月夜の愛憎 編

第19話 暗雲、明けぬ闇

妹の為に盗みを働き、自己を犠牲にする。

薬など買えるはずがない。

黄金こがね色の髪を持つ母は10年前に、故郷へ帰れぬまま異国やまとの地で果てた。

生まれつき父の名と顔を知らぬ。

今となっては些細なことだ。妹が1日でも長く生きてくれるのならば満足だ。

彼女は少年の全てなのだから。


月夜女つきよのめ! 帰ったぞ!」

日に日にボロボロになる兄を見て妹は呟く。

「兄様、もう私に構わないで下さい!」

「これ以上罪を重ねないで ...」

妹の言葉に胸を突かれる。

地面に寝転び、雑把な服を纏い痩せ細った身体を持ち上げる彼女が普憫で堪らない。

記憶にない母を彼女は語る。

「あの世で母様に顔向けが出来なくなります!」

俺は俯きながら言う。

「俺は会えなくてもいい。母様は俺達の中で生き続けているからな。」

「でも、お前だけは俺が、俺の命に換えても立派に育てる。世の摂理反しても俺は月夜つきよを守る。」


月が照らす山の中で二人は無言で見つめ合う。



ーーーーーーー

瀬織津姫は𧏛貝比売きさかひひめ蛤貝比売うむがひひめが高天原に連れて行った。

彼女らは最後に諭鶴羽山にあった墓石に木面を埋めたようだ。



大阪から奈良に入る山を歩いていると、前方から青年が走ってくる。

「き、金髪!?」

明らかにこの時代の日本人の髪色でない青年は、困惑している俺にぶつかる。

「うっ、危ないだろ!」


左腰が軽く感じる。

「刀がない!!」

「あの童が持っている。」

白玉様は冷たく言う。

少年は信じられない速度で都の方へ走っている。

「追いかけないと!!」


走りながら思案する。

あの瞬間に身を返して走り出したのだとすれば人間技じゃない。

「盗人! 止まれ!!」

俺は彼に追いつき叫ぶ。

「チッ!」

「何故盗む?」

「金の為だ。妹を助ける為だ。」

ボロボロで、弥生時代から変わらない服を纏う彼に問う。

「お前、名前は?」

「は、お前に名乗る名など持ち合わせてねぇよ!」

「役人に突き出すぞ?」

彼は顔色を変え、俯きながら名を口にする。

「.....安麻呂やすまろだよ。」


俺は無言で刀を奪い返す。

「白玉様、行きましょう。」

「ちょっと待て学。こやつから妙な気を感じる。」

「妹とやらを見に行くぞ。」

ため息を一つし、安麻呂に言う。

「お前の妹を見せてくれ、何か力になれるかもしれない。」

「!」

「すまねぇ」


彼は案内してくれた。

着いた先には10歳にも満たない少女がむしろの上で寝ていた。

「妹の月夜女だ。」

「小さい頃から体が弱くて、俺が育てているんだ。」

「彼女もお前と同じで髪色が....」

「それを言うんじゃねぇ!」

彼は、口を塞ぎ頭を下げる。

「す、すまん! 俺はこんな事言える立場じゃねぇよな。」


彼は深々と頭を下げ言う。

「妹を救ってくれ! 都で有名な稲守なら出来ると思う!」

唐突な言葉に思わず口を出す。

「え、俺有名なの?」

「何処から来たのかわからねぇのに、摂政様に気に入られているって、都中噂だ!」



俺は月夜女を見ながら安麻呂に告げる。

「条件がある。」

「これまでの罪を全て告白しろ。」


「俺にじゃない。役人に洗いざらい話せ。」

「全てだ。」

困惑している彼を見る

「それが条件だ。」

意を決した彼は真っ直ぐ瞳を向け拳を堅く握りしめる

「わ、わかった!」



彼女を背負い、板蓋宮へと戻る。

佐久夜郎女に事の経緯を話し、医者を呼ぶ。


医者は隋からきた高僧だった。

兄妹を見るなり「月香げっかの....」と呟いた。



夜も更け、月夜女は可愛らしい小さな寝息を立てながら眠っている。

安麻呂は役人に連れられて牢へと連れていかれた。


久々に味わう大和の空気。

一週間と離れていないのにこれ程までに愛おしく感じるのは何故だ。

思案するが答えなど出るはずもない。

𧏛貝比売きさかひひめ達と共に高天原に戻った瀬織津姫を思いながら眠る。


夜空に漂う月と叢雲は時間が経てば太陽に照らされ姿を消す。



しかし、この日を境に夜が開けなくなった。

永遠の夜が訪れる。

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