怨嗟の凶星 編

第28話 謎の神

板蓋宮いたぶきのみやに足を踏み入れ、自室へと向かう。

「久しいなぁ、稲守いなもり!」

この時代での俺の名を呼ぶ声に足を止め、振り返る。

薄い金色の地毛をしている男、安麻呂だ。

「おお! 安麻呂やすまろじゃないか!」

「あれから調子どうなんだよ?」

彼は頭を掻きながら言う。

「色々あったが、今は宮廷で炊事者として働かせて頂いてるよ。」


彼はかつて、病床に伏す妹を救う為盗みを働いていたが、俺との出会いで改心した。

今となっては同世代の貴重な友人だ。


俺は彼に問う。

月夜女つきよのめの具合は?」

「ああ、母様と渡来した僧のお陰で良くなっていってるよ。」

「稲守、本当にありがとう。」

頭を下げる彼の肩に手を乗せる。

「気にするなよ。」


月夜女の快復の報告を聞くだけでも俺の心は救われた。

月読命つくよみのみことを救えなかった罪悪感が少しでも和らぐ。

「今日は、疲れた。」

「2、3日眠りこけたい気分です。白玉様。」

彼女は言葉に反論することなく、欠伸を交え、床に寝転ぶ。




夢の中である言葉が響き渡る。

「....けて。....すけて。」


「たすけて」


目を開けると同時に刀を取り起き上がる。

「っ!!!」

「今のは....」

状況の整理がつかぬ俺に白玉様が答える。

「天香久山からの言伝じゃな。」

日国ひくにさんからでしょうか?」

「おそらく。」


今、天香久山には日国見巫女ひくにみのみこが社にいる。

他には....

「あ!」

畔弖刈あてか。アイツが何かしでかしたのか!」




俺と白玉様は着の身着のまま早急に天香久山へと足を進めた。

師匠に鍛錬をつけて貰ったこの霊山には、思い入れが深い。

久々の空気だ。

建御雷神たけみかづちのかみの雄々しい神気が心地よい。

社のある方からは日国見巫女の微かな神気も流れてくる。

「この獣のような神気は....やっぱり畔弖刈か!!」


巫女達の静止を振り切り、社に突入する。

「畔弖刈! お前此処で何をしている!!」

日国と対座したまま彼女は言う。

「学よ。こそ何を言っている?」


「私はアラハバキ様からの御神託を受け、この巫女に意見を求めにやって来たのだ。」


「で、どうなのだ? 此度の異変は、誰の仕業なのだ?」

「何故、ここら一帯の獣達が狂うておる?」

「何故、北の標となる星が消えた!?」

「何故!!」


俺は畔弖刈と日国の間に入り、慌てて言う。

「畔弖刈、ちょっと待て!」

日国を見て、俺は質問する。

「俺と白玉様を呼んだのは、日国さん?」


彼女は美麗な真顔を崩さずに頷く。

白玉様が、俺達3人をそれぞれ見ながら諭す。


「状況の整理が必要じゃな。」

「どうやら、此度も神の仕業。」

「嫌な神気が漂っておる。空の果てから。」


皆が白玉様に注目する中、畔弖刈の腹が鳴る。

「腹減ったァ....」

ドテッと床に尻餅をついた彼女を横目に、日国は2回柏手を打つ。

巫女達が3人分の食事を持参してきた。


「うぅ〜強飯こわいいだぁ!」

茶碗一杯に持ってある白米を見て目を輝かせる。

この時代白米と言うだけでも貴重であるのに、身分の知れぬ俺と畔弖刈の分まで用意してあるとは日国の高貴さに驚かされる。



飯を食い終えた俺達は異変の元凶を探る会議をする。


「つまり、そこら辺にいる一般的な獣が神気を帯びている。しかも、それは邪悪な気配だと。」

「本土の北方から大和にまで徐々に....」

「その気配は山間部などは薄いが、平坦な場所にある村周辺は濃度が高い... 」


「まるで、太陽光みたいだな。」



「お前、何語を話している?」

畔弖刈の言葉に我に返る。

「すまん。つい」





「太陽光とは面白い。」

「まるで、天照大御神様が此度の元凶だと言いたげなようだな。」

「未来の倭人よ。」


気配なく社内に侵入したそれは、俺を見て嘲笑する。

自身の背丈程の大剣を肩に担ぎ、神代文字が刷り込まれた首に巻いているサラシが風を受けて靡いていた。


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