第5話 建御雷神の試練
天香久山。 それは古来より人々に信仰されてきた霊峰だ。
神話や、万葉集にもその名が詠まれ、如何に人々と密接に有ったのかを物語る。
俺は猫神様と月明かりが照らす夜道を歩いている。
「猫神様.....明日から俺、何処で寝泊まりすればいいのですか?」
「牢屋勝手に抜け出してしまったし.....これ帰ったら本当に斬首されてしまいそうですよ.....」
神は前を向きながら一言。
「何とかなる。」
「それよりも、何だその"猫神様"とは?」
俺は即答する。
「だって名前知らないですもん。」
名前か....と神は呟く。
長い時間が経過した後、神は言う。
「そうじゃな。
俺は思わず笑ってしまう。 真剣に考えていたのに、食べ物の名前が出てきたからだ。
「ぷっ………ははは。白玉様ですか。可愛いですね。」
「笑うな! 貴様、女子に対して失礼だぞ!それも神になど無礼千万! 万死に値する!」
その発言を聞き俺は仰天する。
「えぇ!猫神……じゃなくて、白玉様、女性だったんですか!?」
「そうだ。 気づかなんだか、阿呆が。」
彼女は咳払いを一つ付き、話題を変える。
「お前をこの時代に飛ばしたのには理由がある。」
「気付いておるだろうが、変異はこの後より先に起こっている。」
尻尾を左右に揺らしながらトコトコ歩く神の言葉に同調する。
「やっぱりそうですよね。」
「と、なると学。お前の目的は明確なものとなる。」
「?」
白い猫神は笑い混じりに言う。
「神と闘う。その為の修行じゃな。」
月の白い光で小高い山の輪郭が鮮明になる。
「見えてきたぞ。 天香久山じゃ。」
山の中に入り、10分程歩くと木々に囲まれた不思議な空間へと出た。
「白玉様.....此処は一体.....」
「お前に修行をつける神が坐す空間だ。」
「名を
背後から突風が吹いてくる。
木の葉や小石が身体を掠め、血が滲む。
「私が建御雷神だ。」
風上からそう聞こえ、振り向く。
背丈があり、雄々しい姿をしている。発する声には太鼓の様に胸の奥に響いてくる。
「神様.......」
彼の威圧に負けてしまい、身体が動かない。
男神は俺を一瞥したあと、隣にいる白玉様に言う
「この人の子が本当に選ばれたのか? 覚悟を感じないぞ?」
白玉様は欠伸をし、言う。
「覚悟は少々欠けているが、
そして、俺の方を見る。
「学よ。お前にはこれから私の元で鍛錬をしてもらう。あの邪神に対抗するためだ。」
「よ、よろしくお願いします!」
彼は目を閉じ告げる、
「お前には私を超えて貰わねばならない。」
「超えるって
建御雷神はそうだ。と頷く。
俺はこの時代に来る前から思っていたことを言う。
「ずっと、思っていたんですけど……その…神様達が戦った方が良くないですか? 人間の俺より全然貴神の方が強いだろうし。一刻を争う状況なんですよね?
俺の発言を聞き白玉様が言う。
「お前が戦う悪神は元は、
「じゃあ、その天照大御神様に説得してもらったり、彼女が無理なら、他の兄弟にして貰うってのは……」
白玉様はやれやれと言い、話す。
「神では無理だった。それだけのことだ。」
「いや、それだけって………」
「見ていられなんだ。」
俺が話している最中に建御雷神は口を挟み、怒りを露わにする。
「御託はそこまでだ。人の子、学よ。貴様は自分に与えられた責務をこなせ。」
「人が触れてはいけぬ神々の事情があるのだ。」
圧倒的なオーラを前に俺は口をつぐむ。
「学。貴様にはこの"大木"を飛び越られる身体能力を3ヶ月で身につけて貰う。」
建御雷神が片手で叩いている木に目をやる。
「………無理でしょ!!!」
その木は軽く見積もっても10mは遥かに越える高さだった。
「普通の人間には無理ですって! アスリートでも、絶対……」
話している途中、彼に目をやり俺は沈黙した。
男神は腰に吊り下げている刀を抜き、顔を怒りで歪め、俺を睨みつけている。
「ほう……出来ぬのか……! ならば斬って捨てる………!!」
「…………!! な、何故!?」
「序の序であるこの試練を出来ぬようでは、到底あの邪神に勝つことなど不可能!」
建御雷神はそのまま俺に歩み寄り、続ける。
「出来ぬ時点で貴様に割いている時間が勿体ない。早急に代わりの人の子を選ばねばならぬ。」
そして、目と鼻の先まで来、刃を俺の首筋に当て叫ぶ。
「今、不平不満があるのならば!!!」
「ここで貴様の命の灯火を我が刃で断たせる!!」
その気迫に押され一歩後ろに下がるが、向こうも合わせて前に出る。
「やるしかなかろう。」
地面から白玉様の声が聞こえた。
「………や、やります! 飛び越えてみせます!!」
男神は俺の頭に手を乗せ、少し微笑む。
「その覚悟だ。 決して忘れるな。」
「はい!」
「3ヶ月後、お前を殺すことがないことを楽しみにしておる。」
そう言うと建御雷神は、ふっと消えてしまった。
先程のやり取りが相当堪えていたのか、俺は力なく地面に座り込む。
「そんな、3ヶ月であの木を飛び越えられるのか?」
独り言を呟くと白玉様が告げる。
「仕方ない。 面倒を見よう。明日から始めるぞ。」
一人の人間と、猫神が居るこの空間は静寂の夜の暗闇に溶けていった。
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