第7話 死の決意

大きく息を吸う。


身体の中に神気が入ってくる。


「今じゃ。飛べ!」


白玉様の号令に合わせ、宙に身を投げる。


脚全体をバネのように使う。


.......2.5メートル。

これが今の俺の限界だ。


建御雷神たけみかづちのかみとの約束の日まであと2週間。


「この3ヶ月で身体能力向上並びに神気の会得までは出来た。」


「しかし、基礎中の基礎が出来ただけじゃ。」


「お前はまだ人間止まりじゃ。」


項垂れる俺に彼女は厳しい言葉をかける。


彼女も焦っている。期日が刻一刻と近づく中、時間の流れに背を向け、俺の成長は止まってしまった。


「わかっていますよ!!」

「俺の身体のことは.......げ、限界をわかっていますよ!!!」



ここに来るまでに様々な神のサポートを得てきた。

服の天棚機姫あめたなばたひのかみ。 食の大宜都比売命おおげつひめのみこと。 

そして、錬の白玉様。


3神の期待に反し、俺は.......



「俺は、俺は! 何も達成出来ていない!」


「学。」


彼女の声が聞こえなかった。


「気持ちとは裏腹に身体がついてこない!」

「次は行ける。出来ると思っても!」

「何をしてもダメだった.......!」


「俺はもう終わりだ....。」

「もう死ぬんだ..... 。」


突如、頬に鋭い傷みが走る。

彼女に引っ掻かれたのだ。


「痛いじゃろ?」

「お前はまだ生きている。」

「無意識に心の臓を動かし、息をする。」


「学。生きている何よりの証拠じゃ。」


彼女は青い瞳で俺に言う。

「お前は死ぬと決まった訳ではない。」


「己に課せられた使命を果たせ」



不意に最近仲良くなったある女性の言葉が思い浮かぶ。


「どんなに苦しい時でも、悲しい時でも、心や想いの火を絶やしてはいけません。」

「前に進み続けるしかないのです。」



拳を握り彼女に言う。


「あと、2週間! 俺は前に進み続けます!!」


白玉様は太陽の日差しを浴びながら微笑んだ。






11月某日。

俺は与えられた部屋で横になっている。

空を覆う闇が深くなるにつれ、心臓の音が大きくなる。


飛べない。あの日から2週間必死にやってきたが、無理だった。



部屋に佐久山郎女さくやのいらつめが入って来た。


紙と筆をもち今日も授業が始まる。


人間、異国の地で3ヶ月もいると、現地の言葉を理解し、話せると言うのは本当らしく俺も上代日本語を話せる様になっていた。




佐久山さくやさん。こんにちは。」


「こんにちは。」


彼女は問いかける。


「今日は、何処にも行っていないんですね。」


「....はい、まぁ。」


「今日は何をお話ししましょうか?」


彼女は俺に微笑み話しかける。


「何でもいいですよ。」


俺がそう答えると彼女は目を輝かせ言う。


「じゃあ、貴方が住んでいた国について教えて下さい!」


白玉様は俺を見つめる。 


「いいですよ。」


そう言うと俺は話し始める。 

未来から来たことは伏せて。




佐久山は笑いながら世間話を続けている。


誰かと話すのも最後。 息をすることも、風を感じる事も最後。


そう思うと、無償に誰かに、俺の存在を認知して欲しいと思えた。


「佐久山郎女さん………聞いてくれる?」


俺はそう言うと、天井の木目を見ながら、現代日本語で話し始めた。




「俺はこの時代の人間じゃあ、ないんだよ。 今からざっと1500年先の日本人。 君の孫の孫のずっーーと先の孫の世代の人間。」


彼女は、急に話し始めた俺を不可解だと見てくる。


「でさ、この時代に来たのは、神様を倒せって命令。 あり得ないよな。神様を倒すなんて。」


俺は少し笑いながら、続ける。


「でも、神様と戦う前のスタートラインにさえ俺は立てなかった。 今日殺されるんだ。」


涙が出てきた。

嗚咽に混じった声を上げる。


「殺されるなんて嫌だよ。もっと生きていたいよ......!」

「歴史改変を止めて、あるべき世界に戻りたいよ.....!!」



俺は己の非力さ、無力さに憤り、拳を床に叩きつける。


「こんなことってあるのかよ!」

「この3ヶ月必死に努力してきたんだぞ!?」

「そりゃあ、不満もあった。」

「でも、それでも! 必死にやってきたんだ!」


白玉様は終始無言だった。


「でも、せめて……」


俺はそう言いながら座り直し、佐久山を見る。


最後に生への未練、執着を断ち切りたい。

彼女に向けて言う。

言葉が通じなくてもいい。


「せめて、君にだけは、俺が生きていたことを覚えておいてほしい。」


「俺がこの時代にいたこと。」


「読み書きの生徒が俺だったこと。」


「ここに来て、初めて仲良くしてくれたこと。」




「それらを含めて。俺が居たことを。存在を。忘れないで欲しい。」




部屋に俺の荒い呼吸音だけがこだまする。


「....貴方が何を仰っているのか、私にはわかりません。」


「でも、私は貴方の事を........。」



薄く紅を塗っている彼女の唇が震える。


「それ以上は駄目だ....。この時代、世界に未練が残ってしまう。」





俺は歩き出す。

天香久山に向けて一歩づつ。着実に。


後ろから佐久夜の泣き声が聞こえる。


涙を堪え、走る。


風の音でも、鈴虫の羽音でも何でもいい。

耳を塞いでほしい。



俺の中で、死の決意が揺らいだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る