第18話 地の剣

「国津神。」

「お前の暴走を"サンヒ"は悲しむと思うぞ....!」

「大好きな神様が家族とムラの大切な人達を殺したんだからな。」


国津神の神気を全身で受け止めながら声を出す。

彼の放つ神気が揺れる。

「何故貴様が彼女の名を...。」

「あんたの神気に記憶が混在していた。」


「助けられなかった自分を恨む気持ちは痛い程伝わった。」

俺は彼を睨みつけ断言する。

「だからと言って悪心の肩を持つ理由にはならない!!」


国津神は刀に自身の血を織り交ぜる。

刀身が赤黒く変色し禍々しい形へと変化する。

「今更何も言うな。その刀、己の肉体で語れ。」

「ああ。言われなくてもそのつもりだ。」


風が吹き、砂埃が地表から舞い上がる。


"地の剣"を冠する技は、地面に足を布置した状態で放つ剣技だ。

"閃雷せんらい"は上半身を捻り、体全体で剣を振る。

攻撃特化の技であるが、足を止め神気を集中させるため、発動まで時間がかかる。


日輪が薄くなった砂の大気から顔を出す。

国津神は動かない。



気を最大限まで溜め、一気に前方へ走り出す。


雷の様な轟音を伴い砂埃の先にいる国津神へと向かう。

「神気開放!!」

「地の剣 閃雷!」


強烈な踏み込みと共に両腕を振り下ろす。

刀同士がぶつかり、二人を中心に衝撃波が外へ走る。


彼が塗った刀に塗布した血液は、神の物では無かった。

サンヒらムラの人々の血だ....。


止めどない怒りが湧く。

「死者の体をお前の貧相な思想の為に使うんじゃねぇ!!」

怒、哀、怨、恨、負、殺、滅のオーラを纏う彼の刀は俺が折らなければ。



「はぁあ!!」

剣を振り下げ両断する。

勢いのまま、彼の後方に回り込み空中で横薙ぎを繰り出す。

「ふん!」

国津神は折れた刀を持って顔の手前で制する。

「絶対に....勝つ!!」

両手で剣を持ち薙ぎ払う。





木面と共に顔面が横一文字に斬られ、地面に落ちる。


「何故!? 我が人の子に!? 何故....!!!」


呼吸を整えながら彼を見る。

木面は心無しか泣いているように見え、刀に宿る血液は蒸発して天へと還る。


「サンヒが作った木面が泣いてるぞ。」

「!」

「あんた為に純粋無垢な心で作った面が、悪事をする神に使われる事なんて、彼女は望んじゃあいないだろう。」



前方から優男が近づいてくる。

「良くやったね。学君。」

「! お前は、あの時の!」

月邇つきにと名乗る男だ。


「君が倒した国津神はたった今高天原に転移させた。」

国津神はもう居なかった。

2つに斬られた木面だけがその場に残る。

「素晴らしいね。身体を得たばかりの神とは言え、また神に勝った。」

俺は問う。

「お前...いったい何者なんだ。」

「ん? 僕?」

「僕はね。君の味方でも敵でもない。」

「いわば中立の立場にいる存在だよ。」


「違う、俺が言いたいのはそうじゃ」

月邇は言葉を遮り微笑しながら言う。

「そんな事より瀬織津姫は良いのかな?」

「彼女首飛ばされたけれど、無事なのかな?」

「っ! 何故それも....」


瞬間、俺は白玉様と瀬織津姫の元にいた。

辺りを見渡すが、月邇は消えている。

何が起こったのか現実を直視できない。

「白玉様...。」

「学..」

「勝ったのか!? 勝ったのじゃな!!」

「は、はい!」



瀬織津姫は何とか首を繋げられた姿になっていた。

両腕を背中で縛られ、拘束された状態でぼんやりと空を見上げていた。

「瀬織津姫、首繋がったんだな。」

俺は彼女の首筋を見て安堵する。


幼児の姿をした二人の女神が現れ言う。

「私達姉妹がそこの者を治癒致しました」

「私は姉の𧏛貝比売きさかひひめ、隣にましますは妹の蛤貝比売うむがひひめです。」

紹介されたばかり女神は頭を掻きむしり怒りを露わにする。

「悪神になびいた女神を....!」

「ああ! 腹が立ちますわ!!」


「しかし、猫神様のご意向。私共はそれに従うまでですよ蛤貝うむが

「はぁーい。べーっだ!」

妹神は瀬織津姫せおりつひめをみて舌を出す。


「彼女らは大国主神おおくにぬしのかみの治癒もした事がある。」

「....学どうした? 顔色が悪いぞ?」

俺は冷や汗を浮かべながら言う。

「国津神に腹貫かれていて...むちゃ痛いんですよ」


「それは大変! 横になって下さい!」

俺は地べたに寝転ばされた。

𧏛貝きさかねぇ様! お腹から地面が見えます!」

𧏛貝比売は蛤貝比売を小突き叱咤する。

「コラ!早く動きなさい!」

「むぅぅ。」


彼女の治療中、白玉様は二人について話していた。

長すぎて良く覚えてない。

瀬織津姫は空を見上げながら涙を流していた。



三十分後、腹は元通りに治った。

「神様ってすごい....」

「へへーんだ。」

腰に手を当て得意気に言う。

「小さいからって見くびらないで下さいね!」

蛤貝比売の頭を撫で、瀬織津姫の元へ向かう。




「瀬織津姫」

俺は彼女の名を呼ぶ。

首がこちらに向く。

やはり美人だ。白銀色の眼には以前のような邪気は感じられない。


「俺は瀬織津姫が悪神に助力した事を非難するつもりはない。」

彼女の瞳が少し光沢を帯びる。

「何故...ですか?」

「今までの経緯に同情してしまったってものあるけど、それ以上に俺は瀬織津姫を守りたいんだ。」

「自分の存在を認知されなかったら誰だって心が荒ぶ。」

彼女は叫ぶ。

「同情などいりません。」

「貴方の言葉を信用出来ません。私は高天原に戻った後、殺されます。」

「誰も守ってはくれません。」


「俺は守る。天照大御神、建御雷神師匠、白玉様や高天原の神々を敵に回しても、俺は瀬織津姫の味方でいる。」

「!」

「今後、瀬織津姫の姿や声を知る人間は居ないと思う。」

「だからこそ、俺は瀬織津姫を忘れない。」

「死ぬ瞬間まで存在を忘れないよ。」


白玉様は静かに見守っている。彼女なりに思う事があるのだろう。

「し、しかし...私は信じられません。」

頭を掻き告げる。

「全部は信じられなくてもいい。」

「100分の1でも、1000分の1だけでも良いから信じて欲しい。」

彼女の美しい顔がみるみる歪み、瞳に涙が溢れる。

「一人の人の子の意見だけどな。」

彼女は嗚咽を漏らして泣く。


日は沈み夜になる。

彼女の声は広い瀬戸内海にこだました。

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