災厄の塔 浄化完了

 ビョルンの身体が、壊れた人形のように倒れ込む。


 リュボフが、ビョルンを抱きかかえた。


「あれ、オイラどうしちまったんだ?」

「あああ、ビョルン!」


 正気に戻ったビョルンを確認して、リュボフは彼を抱き寄せる。


「ちょっと、みんな見ているぜ。遠慮しておくれよ」


 困り顔でビョルンはリュボフに言う。


 だが、リュボフはまったく離れようとしない。


「まったく、どうなっちまったんだ? オイラてっきり死んじまったと思ったんだが?」


 ビョルンが、肩をすくめる。


 リュボフはとても、話ができる状態ではない。


 代わりに、俺が説明をした。


「そっか。俺のオヤジって、神様だったのか」


 今日の夕飯に好きなものが出なかったかのようなリアクションを、ビョルンが見せる。


「身寄りがないから、てっきり捨て子かと思ったぜ」


 天涯孤独の彼にとって、肉親の存在とはさして問題ではないらしい。


「でもさ、リュボフを無事に助けてくれたなら、酒の一杯でもおごってやらんでもねえな」


 ビョルンにとっては、新しい家族のほうが大事なようで。


「ありがとうよ、ランバート」

「俺はなにも。当たり前のことをしたまでだ」


 ジュエルで人が救えるなら、それに越したことはない。


 本来フィーンドジュエルとは、そういうために作られたはずだ。


 サピィが作ったものなら、なおさら。


「礼を言うなら、サピィだな。ありがとうサピィ。おかげで仲間を救えた」

「いいえ。ビョルンを救えたのは、あなたの力です」

「俺が? まさか


 そんな力が、俺にあるとは思えない。【リザレクション】だって、【サムライ】の俺より【聖女】のリュボフの方が高レベルだ。


「あなたは、新しいジュエルを自力で作り出す力があるようですね」

「新しいジュエルを、生み出す?」

「はい。あなたが作り出したジュエルを、わたしたちは作った覚えがありません。父である先代落涙公・ギヤマンでさえ教わっていませんよ」

「ならば、俺にはジュエルを作り出す能力が備わっていると?」

「具体的な製法などは、わかりません」


 が、少なくともジュエルがあなたの魔力かスキル【秘宝殺しレア・ブレイク】に関連している可能性は高いらしい。


 ルエ・ゾンに調べてもらうか。


「さあ、帰ろう」

「ああ。それなんだがな。オイラたちは残る」


 ビョルンは、リュボフの肩を抱き寄せた。


「そうか」


 今ビョルンたちが離れたら、塔の管理者がいなくなってしまう。


「リュボフは、それでいいのか。オレサマが管理者を引き継いでも構わないが」

「あんたの力じゃ、マイナスに作用してしまうわ。モンスターだらけになっちゃう」


 やはり、ダークエルフと聖女では、塔の内部に漂う魔力の構造が変わるらしい。


「というわけでエトムント、あんたの妹と結婚させてくれ」


 リュボフの兄であるエトムントの前に、ビョルンがひざまずいた。


「あたしからも、お願い」


 恋人であるリュボフも、兄の前に。


「二人共、頭を上げてくれ。まずは塔の浄化から先だ。それからは、好きにしていい」


 兄から正式に許可が降りて、ビョルンとリュボフが手を取り合う。


「浄化の秘術だが、ビョルンにも手伝ってもらおう」

「オイラが? オイラには、聖女サマみたいな力はないぜ」

「お前さんにはな。だが」


 ルエ・ゾンは、ビョルンの心臓に指を当てる。


「新たに心臓を動かしているそのジュエルがあれば、可能だ」


 そうか、あのジュエルの性能は、【修復】だ。


 ならば、塔の修復だって可能だろう。


「わかった。行くぜリュボフ」

「ええ」


 ビョルンたちは塔の中心部、ペトロネラが陣取っていた台座に向かった。


 そこには、塔の各階層にあった大きな宝珠が。


 二人が宝珠に触れる。


「……災厄の塔よ。今一度、役割を果たせ」


 リュボフが、塔に呼びかけた。


 宝珠に、光が戻っていく。


 堕天使の瘴気に汚染されていた魔物たちが、自然界の力を得て活性化していった。


「これで、塔は正常に戻ったわ」


 だが、これでビョルンとはお別れである。

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