第8話 試練の果て

天香久山のとある空間。


刀を抜き、冷ややかな視線で建御雷神たけみかづちのかみは俺をみている。


「私が貴様に課した試練を達成出来なかったようだな。」


無意識に彼の長刀へ注目が行く。

「...はい。」


白玉様は何か言いたげな表情で二人を見つめる。


「一思いに終わらる。」

「傷みなど感じぬように....」


彼の最後の優しさが身体の震えを止めた。


その場に座り込み、地面に散った葉を見つめる。



彼が歩み寄り、刀を振り下ろす。


「建御雷神。待て」


刀身が俺の首筋で止まった。


白玉様の声だ。

凛としているが力強い彼女の声。


「一度飛ぶ機会をくれぬか?」



「クククッ...」

静かに笑った後、彼は激高する。

「貴様ともあろう神が今更人の子の肩を担ぐのか!?」

「情でも湧いたか!!」


「情....とは別じゃが。」

「学と過ごした3ヶ月間で気づいた事がある。」


「此奴に才はない。」

「しかし、それを補う程の努力が出来る。」


「それがなんだ!?」

「天賦の才を持つ者しか悪神と闘えぬのだぞ!?!?」


「学はまだ伸びる。もっと成長できる。」


此奴こやつの努力はいつか圧倒的な爆発を伴い結果となるじゃろうな。」


彼は白玉様に刀を向けている。


冷静に彼女は言う。

希望的観測のよう。されど、確信を持っている口調で。



「その瞬間は今かも知れん。」




建御雷神刀を鞘に納めながら俺に言う。


「飛べ。 一度だけだ。」






「学。迷うな。」

体を軽く解す俺に彼女は囁く。


「ただひたすらに飛ぶ事に集中しろ。」


静かに頷く。



目の前の大木を飛び越える。

今の俺にあるのはこれだけだ。


神気じんぎを吸い込む。

白玉様の言葉が脳裏をよぎる。

「「筋肉の繊維一本一本、細胞の一つ一つに染み込ませるのじゃ!」」



既に俺の身体は神気に順応している。

しかし、この状態で飛んでも、目標の6分の1にも満たない。


何かヒントが有るはずだ。この難題を乗り越えるヒントが...


「!!」


神気を吸収できるのならば、排出する事も可能なのでは。と一案が浮かぶ。


やってみるしかない。

直感でも、勘でもいい、理屈なんて知らん。



俺は月光を見据え助走をつける。



神気を一気に体外に放出し、飛び上がる。


建御雷神が神気が勢いよく噴出している俺の身体をみて呟く。

「"天の境地"に入ったのか...あの者が....!?」



神気が体内から急激に排出されるとき、身体中の筋肉が軽くなった。

同時に、己の身体を支配できた。

100%、自身の能力を引き出せたと実感した。



「うぉおぉ!!」

月に向かって吠える。



あと、5メートル。



そして、今、頂点に達した。


地面が遠い。 

蒸気となった神気が俺の身体を包む。


跳躍力が0になり、重力に身を任せ落下する。


数秒の後、地面に着地する。



「はぁ! はぁ!」


頭が沸騰しそうだ。

肺と心臓が破ける.....身体中の筋肉の繊維が音を立てて千切れそうになる。


白玉様は俺に言う。

「よく飛べた!」

「やはり神々の采配に狂いはなかったのじゃ!!」


建御雷神は頭を抑えながら唸るように言う。

「し、信じられん....」


朦朧とする意識の中、猫神が瞼を覗き込む。

「神気開放。」

「先程お前が見せた技じゃ。」


力が籠もらない。

息が出来ない。


雑草を掻き分ける足音が聞こえる。



「その者を頼む。」

建御雷神は足音の主にそう伝えた。


「三日後。また来い」


白玉様が優しい口調で言う。

「暫し眠っておるのじゃ。」



何者かの冷たい手が額に当たったのを最後に俺は深い眠りへと落ちていった。

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