レベル12 めんそ~れ、未知の塔 ~伝説の基本は「百聞の一見にしかず」~
レベル12
塔。
元々は仏教用語である。仏陀の骨を祀る為に建てられたものだ。しかし、長い年月の間に塔の定義は「高い建物」になった。辞書にはなんて載っているのかは知らないが、エッフェル塔やバベルの塔、ピサの斜塔なんかも全部高い。
ばあさんが村の近くと言っただけあって、徒歩三十分程度の場所にあった。
「地図の場所だと、ここだよな」
俺の問いに、ロメロは「オフコース!」と叫んだ。
「でもさ」
「なんだよ、Bro」
「これ、二階建てじゃないか?」
「待て!地下があるかもしれん!」
地下があったからといって何なんだ。宝の地図が存在するくらいだから随分と高い塔を想像していたが、よく考えればそんな高い塔があれば俺たちは村に着く前に発見しているはずだし、それにもっと地図は分厚くなるはずだ。紙ペラ一枚で済んでいるんだから、地図というよりメモと言っていいかもしれない。
近くまで行くと、塔の一階部分は店舗になっており、「マネキン専門店」という大きな看板がかかっている。マネキン専門店なのに、小さく「マネキン以外始めました」と書いてある。
ある意味塔より難易度は高い。塔なら多少高くても、中が迷路になっていようとも入って行って登ればいい。が、俺たちの目の前にあるのは店舗だ。ここからだと店番は見えないから、ひょっとしたら無人店舗なのかもしれないが、それでも勝手に入るのはアウトである。インターフォンがあることから中に人がいる可能性が高い。
「あの塔のトレジャーを持って来れば、晴れて禁断の書が手に入るんだぜ、Bro!」
この状況でこの建物を「塔」と呼べるロメロは凄いと思う。だってこれ、マネキン屋だもの。
俺は様子を見ようと静かに近づいたが、近づく俺を見たロメロが元気よく近づき、インターフォンを押しやがった。
「はーい」
若い女性の声がした。門番だろうか、店番だろうか。おそらく中から蹴り開けたのだろう。驚くほど勢いよく扉が開いた。
「おお、確かあんたら」
一度しか会っていないし、その出会いもすぐに終わってしまったが、この顔は忘れようもない。
アケミだ。
ロメロが倒れた。俺は反射的に後ろに飛びのいた。何が起こったのかは見えなかったが、予想はついたからだ。右腕を引く勢いを利用して左手でパンチを繰り出そうとしたアケミは、そんな俺を見て「ほう」と嬉しそうにため息をついた。
「あんた、やるじゃん」
アケミがグータッチを求めてきたので、俺が手を伸ばすと、どうやらそのグータッチはグーパンチだったようで、前回同様顔面に衝撃が走った。
「な、なにをするんだ」
「挨拶」
「何が挨拶だよ。見ろよ、伸びちまってるぞ」
俺が指さす先には大の字になってひっくりかえっているロメロがいる。その様子を見てアケミは「そりゃ私のパンチを喰らったらそんなもんよ」と言いやがった。
「まあいいや。あんたは何でここにいるんだ」
「私?そりゃあ・・・」
アケミは考え込んでいる。考えながらアケミは右手を握りこんだ。この流れは俺を殴る流れだから、俺は後ろに下がった。
「勘がいいじゃないの」
俺は十分に距離を取って「聞きたいことがある」と言った。
「俺は村のばあさんに頼まれてここに来たんだ」
「ほう」
「ばあさんから村の傍にある塔に眠る財宝を取ってきてくれたら、いいもんやるって言われたんだ」
「おいしい話には裏があるぞ」
「だろうね。殴られた。まあそれはともかくとして、ばあさんにはここが塔だと聞いていたんだが」
「どう見ても塔でしょうが」
「どう見ても店舗だろうが。マネキン以外も売ってるマネキン専門店の」
「世の中は多様化を求められてるってことよ」
「とにかく」
ようやく起き上がったロメロとふたりで、俺は状況を説明した。ロメロがいまいち理解できていないようだったので、最初からだ。勇者に選ばれたこと、魔王を倒すために旅に出たこと、そこで漫才コンビ「のぶり800」と出会ったこと、キモチムラ村でカトウトシ村を目指せと言われたこと、そこに向かう途中凶暴な獣に襲われたこと、運び込まれたカトウトシ村で「禁断の書・五月号」を手に入れようとしたところ、その売店の老婆にこの塔に隠された財宝を手に入れてこいと言われたことだ。
「だからくれ」
さんざん殴られたくせに懲りないロメロが図々しく言った。大体この男は学習能力が足りないのだ。アケミと話す場合、物理的に攻撃ができない距離を取るか、それが無理なら何か防御できるものを用意した方がいい。まあ、それでも殴られた俺が言うのもなんだが。俺は新たに鼻血を出して悶えるロメロを眺めながら、そんなことを考えていた。
