第27話 一時の平安

畔弖刈あてかと名乗る少女と行動を共にし3週間が過ぎた。

太陽が差し込む空模様が眩しい。

彼女の目的地は大和のとある社にあるようで、俺が道案内をしている。


「....つーか、なんで俺は熊に乗れないんだよ」

彼女の熊の背中には白玉様を抱えた天宇受売命と畔弖刈が乗っている。

「熊ではない。コメだ!」

彼女の声に呼応するようにコメが俺に向け吠える。


「名前と見た目のギャップよ...」


俺はここ3週間で彼女に疑問をもった。

主に名前に関することだが、東北地方出身で畔弖刈。読みが"あてか"、やはり何か引っ掛かる。


彼女に質問する。直球になってしまうがこれが手っ取り早い。

「畔弖刈、お前の名前なんだけど....」

「どうした?」

「由来はあるのか?」


畔弖刈は暫し押し黙り、口を開き言葉を出す。

「我が一族の伝統だ。」

「子が産まれたのなら、性別を問わず"アテ"を銘じる。」

「兄弟は15人居るが、腹違いの者を含めて全員が"アテ"を冠している。」 


彼女は森の木々の間を抜ける陽光に目を細め誇らしげに言う。

「かつて、飢餓に苦しんでいたむらに1人の男が作物の収穫知識を持って漂流した。」

「その男は武器にも通じており、彼が居る邑は急発展し、他の邑を傀儡にしていった。」

「アラハバキ様の子孫だと言う彼の名は"アテルカ"」


彼女は尊厳に満ちた笑顔を俺に見せる。

「私の先祖だ。」


もしかすると、いや確信めいた物がある。

彼女の子孫にあの人物がいる。


白玉様が不意に言葉をかける。

「学どうした?」

「....いや、何でもないです。」

ここは黙っておこう。今更だが、歴史改変に繋がるかも知れない。


「小休止を入れましょう。」

「コメも3人を乗せていて疲れているはずです。」

休憩を提案した俺に痛い視線が刺さる。

「へ....?」


は重くないぞ」

わたくしもですよ?」

「全くじゃ」


どの時代でも女性は体重に敏感なのだ。



熊を連れての大和入りは俺達が最初で最後だろう。

ようやく足を踏み入れた其処は、生まれ育った故郷のようだった。


懐かしい風だ。天香久山から吹き下ろされる神風が都一帯を包み込む。

餓死者は大量過ぎて数え切れない。

先の件で人々が負った傷が癒えることはないだろう。

しかし、1日でも早く皆が前を向けるよう祈ろう。


畔弖刈は板蓋宮が見える大通りで告げる。

はここまでで良い。ところで、天香久山はどの山だ?」

俺は指を指し言う。

「あれだけど....」

「ふーん。まぁ、そこそこの神気だな。」

「はぁ!? あそこに居るのは俺の師匠だぞ!!」

彼女は握り米を食いながら山に向かっていく。

「アラハバキ様には到底及ばないな。」


「っ、何だよアイツ。」

「気になるなら付いて行けば良かろうに。」

「きょーみありませんよ。」


横から子供の声がする。

「ねぇちゃん遊んでよー!」

「綺麗な服だねー!」

「触りたーい!」


天宇受売命が子供達に囲まれていた。

「ウズメさん何で見えてるの!?」

「私、神様ですが....不器用なもので....」

顔を赤らめながら彼女は言う。

「気を緩めるとこうなるのです....」


「しかし、人の子のわらべがはしゃぐ姿を見るのは好きです。」

「それだけ人の子らの心が豊な証拠なのですから。」

彼女は神でありながら、いや神だからこそ人の子に慈しみの心を持っている。

天宇受売命は子供らと遊んでいる。

それを見ている大人達の表情も柔らかだ。


「あー! 猫がいる!!」

「真っ白!!」

もしかして.....


白玉様に子供達が群がる。

その光景を見てポツリ呟く。

「何だよその満更でもない顔は。」


ウズメさんが大変ショックを受けた顔をしている。

そして、おもむろに服を脱ぎ始める。

男達を中心に場が盛り上がっていく。


「ウズメさん止めろォーー!!」


一時の平安が都の一角で花を咲かした。





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