第25話 照らす月光、罷る神

「倭国の神である貴神が、何故隋から来た私を気にかけてくださるのですか?」

彼女は隋の言葉で月読命に問う。

「貴神は、何故?」

「月は地表を照らす。しかし、その光が届かぬ所がある。」

「君の心に影がある。月の神として見過ごしたくない。」

「本心は?」

月読命は頭をかき、苦笑いをする。

「月香には敵わないなぁ。」

「君に興味があるんだ。とても。」


「俺は君のことが....」

満月が2人を照らす。

この瞬間ほど、彼が人の子を愛おしく思ったことはなかった。

2人を死が分かつまで、あと何回満天の夜空に月が映えるだろうか。






「月読!!」

彼の耳には、伊邪那美いざなみを討伐し満身創痍の身体で此方こちらに近づいてくる学の姿があった。

「貴様は間もなく死ぬ。」

「俺の迦具土かぐづちをまともに受けとめ、無事だった者は居なかった。」

「貴様の怒りが心地よい。」

月読命は鮮血と共に言葉を紡ぐ。

「あぁ、"怨火産霊えんほむす"...の力か。」

「そうだ、貴様の怒り憎しみ恨みを糧に四肢はほのおを纏う。」

無数の拳が彼の体を貫通する。

「総てを無に帰す怨嗟の焔だ。」

「さらば! 月の神よ!!!」

神は月読命を蹴り飛ばした。


「地の剣! 閃雷!」

「逃げるんじゃねぇぞ!!」

俺は怒りを最大限剣に乗せ振りかぶる。


「ははは! 貴様の怨嗟えんさも凄いよのぅ!」

黒鉄よりも硬い彼の皮膚は、皮一枚で俺の刀を受け止める。

「クッ!!!」

「しかし、貴様のような雑草は何時でも殺せる。」

彼の腕から流れる神気が刀に纏わりつき、超高温の焔となり刀身を焼く。

「神気全開放!」

身体が限界を越え、死に近づく。

全開放中に全開放するなど愚行もいいところだ。

しかし、今となっては他に選択の余地など無い。

「面白い!!」

敵神の声に被せ白玉様が叫びながら走り寄る。

「学よせ!!!」

「身も果ててしまうぞ!!」

神を睨みつけ言う

「月読を救うためなら...!!」


「この命、燃え尽きても構わない!!!」

その場で飛び上がり、神の脳天目掛けて技を繰り出す。

「天の剣! 日輪照地ひりんしょうち!!」

彼は構えも取らずに静止している。

「怨火産霊....神焔しんえん

彼を中心に焔が円形に広がる。

「な...!!!」

高温の神気の霧が周囲を多い、大気を焼き尽くす。


晴れた地表に、彼の姿は無かった。

「あの野郎...!!!」

「出てこい! お前は俺が斬る!!」

「逃げるんじゃねぇ!」

広い荒野に俺の荒い息だけが何度も響く。

神気全開放の反動が、徐々に身体を蝕む。

「無駄じゃ...学。奴の神気は忽然と消えた。」

「此処にはおらん。」


天宇受売命あめのうずめのみことと白玉様が月読命に近づく。

「あぁ、不甲斐ない。見っともない姿を見せてしまっているね。」

天宇受売命は泣き崩れ、顔を合わせられないようだ。

「こんなことになるなんて....」

「ぐふっ。」

地面に大量の血が滴り落ちる。 

俺は彼に駆け寄る。もう体力なんて残っていない。神気も全身から抜け、立っていることが奇跡に近い。


俺は全身を震わせ彼に叫ぶ。

月読つくよみ...死ぬな!」

「お前が死んだら安麻呂やすまろ月夜女つきよのめはどうなるんだよ?

父親なら! 神なら! あの子達の成長を見守れ!

勝手に死ぬんじゃねぇ!!」

白玉様の方を向きまたも叫ぶ。

「白玉様! 𧏛貝比売きさかひひめ蛤貝比売うむがひひめを呼んで下さい!」

「早く治療しないと....!!」


彼女は静かに首を横に降る。

「何故!?」

怒りで視界が真っ白になる中、月読命の言葉が耳に届いた。

「学くん いや、学。聞いてくれ。俺の最期の言葉を。」

「君のお陰で俺は大切な存在を思い出せた。」

彼は遠くにそびえる富士の峰を見ながら微笑を浮かべる。

「弟の須佐之男すさのおとで、多忙な姉上に悪戯をしかけ、夜通し説教されたこと。」

「大海原をみて泣いている弟に必死で諭したこと。」

「丸い月の満ち欠けの美しさ。」

「その満ち欠けのように産まれ、死にゆく人の子の儚さ。」



彼は潰れた右目を残し、左目から涙を流しながらかつての恋人の名を口にする。

「それから、月香げっかと出会ったあの日の事。」

「異国の大和で月を仰ぎ、一人涙を流していた彼女に.....人の子の成りをし、声をかけ、結ばれた。」

「二人の子宝に恵まれたが、本来人と神は交わってはならない。」

「その掟に背いてまでも一人の人の子を愛した。」

「安麻呂、月夜女、二人の生活は陰ながら応援していた。」


「いや、俺には見守る事しか出来なかった。」

「月読、もう話すな! もう、いい!!」

彼は俺を制止し、続ける。

「学聞いてくれ。」

「視界も狭まってきた。 痛みも感じなくなってきた。俺は間もなく消える。」


「あの二人には俺の存在を告げないでくれ。」

「それが彼らの幸せだ。」


「最後になったが、学。」

「俺は君を信じている。」

「誰よりも、何よりも、万物を越える力を手に入れ、必ずあの悪神を倒すと信じている。」


「人の子にとっても神にとっても、なんの変哲も無い日常を。愛おしいあの日常を取り戻してくれ。」



「何度転んでもその度に立ち上がれ。強くあれ。

前をただひたすら真っすぐ見つめろ。」


「過去に囚われず最良の未来をその剣を振るい、切り拓いてくれ。」


「君が在るべき世に帰られる事を.....俺は望んでいる。」




あぁ、月香、迎いに来てくれたのか。

すまない。怒らないでくれ。

子供達の力にはなれなかったが、見守っていた。

....そうだね。君もおんなじだ。


いつまでも、いつまでも、見守ろう。



彼は一筋の光と化し、天へと登っていった。

首飾りの月を模した勾玉を遺して。


俺と天宇受売命あめのうずめのみことは空を仰ぎ、いつまでも嗚咽を漏らしていた。




ーーーーーー

ある女性が果物を齧りながら学を見ている。

「ヤマトの神が消えたのか。」

「それにしても、あの男...私(わ)と"同じ"なのか。」

口角をニッと上げ、彼女は呟く。

「この畔弖刈あてかと同じ匂い。同じ味がするな。」


「私の心は踊っている! まるで初恋のような胸の高鳴り!」

「そして、今日も米が旨い!!」

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