第4話 古の都

白砂に水滴が落ち、砂が滲む。



腕は後ろで括られ、両足も固定されている。


何者かに頭を押さえつけられ、強制的に座らされている。



ここは何処だ? 猫神様は? あれから一体何時間...いや、何日経った? 俺の荷物.....。服装も変わっている!?



様々な疑問符が脳内を飛び交う。 


「くっ!」



髪を引っ張られ、顔が上がる。



宮殿? 眼前に広がるのは、木造の立派な宮殿だった。 



俺は本当に来てしまったのか? 


飛鳥時代に....。





隋代の服装をした男が耳元にやってきて、言葉を話す。



何を言っているのか全くわからない。



続いて、同年代の朝鮮式な服装の男が、同じく話す。



「わ、わかるわけないだろ....」


俺は小さく呟く。



背中に衝撃が走る。 革製の鞭を打たれた。


「っう!」


勝手に話すな、と言うことか。



二人は俺が古代中国、朝鮮語を話せないと悟り何処かに消えた。





宮殿内に目をやると、若輩な男と、年増な女性が口論をしていた。




女性は俺を一瞥して、男に何かを訴えかけている。



一方で、男は頭を悩ませているようだ。



俺の後ろに居た男は、宮内にいる青年の元へ向かう。



「どうなっているんだ...」



起きたら此処にいて、身体を拘束され、本当にわからない。 全てが。



刀を腰に差している男は俺の元へと帰ってくると、俺の頭を地面に押さえつける。




額から血が滲む。 砂が口に入ってくる。




後ろから刀を抜く独特の金属音が耳を刺す。



戦慄する。 



これは斬首の姿勢ではないか。 殺されるのか、こんな所で。


俺は恐怖の余り震え、体をよじる。



が、違う男に抑えられ、動けなくなる。




「ち、ちょっと待ってくれ!!!」




あらん限りの声を上げた。 


周りのざわめきが伝わる。 何処の国の言語でもない言葉を俺が叫んだからだ。 




俺は気にせず続ける。 


伝わる可能性など皆無に等しいが、それでも続ける。


「こんなのあんまりだ! こんなのって.....!!」





ふと、後方から、凛とした鈴の音が聞こえた。 心地よい風が辺りに吹く。




男二人は、俺の横にいる誰かに膝まづいている。




顔をあげ、斜め右を見上げる。




白い唐服を着た若く美しい女性だった。 額に花鈿かでんを差し、髪からは金色の小さな冠が顔を覗かせている。




彼女は俺を見る。 無表情だった。 




彼女の透き通った眼に、俺の顔が映る。




薄い口紅を挿した小さな口が開く。


「............」




彼女が話す瞬間、空間が"無"になった。

しかし、何も聞き取れなかった。


「な、何を言って.....」




彼女が、俺の眉間に指を置いた。


瞬間、頭が地面に吸い込まれた。

「っあ!」


力が出ない。


身体が地面につく。


武人に引かれる綱の感触がやけに重かった。




彼女の足音が段々宮殿の方へ向かって行く。




数分後、俺の身体は持ち上げられ、何処かに持っていかれる。


視界の隅に、先程の女性が視えた。

彼女の視線は俺を見ているはずだが、何故か視線が交差する事はなかった。





連れて行かれた先は牢屋だった。


看守であろう者が飯を持ってくる。


麦飯に少量の塩。


彼は俺に喰えと言わんばかりに首で合図する。


手を合わせ、食べ始める。

「い、頂きます....」


彼は俺をずっと見ている。


「生きてる気がしない....」



なんとか食べ終えた俺は彼に食器を渡す。


俺に何か言って来たが、如何いかんせん上代日本語なんて分かる訳がない。



一人きりになった後、状況整理の為、土の地面に文字を書く。


「今は、西暦何年だ? あの男は、厩戸皇子うまやどのおうじ...かも知れない。 と、仮定すると、横にいた女性ひと推古すいこ天皇!?」


頬を思い切りつねり、離す。


「痛てぇ.......マジかよ。夢なんかじゃあないのか。」


驚きと興奮が入り交じる。




そして、俺はこの牢屋で一ヶ月過ごした。


この間に判明した事がある。


今、俺が収監されているこの牢屋は都、板蓋宮いたぶきのみやにある地下牢だ。



歴史改変上もっとも重要となる事項の一つである"年代"について知ることが出来た。


今は西暦593年。 正式な年号はまだない。

歴史的に云うと、推古天皇の即位年であり、厩戸皇子が聖徳太子として摂政を務め始めた年だ。



「西暦593年の今日までの日本史に異常はない。」

「んでも、他の国の動向が気になる....。」


歴史は単一の国で織りなされる物ではない。隣国やその隣国など、様々な国と地域、人に文化が混じり合う事で創られてきた。


「特に隣国が.........」


一人で、頭を悩ます。 


俺一人が疑問を抱えても意味がない。


歴史が変わるのならば、行動しなければ。


猫神様でも居たら現状は変わるのだろうか。




「一人で、何を話しておる?」

「気持ち悪いのぅ」


顔を上げる。


「猫神様.......」


「久しいな学。 一ヶ月ぶりの再会じゃな」


木製の檻を潜り抜けて、俺の目の前に神は座った。


そして、告げる

「今から発つぞ。」


「何処に!?」


天香久山あまのかぐやまじゃ。」



この時の俺はまだ知らなかった。

歴史改変の本当の意味を。

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