をひたすら繰り返すモブキャラモード全開になっていた。
まあ、ここまではいい。俺の答えはもちろん「はい」だ。ゴブリン退治に行く気はないが、俺は「俺は勇気があるからゴブリンたちをやっつけてくる」というような内容を、哲学者らしく長々と語ってみせた。
ここで問題が起こる。いや、正確には俺が村の出口に立った時には起こっていたのだが、俺は見て見ぬフリをしていた。深く考えると絶望的な光景でしかないことには気づいていたので、俺の深層心理が無視していたに違いない。
俺の横に、旅支度を整えたロメロ・Z(以下・ロメロ)が立っていたのだ。
ロメロは握りこぶしを自分の口の前に持っていくと、「Oh、Yeah!」と叫んだ。どうやらマイクを持っているつもりらしい。
「《Hey,YO!今から行くのは悪の巣窟、その親玉と俺が対峙。奴らが逝くのはまさに地獄、蹴って叩いて潰して退治。不敵な笑み、浮かべる俺まさに無敵、故に胸に刻め俺の笑み、既に耳に届いたはずだ俺のライム。ナイフのようなこのパンチライン。勘違い、すんな俺の言葉まさにバイブル。バイブス、上げてけこの怪物!》」
二日酔いでまだ眠ったままのご老人たちには何も響かなかったらしく、見事なまでに微動だにしない。ロメロもこういった状況に慣れているのか一向に気にしないようで、俺の肩に手を回し、「行く?行きたい?行っちゃう?行こうか?行こ~」と言った。
こうして俺は逃げる機会を逃し、珍妙な男に付き添われてゴブリンの洞窟までやってきた。
「なんであんたまで来るんだよ」
洞窟に入る前に、俺はロメロに言った。はっきり言って邪魔だ。俺は魔王の住処か安住の地を求めて旅しているのであって、ゴブリン退治などしている場合ではない。
確かに旅の途中にはいろんなイベントがあるものだが、それはゲームの話なのであって実際行くとなると、もうそこらへんの困っている村やら浚われた町娘やらはどうでもいいから、さっさと先に進みたいのである。
ゲームなんかでよくある「助けてきてくれたら〇〇をやろう」的な展開もなかったから、つまりこれは単なる慈善行為でしかない。助けても「リリアちゃんとノブコちゃんが助かる」以外に何もないのだ。
俺は哲学者である。語弊で溢れる発言ではあるが、古来より著名な哲学者を見てほしい。彼らは「立派なことを言う人」であって、「立派なことをやる人」ではないし、著名な哲学者に師事していても、何か成し遂げた人は「建築家」であったり「科学者」であったりと、「哲学者」として伝えられることはない。つまり「哲学者」にとって行動は伴ってなくともいいのだ。
という訳で、俺はすでに村の出口で大層なことを述べたので哲学者としての役割を終えており、あとは「行動するかどうか」つまり「困っている村人たちを助けるかどうか」という、違った問題になってくるのだ。
ここでもう一つ。この村の老人たちは「リリアちゃんとノブコちゃんを助けてほしい」などと言いながら、昨夜は派手にレッツ・パーリーしていた。断る俺に「俺の酒が飲めないのか」と、アルコール・ハラスメントもしてきた。夜毎金髪ビキニに変身し、ビール片手にレッツ・パーリーする老人どもに、リリアちゃんとノブコちゃんも辟易していたに違いない。だから今、リリアちゃんとノブコちゃんは解放感に浸っているに違いないのだ。
そんなことを考えながら、横でYOYO言っている珍妙な男を邪険にした。
「そんなこと言うなよ、Bro」
ロメロはそう言うと、右手で握りこぶしをつくり口の前に設置、左手を奇妙に上下させるいつもの動きを始めた。
「《俺はラッパー、お前トラベラー、やつらモンスター、そうこの出会いはまさにアブラカダブラー魔法のよう。今から始まる快進撃、与える打撃はもはや喜劇、奇跡生む俺らふたり、見てろよゴブリン!出来てるか覚悟、乗り込む俺はロメロ、そして客演お供はタロー》」
