第13話 神の事情

微笑んではいるが、感情な見えない白銀の眼を持つ彼女に促され船へと転る。


白玉様は、彼女を蒼眼で厳しく睨む

瀬織津姫せおりつひめ、海は未だ荒れている。」

「はい。」

「この中、小舟一隻が淡路まで達せられると真に思っているのか?」


「私は海の神でありますよ?」

「貴神様の御不満も重々承知の上です。」

「畏れ多くも三貴神の一柱である須佐之男神すさのおのかみ様には及ばずとも、瀬戸内の海ならば嵐など鎮める事など容易ですわ。」


彼女は祝詞を唱える。天上に舞い上がる声に一抹の疑問が浮かぶ。


何故、冬の海がかのように荒れるのか。

そして、彼女の声で荒波が鏡面の如く静まったのか。


俺を見て、彼女は言う。

「学様。猫神様。」

「どうぞ、私の船へとお乗りになって下さいまし。」



瀬織津姫が精霊達に指示を出し船を漕がせている様子を遠目に白玉様から女神について説明を受ける。

瀬織津姫せおりつひめ記紀ききに殆ど出てこない。しかも、存在自体が不透明な女神だ。」 

瀬織津姫の肩が軽く動いた気がする。

「不透明??」


「ああ、七福神の弁財天べんざいてん天照大御神あまてらすおおみかみ様の片割れとも言われている。」

「正体は彼女、瀬織津姫自身にしか判らぬじゃろうな。」



白玉様は目を細め、俺に囁く。

「奴は注意しろ。」

「雪色の眼の奧に底はかとない闇がある。」

彼女に問う。

「神気がとても少なかった事も関係あるのでしょうか?」

「いや、神気とは神が神である証拠じゃ。彼女からのそれが少ないと言う事は、瀬織津姫自身が神でなくなってきていると言う事じゃ。」

俺は仰天し、声が大きくなる。

「神でなくなっている?」

「そんな事あるんですか!?」


静かに。と俺を静止話す。

「信仰心が無くなれば神は生きていけない。」

「人の子は信仰を、神は信仰に対し、豊作や子孫繁栄といった人智を超えた力を作用させる。」


「謂わば人の子と神は相利共生。」

「どちらも欠けてはならない存在じゃ。」


己の尻尾を舐め、毛づくろいをしながら彼女は呟く。

「信仰が無くなり己が神で無くなる恐怖は、人の子の死に対する思い入れと同じじゃ。」

「自暴自棄になる神はごまんといる。」



もしかすると彼女は.....。

俺が彼女を見ると、氷のような表情で此方を見ていた。

時が止まる。

彼女の背後からドス黒い神気が流れ出る。

怨 憎 苦 止めどない怨嗟えんさが伝わる。


俺に対してではない。

神に対してでも....。


ふと、彼女が微笑んだ。

肩に雨粒が辺り、意識が現実へと戻る。


少量の雨粒はいつしか経験した事のない程の嵐へと変わった。

荒れる海上で船は水面に翻弄される木の葉の如く踊る。




白玉様が何か叫んでいるが、暴風と耳に刺さる雨音と雷鳴で掻き消される。

口の動きを見る。


「し、ろ??」

「っ!」

背中を押された。

唐突に身に起きた事に理解するまで時間がかかった。


だが、咄嗟に手を船へと伸ばし落ちないよう体重を支える。


「チッ」

と舌打ちが遠い所から聞こえた。


「!!」

俺の眼にあり得ない程の深海色の神気が写る。

それは海へと流れ、船の真下で大きな何かへと変貌する。


「鯨か!?」

少し雨に緩急がついてきた。

周りの環境音が聞こえる様になると、耳を劈く声が俺を刺す。

「学! 海へと飛べ!」

「船ごと喰われるぞ!!」

白玉様の声の声だ。

その方向をみる。

「何!?」

彼女は瀬織津姫の精霊達に捕まえられていた。


「早く飛び込め!」

「で、でも!」

「やはり瀬織津姫は悪神についておった!!!」

「お前だけでも....」

精霊の拳が彼女の口にねじ込まれた。



船頭に静かに佇む瀬織津姫は言う。

「学様。私は私です。」

「瀬織津姫です!」


「あははははははははは!!!!!」

「死に絶えなさい!!!愚かな人の子よ!!!!!!」


海底から神気で出来た鯨が急浮上してくる。


「ぷはっ!」

白玉様はなんとか、拳を吐き出し、あらん限りの声を出す。

「学! 海に飛び込むのじゃ!!」

白玉様が叫んだ瞬間、瀬織津姫が声を発する。

「猫神を助けなくてよろしいのですか?」

拘束されたままの彼女が大声で俺に訴えかける。

「見え見えの陽動じゃ!!」

「お前まで飲み込まれる事はない!!」



「神として消滅するのならば!」

「最期に一花咲かせましょう!!!」

彼女の眼に透明な水が浮かぶ。

涙かも、海水かもしれない。


彼女が何を思って悪神に寝返ったかは判らない。

しかし、彼女の境遇に同情してしまった己の気持ちに正直になりたい。


それに、彼女が此処で消滅すると歴史にも影響が出るだろう。


考え得る限り、正当性を見出そうとするが、白玉様。いや、殆どの神々からは俺が今から起こす行動を非難されるだろう。


しかし、やる。


「神気開放!」

船が俺の放出した神気で包まれる。

眼に止まらぬ速度で精霊に急接近し、精霊から白玉様を引き離し抱きかかえる。

「まだだ!!」

船頭に向け猛突進する。


「ひぃ!!」

瀬織津姫は腰から小刀を持ち、震えながら腹の前で俺にそれを向ける。


「つぅ!!」

小刀が腹に刺さる。

しかし彼女の腰を抱え、船から飛ぶ。


その瞬間、船は黒い鯨の口の中に消えた。



20メートル程前方に飛び、着水した。

海水に鮮血が混じり、周囲が赤く染まる。


「馬鹿な男じゃ。」

「悪神側についた愚かな女神も救うとは。」

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