第26話 名は畔弖刈

「白玉様...俺もっと強くなりたいです...」

「目に映る総てを守れる力が欲しい」

「俺が不甲斐ないばかりに、弱いばかりに月読命を救えなかった。」


白玉様は夜に映える月を見つめ呟く。

「月読命が消えるなど、あってはならんことじゃ」

「しかし、起きてしまった。」

「歴史改変は少しずつ起きていた。大海原を進む小波のような変革は、知らぬ間に大津波と化していたようじゃ。」


俺を見据え冷たく言い放つ。

「耳を塞ぎたいじゃろう、瞼を閉じ現実から目を背けたいじゃろう。」

「しかし、進むしか道はない。」


天宇受売命が両手を胸の前で組み、震える声で言う。

「....そうです。最良の未来、引いては歴史を築いて下さい。」

「2度とこのようなことが無きよう!!」



雑踏が聞こえる。靴を履いていない、素足で土を踏みしめる音だ。

「...やはり、貴様は面白い!」

「いや、ヤマトの益荒男ますらおは...愉快なり!」

茫然自失している俺はその声に問う。

「お前は誰だ? ヤマト...?」


彼女は腰に手を当て、背中に掛けている鞘から刀を抜く。

の名は、畔弖刈あてか!」

「貴様らがまつろわぬ民とかなんとか呼称する民だ!」


畔弖刈が俺を一瞥し口角をあげる。

神気全開放じんきぜんかいほう


白玉様と天宇受売命が彼女を驚愕の表情で見つめる。

「悔しいだろう? 全力を持ってしても救えぬ命があるとは?」

沈黙する俺をみて彼女は侮蔑の笑みを浮かべる

「なぁ?」


白玉様が彼女に問いかける。

「神を認識出来るのか?」

にわかには信じられぬ...」

「そして、何故大和言葉を解する??」


白玉様の問いには答えず腹を抑えて言う。

「....ところで飯はないか?」

「腹が、減って死にそうだ。」


「ふざけんじゃねぇぞ...」

俺は立ち上がり彼女に近づこうとした。

とうの昔に身体は限界に達しており、足を前に進められなかった。

崩れるように倒れ込む寸前、天宇受売命が身体を支えてくれた。

「学殿! 学殿!!」

彼女の声を最後に意識が暗闇の中へと落ちていった。




獣の毛皮と心地よい振動が体の奥底に伝わる。

目が開けられない。身体も動かない。

しかし、耳は澄んでいる。金縛りに近い感覚だ。

白玉様と畔弖刈の話し声が聞こえる。

「...お主も神の声が、聞こえると。」

「興味深い。」

「ずぅっと北に行った場所に故郷があるのだ。」

「冬は寒くて寒くて、堪らなかった。」

「でも、そんな時コイツが私の身体を温めてくれた。」

彼女は獣を叩く。

その振動が俺にも伝わる。

「森で行き、森で死ぬ。死んだ身体は山の養分となり新たな生命を育む。」

「私もコイツも姿形が違うだけで同じ者なのだ。」


「ところで、お主が腰に挿している短刀」

「大和の物じゃ。」


「.......」

彼女は問いに戸惑ってる様子だ。

分かる。神気が彼女の身体から流れている。

しかし、何故? どうやって神気を体内に?

「神気の存在を、神の姿形をどのように認識しだした?」

「もしや...」

「そう。アラハバキ様に見初めて頂いた。」

「やはりか。その出で立ち葦原中国あしはらのなかつくにの北方に住まう人の子らの特徴を得ている。」

「いやしかし、彼の神が人の子に干渉するとは...」


白玉様はアラハバキと名乗る神と知り合いなのだろうか。

「お主には質問したい事が山程ある。が、そろそろ此奴も起きる。」

天宇受売命あめのうずめのみこと。学を起こしてくりゃれ。」

天宇受売命は俺の腰に手を押し当てる。

「...はッ!!」

強烈な破裂音が腰から全身に波及する。

「...これは!」

「神気が漲る!」

彼女の手から神気の波が流れて来たのだ。


俺を乗せていた背中の主は、熊であった。

熊の上に立ち、猫神に問いかける。

「白玉様。」

「月読命を殺した神の名を教えて下さい。」

「アイツは俺が殺ります。」

「雑草と罵った事、後悔させてやる...!!」


白玉様は少しずつ話し始めた。

「彼奴の名は火之迦具土神かぐづちのかみじゃ。」



火之迦具土神かぐづちのかみ...。」


俺はその名を何度も声に出す。

決して忘れぬよう。




そして、時は動き始めた。

歴史と言う名の歯車は、無情にも時を刻む。

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