どうやら中までついてくるらしい。というか、俺がお供らしい。
「だから、なんであんたまで来るんだよ」
「昨日の夜、Yo、ばあちゃんに言われたんだ。このバトル、まあ地方予選みたいなもんらしいんだけど、ばっちりアゲて勝って本戦行けって言われちゃってさ。それで俺も来たってわけ。しょうがないじゃん?俺もまあ、そんな気はしてたんだけども、本戦行って天下獲って来いって言われちゃった日には『じゃあいっちょやりますか』ってなっちゃうじゃない?」
俺の予想は当たっていると思う。
こいつ、追い出されたな。
つまり、俺と同じ穴のムジナということだ。俺は勇者選抜試験の際、「村の役に立っていない」という理由で勇者に認定され、ブリ子と名前は知らないがサディスティックなお姉さんにより、有無を言わさず村を追いだされた。きっとロメロも、ゴブリン退治を言い訳に体よく追い出されようとしているのだろう。俺との違いは、本人が追い出されたことに気づいていないかもしれない、という点だ。
ここからは俺の妄想だ。でもたぶん見当違いというほどでもない。
ロメロは普段から特に役にも立たず「Yo,Yo」言っているだけだ。ゴブリンが攻めてきた時も老人たちが蹴っ飛ばしている最中何もしていなかった、もしくは「Yo!Yo!」と言っていただけだ。当たり前だが、ロメロの言う「パンチライン」はパンチではないので、ゴブリンにダメージは与えられない。
ロメロなりに頑張り、ロメロなりにゴブリンを撃退し、ロメロなりの充足感を得た頃、村人たちは思った。
あいつ、いらなくね・・・・・・?
幸いリリアちゃんとノブコちゃんが浚われてしまった。幸運は重なるようで、そこに俺という「勇者」がやってきた。
あいつに、押し付けたらよくね・・・?
その後は前述のとおりだ。俺は無理やりゴブリン退治を承諾させられ、レッツ・パーリーの中に放り込まれ、ロメロを押し付けられて今に至る。
ロメロはそんな俺の気持ちを知ってか知らずかYo、Yo言っている。
まあ、いい。どうせ蹴飛ばしたら倒せる程度のゴブリンだ。群れると強気になるらしいが、強気になっても強くなるわけじゃない。一に一を掛け続けたところで一にしかならない。さっさと蹴飛ばしてこのロメロには退場して頂こう。リリアちゃんとノブコちゃんもついでだから助かればいい。
洞窟の中は思ったより明るい。ジメジメしているかと思いきや、意外と湿気も少ない。いや、むしろ快適ともいえる。奥の方は真っ暗で、どれほどの広さがあるのかは皆目見当もつかないが、どんどん進んでもあまり恐怖は無い。
場合によってはいない方がマシだが、こういう場合はいないよりマシな男ロメロは、警戒心など皆無な足取りでずんずん前に進む。洞窟に入って一時間ほどたったが、まだゴブリンを一匹も見ていないことが、ロメロを気楽にさせている要因かもしれない。
その時。
「Hey、Yo。ワツァップ?!」
ロメロの声が鳴り響き、それに混じって「ピキーッ!」という聞きなれない鳴き声が聞こえる。俺は速足でロメロに追い付いた。ロメロの目の前には、何やらなぞの青いであろう物体があり、それがおそらくふにふに動いている。
なぜそんなに抽象的なのか。それは、その青いであろう物体にモザイクがかかっているからだ。だからこれは予想でしかないが、目の前の青いであろう物体は水玉の形をしており、とても愛らしい姿をしている。その青いであろう物体が、なんと口をきいた。
「ピキーッ!いじめないでっ!僕、悪い〇〇〇〇じゃないよ!」
どこからか鳴り響いたピーという音で名前を聞き取れなかったが、どうやら俺たちに危害を加えるつもりはないようだ。
「なんだこれは」
「あれ?僕のこと、知らないの?」