「とりあえずそういう訳なんだが、本当にここに財宝なんかあるのかね」
「ふう」とアケミが大きなため息をついて空を見上げた。
「分かってないねえ、あんたも」
アケミは俺の目を見据えていった。
「冒険する心。それが財宝でしょうが」
「オフコースだぜ、Sis!」
ロメロが鼻を押さえながら同調した。
「この男は何も分かってないんだ。財宝のこともヒップホップのことも。そんなんでMCバトルを勝ち抜けるかっての!」
「ねえ!」
意気投合するな。大体ロメロ、お前はこの女に会ってから殴られっぱなしのはずだ。なぜ気にせず話せるのだ。
俺は話を戻すことにした。
「で、この塔には財宝なんかないよな」
「だから冒険する心、それが財宝だって」
気持ちいいくらいふたりの声が重なった。テンションが上がったふたりは嬉しそうにハイタッチして、グータッチして、グーパンチして、ロメロが鼻血を出した。
「ま、財宝はともかく、私がそのばあさんと話してやるよ」
「やめとけ。かなりヨボヨボのばあさんだ。死ぬぞ」
「殴りゃしないわよ。あんた、私をどういう目で見てるの?」
被害者の立場から言わせてもらうと、アウトレイジな加害者だ。
「さ、行くよ」
言うが早いかアケミが歩き出した。
「おい、待てよ」
俺の呼びかけにも答えず、スタスタと歩いていく。俺はぶっ倒れているロメロをひっつかみ、急いで後を追った。
「やっぱり財宝なんかないのか?あ、いや、冒険する心以外の財宝はないのか?」
「それ以上なんか必要なの?」
だってそれ、財宝じゃないじゃないか。
「あの塔は何の変哲もない普通の塔。金目のものなんかありゃしないわよ。あの古本屋のばあさんはね、財宝だとかなんだとか、そういうのを若者に吹き込むのが好きなのよ」
「吹き込んでどうするんだよ」
「どうもしないわよ」
「じゃあ意味ないんじゃないのか」
「バカね。吹き込むのが好きなんだから、吹き込んだ時点で目的は達成されているわけ。だからその後のことなんか、ないのよ。とっても哲学的でしょ?」
哲学を誤解しているようだが、意味ありげで意味がないのが哲学だと言われた時、正直それに反論できないのも哲学なのだ。俺自身、「哲学をやっていてよかった!」と思える瞬間に立ち会ったこともない。今後に期待するしかないのだが、劇的かつ爆発的な変化でもない限り、そんな瞬間は訪れそうにない。
俺とロメロはアケミについて村に戻ることになった。何の為に塔まで来たのか分からないが、来なければ何も進まなかっただろうから、一応一歩前進ということにして、無理やり納得した。
アケミが言うには、アケミは村でも一目置かれた存在らしい。村人たちから尊敬と畏怖の念を感じる生活は悪くないが、どこか息苦しいので、普段はマネキン屋を兼ねた塔で店番をしているらしい。俺たちを襲ったのは、日々の鍛錬を兼ねた散策での出来事のようだ。
「それにしても、よくもまああんたら、あのばあさんの与太話を信用したわね」
面目ない。言い訳などしようもない。しかし、これにはロメロが噛みついた。
「分かってないな、Sis!いいか、《これは冒険の予感、研ぎ澄まされる五感、マリオが入るのは緑の土管、冒険の先に広がる景色は壮観。Yo。まぎれもないこれは冒険、目の前に広がる果てしない蒼天、青天の霹靂を前にして得る新たな経験。晴天広がり続けるこの世は永遠。明転する俺の人生に声援。Yo、送り続けろ喝采と万歳、潜り続けろ深海とmid-night。賭けろ一パーセントの可能性、やり遂げるんだからな俺はどうせ。Hey,sis。よく見ろその拳、そして・・・》」
ロメロが倒れた。拳と言ったのが悪かったのか、ただ鬱陶しくなったのかは知らないが、アケミのパンチをもろに喰らった。例の「yoyoyoyoyo・・・・・」という情けない声を上げた。
「ほら、行くよ」
アケミが立ち上がった。
「どこに」
「どこに、って。村に決まってんじゃん。あんたら金に目がくらんで、札束のお風呂に浸かって高笑いしたかったんでしょうけど、残念。そんなのは週刊誌の最後のページに載ってる怪しげな広告だけよ。『金を呼ぶ幸運の招き猫』みたいなの買ったって何も意味もありゃしないわよ、きっと。苦情の電話を入れたら『この不況の時代にお金が出て行かなかったのは招き猫に守られてるからです』とか言われるのがオチなのよ、どうせ。そんなもんなのよ、たぶん」
妙に具体的だが、経験者だろうか。しかし、もしそんなことを言えばあの拳が俺の顔にめり込むだろうから、黙って後に付いていくことにした。
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