第20話 月夜の貴神

認めたくない。

俺は認めない。

頭ごなしに否定するが、現実は変わらない。


「歴史改変は既に始まっている。」

「歴史と言う名の歯車は少々おかしな回転をしておるな」




夜が明けなくなり3ヶ月が経過した。

国津神との決戦が太陽暦で言う所の12月なので、すでに小春が顔を出す、3月のはずだ。


だが、冬の厳寒を残したまま、漆黒の春が訪れた。

都内では飢饉が発生し、充分な栄養を得ることが出来ずに死にゆく人々で犇めいている。

宮中でも日に日に食が細くなっており、全員が飢えるのも時間の問題だ。


「白玉様、やはり歴史は」

「うむ。改変されているじゃろうな。」

「正史...と云うのも苦笑ものじゃが。」

「歴史は不変...、それは現在を生きるからこそ出る言葉じゃな。この事態、事実はお前からすると異変じゃろうが、この時代の人の子らからすると、ただの事実。日常じゃ。」

「周りくどいですね。はっきり言いますよ。」

苦笑しているが、内心脂汗が止まらないほど震えている。

「....天照大御神様が良しとはしない時流」

「って事ですよね。」

彼女は目を丸くして俺を見つめる。

「成長したな。学」

「この位誰でもわかりますよ。」


俺は真っ暗な空を仰ぎ懺悔する。

「クソっ、こんな時現代から持ってきた参考書があれば!」

「これのことかい?」

優しげな声色と共に差し出されたのは、まさに俺の参考書だった。

「そうそうこれ.....は?」

参考書の持ち主を見上げる。

月邇つきにお前!!」

「いやぁ、僕の精霊達が拾ってきたんだよ。」


「中々面白い事が書かれているね。」

「この世の先、葦原あしはら中国なかつくには荒れに荒れまくる。人の子は己の欲のまま進み続けるんだね。」

侮蔑を孕んだ目で俺を見る。

「愚かなのか賢いのか判らない。」


彼の挑発に乗らないように言葉を紡ぐ。

「その歴史は間違っている。」

「は?」

理解していない彼に苛立ちを覚えた。

勿論理不尽で身勝手な怒りなことは重々承知だ。

しかし.....

「全てが間違っている。」

「何が?」

「っ!」

彼はページをおもむろに引く。

「どれどれ......」

「何もおかしくないよ。人の子の歴史、未来が綴られているだけじゃないか。」

「俺の知っている歴史じゃないんだ!」


彼は俺に指さしながら美麗な目を細める。

「学くん。君が間違っている可能性は"0"と言い切れるのかい?」

「....は?」

「君が知っていると錯覚している歴史とやらは、端から君の妄想ということはないかい?」

彼は参考書を見ながら、冷ややかな声色で放つ。

「それとも、本当に"正史"なる物が存在する根拠を持ってるのかい?」

「"正史"とは何だ? 何故、正しい記録だと?」

「君の主観的な主張に過ぎな....」

「!!」

「ん? 殴ってくると言う事は図星なのかな?」

反射的に彼の胸に渾身の一撃を放っていた。


痛む右手を更に強く握りしめる。

「俺は間違ってない。間違っているのはこの世界、この時流だ。」

「悪神がいなければ俺はこんな所にはいない! 悪神がいなければ歴史改変もなかった!!」

「そうすれば俺は今頃....」

俺の言葉は遮られる。

「愚かだね。この時流を否定するなら、佐久夜さくやちゃんの存在を否定する事になるんだよ。」

「!!」


月読命つくよみのみこと、そこまでにしてやってくりゃれ。」

「余り人の子を愚弄するな。」

白玉様が冷たく言い放つ。


「月読命....?」

「あれぇ? 言ってなかったっけ?」

「三貴神の1柱、月読命は僕の事だよ。」



なんとか怒りを鎮めた俺は聞く。

「んで、何故月読命が此処にいるんだよ?」

「まぁまぁ挑発した事は謝るから、睨むのは止めてくれ」

「睨んでねぇよ! 生まれつきだ!」


再度激高する俺を無視し、彼は言う。

「僕は子供たちに会いに来たんだ。」

「子供たち?」

「あれ? 会ってたよね。」

「は?」

「安麻呂と月夜女のことだよ」

疑問符を浮かべる俺に彼は平然と答える。

「安麻呂と月夜女は僕の子供だよ?」

「!!」


「き、貴様!! 神のことわりに反して、人の子との間に子など成したのか!?」

彼はあっけらかんと答える。

「愛に理由なんていらないだろ? ただ対象が人だっただけだよ」

「秩序の問題じゃ!」

髭を立てて怒る白玉様から離れ俺に問う。

「学くんも大変だね。口うるさいだろ彼女?」

「お前なぁ.....」

俺はため息をつく。



東へ歩を進める。

白玉様の見解だと富士山辺りからとてつもない邪気を感じるとのことだ。


「地の剣と天の剣か...建御雷神のおっさんも中々やるね」

「.....」

「本来、"神の剣"という神のみ使用できる型から派生しているんだよ。」

「人の子では扱えない凶剣だ」

「君が扱える閃雷もそうだ、神の剣の前では塵芥ちりあくたのような剣術だよ」

「....は?」

「なら、どうして俺は神と戦えているんだよ?」

真っ黒に染まる天を仰ぎ彼は言う

「判らない。」

「人の子が神に勝てるハズがないと言う驕りもあるのかもしれない。」



「腹が減っているだろう。ここらで休息しよう」

彼は山中のとある場所を指差し微笑む。

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