第15話 淡路の国津神

霧が立ち込める山を駆け上がる。

国津神を追って山中に迷い込んだ。


「なんだ、あれ....」

目を向ける先に、小さな墓があった。


"淡路之地尓埋藻列留魂"

無理やり岩石を削った文字が刻まれている。

「淡路の地に埋もれる魂....」


慰霊碑なのかと思案する。

「淡路島は災害に見舞われたのか...」


聞いた事がない。俺の勉強不足と言われればそれまでなのだが、胸に何かが引っかかる。


文字に手を触れる。

「なんだろうこの感覚。」


悲しみや恐怖が石で閉ざされている様な....。


飛び立つ鳥の羽音で意識を戻す。

追いかけなければ。



山頂に近づくにつれ神気が濃くなっている。

「この先に居るんだな。」

ふと振り返る。

白玉様と瀬織津姫の姿は見えない。

女神に対して白玉様がどんな行動を取っているかが心配だ。



赤色の神気が視界に入る。

続けて山全体を揺らすような声が響く。

「鳥辺 学。」

「我らに楯突く醜い人の子よ。」

「生身の身体で意地汚く抵抗する....」

「実に醜悪な存在だ。」


神気を纏い、木面を被る神を睨む。

「俺はあんたら神々の事情はよくわからない。」

「でも、歴史が変わり、人々や神々が悲しむ姿なんて見たくない。」

「俺にしか出来ない責務なら、やるしかないだろ。」

「お前を倒す」


国津神は薄ら笑いを浮かべ俺を見下ろす。

「そうか...何故人の子はそこまで浅はかになれるのだ?」

「何故、我ら神々と似た姿形をしているのか?」

拳を握りしめ、小さくだが憤怒を込め言う。

「愚弄しているのか? 我らを」


とてつもない怒りが前方から飛んでくる。

負けじと言う。

「人の子と神々は相利共生なんだ!」

「どちらか一方が欠けても駄目なんだよ」



「相利共生だと? 笑わせるな!!」

彼の声に大気が音を立てる。

「不完全な存在と、完璧なる存在が互いに支え合うだと!?」

「笑止千万!!!」


どれだけ人を見下すのだ国津神は、怒りを声に乗せる

「ある神から聞いたんだ。人の信仰心がないと神は消滅するって」


地に足をつけ、しっかりと存在している神に指を指し言う。

「あんたが今、この場で立っている事実は人から信仰されてきたからじゃないのか?」


彼の瞳が揺れた。

「!!!」


「この肉体は、彼の神から頂いた物!」

「人の子の信仰心など関係ない!!」

おもむろに右手を空中に浮かべ、突然現れた刀をギシっと握る。

「我の剣の下に徒花と散れ!」

姿を消し、襲いかかってくる。


前方へと走り、剣を抜き振り下ろす。

しかし、前方に漂う神気を斬ったに留まる。


避けられた、そう思う暇はない。

国津神を探せ。


「右!!」

右方から首目掛けて剣閃が走る。


今、身をかがめても間に合わない。

「神気開放!」

太刀で防御する。

鍔迫り合いの中、彼が着けている木面に目が行く。

「ふん!」


弾き返すと同時に二撃目がくる。

次は左から首へだ。

「はぁ!」

国津神の右腕目掛けて斬り上げ、腕を飛ばす。


戦闘力が削がれた今しかない。

両手に力を込め、渾身の一撃を肩に振り下ろす。


「!?」

刃が通らない。


「ぐふっ!」

瀬織津姫の小刀で負傷した腹に国津神の左腕が刺さる。

「無念だな。」

「人の子を遥かに凌駕する神は、腕を飛ばされた程度ではやられん。」

「このまま貴様の内蔵を地に出そうか?」

「それとも、この刀で心の臓を切り刻もうか...」


なんて残虐な事を考えているんだ....。

鉄の味がする口を動かす。

「あ、悪神じゃないか....」

国津神は笑みを辞め、激昂する。

「悪だと?」

「人の子が生きている事を容認している高天原の神々の方が悪なり!」

「病、飢え、老衰、様々な要因で死ぬ人の子の存在を許す奴らが悪なのだ!!」



天照大神あまてらすおおかみを筆頭に高天原たかあまはらには!」

「嘆き、苦しみ、叫びながら死ぬ者達の気持ちが分からぬ神々が多すぎる!!」

「そやつらを一掃する事の何が悪だ!!」


「我は、人の子を"死"と言う苦しみから救う唯一の神なのだ!」


国津神の叫びは大地を揺るがし、空を割る。


山々の木々は瞬時に枯れ、突如土砂崩れが発生し、生きとし生けるもの全てが土の下に消えてしまった。

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