「す、すみません・・・」
俺は知らず知らずのうちに敬語になった。なぜだか分からないが、目の前のモザイクの向こう側にあるのはエライ大先輩のような気がしたからだ。
「僕は〇〇〇〇だよ。大抵は最初に出会うモンスターさ!」
またどこからかピー音が鳴り響いた。どうやら名前を出してはいけないらしい。
「僕の名前は〇〇(ピー音)りん!いいことを教えてあげる!」
出会ったばかりのモザイクに「いいこと教えてあげる!」なんて言われても聞く耳を持たないのが普通だとは思うが、なんだか聞いておいて損はないような気がした。
「□ボタンを押すとメニューを開くことができるよ!△ボタンを押すと足元を調べることが出来るんだ!〇ボタンは・・・・・・」
意味が分からん。足元くらいボタンを押さなくても調べることが出来るし、そもそもメニューって何だ。
「と、ところで・・・」
俺は気になっていることを(一応)解決しておこうと思った。
「なんでモザイクがかかっているんだ?」
メディアによく登場するモザイクだが、実際にそれが現実世界にあるのは初めて見た。裏から見てみたい衝動に駆られたが、おそらくどこから見てもモザイクがかかっていることだろう。なんとも不思議な光景である。
「あ、これ?気になる?」
〇〇(ピー音)りんが言った。どんな顔をしているのかはモザイクがかかっているから分からないが、声はなんだか弾んでいる。
「権利の関係上仕方がないことなんだ!だってスク〇ニに許可取ってないでしょ?特に僕ら〇〇〇〇(ピー音)はマスコットとしての役割もあるから、慎重にしないとね!」
意味が分からないが、もっと意味が分からないのはロメロがこの言葉を聞いて突然イキり立ったことだ。例の珍妙な縦ノリに加えて「Yo、Yo」という音が漏れている。
「Hey、Ho~!Hey、Ho~!」
俺にもノれと言うが、嫌に決まっている。俺がめいっぱい浮かべる嫌そうな表情も無視して、ロメロは凄い早口で喋りだした。
「《Yo。目の前にいるこのLegend、俺は心底リスペクト。歴史作ってきた青が紡ぐ、僻地まで届くさこのフォルム。モザイクかかってんじゃない、でもみんな分かってんじゃない?モザイク?小細工?でも素材の巨大さは消せない解せない誤魔化せない!Say、Ho~!Hey、Yo~!Say、Ho~!Hey、Yo~!》」
時折マイクに見立てた握りこぶしを俺の方に向ける。一緒「ほ~」と言えとでも言うのか。俺は出来る限りの死んだ目でロメロを見るが、どうもロメロはもう少し続ければ俺が一緒に「ほ~」と言うと思ったらしく、「アゲろ~ぃ!!」と叫んだ。
アゲるな。何をか分からないが、何をアゲたところでろくなことはあるまい。
「っていうか、タローA.K.A勇者はこちらの蒼のお方を御存じない?」
「なんだよ、蒼のお方って」
「だからこちらのお方だよ。冒険といえば蒼のお方、蒼のお方といえば《始まりの合図。ライムが告げるトレジャータイム。目の前にあるのは冒険の書、手の中にあるのは刀剣五本、でも俺が繰り出すのはパンチライン、体じゃなく心に届く言葉のソードを突き刺す冒険モード!》」
よく分からないが、蒼のお方とやらは冒険を始めた者が最初に出会う指針のようなものだということか。
「そうなんだ!まだ冒険を初めたばかりで不安な人に助言を与えているんだよ!優しいでしょ?!」
「確かに・・・。俺も旅に出た頃は何をどうすればいいのか分からなかったし」
「でしょ?!だからとっても役立つ情報を教えてあげてるんだ!□ボタンを押せばメニューを開くことができるよ!△ボタンを押せば・・・」
俺はその場から離れた。
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