堕天使、消滅

「まさか、神!? 我が主!?」


 ペトロネラが、サピィとの戦いを二の次にして、神となったビョルンにひざまずいた。


「貴様に、主呼ばわりされる覚えはない」


 神の意識が乗り移ったビョルンが、冷たく言い放つ。


 その言葉さえ快感だったのか、ペトロネラは恍惚の表情を浮かべた。


「サピィ、今のうちに!」


 俺は、サピィをこちらに呼ぶ。


 戦いを止めたサピィが、こちらに駆けつけてきた。


「ケガは?」

「ありません」


 見たところ、どこにも傷を負っているようには見えない。


「ランバート、これはいったい?」


 戦闘中だったため、サピィは状況を飲み込めずにいるようである。


「死にかけのビョルンに、俺がジュエルを与えた。そしたら、神がビョルンに乗り移ったようなんだ」


 自分でも、何を言っているのかわからない。


 眼の前の光景が事実だとしか、言うことができなかった。


 とにかく、ビョルンの身体を借りて神が降臨したことは事実だろう。


「こうして神と、またお話できる機会をいただけるとは」

「それも今日が最後だ。お前は今日、私の手によって消滅する」

「なぜ!? 私は神のために、人間を根絶やしにする計略を立ててましたのに! 私より、愚かな人間のほうに味方をするとでも!?」

「すべての人間が、愚かなわけではない。貴様たちのような狭小な心根を持つ者たちこそ、我は排除すべきと決断した」


 神の言葉を聞きながら、ペトロネラはワナワナと震えだす。額には青い筋が立ち、怒りを隠しきれていない。


「バカな! それが神の決断!? 堕天使は神の教えに背いたとでも!? ふざけるな! 我らこそ、神のご意思を受け継いでいる唯一の存在! 人をこの世から消し去って浄化することは、我々からすれば、神への愛情表現!」


 完全に、病んだ女の発想だった。嫉妬で狂うと、ここまでになるのか。


 俺は、状況を見ていることしかできない。


「愚かな。そこまで墜ちたか堕天使ども」

「うるさい! 偽物め! 神がそんなこと言うわけがない。神は絶対に、私を褒めてくださる。間違っているのは人類の方だと、きっとわかってくださっているのだ!」

「その邪な思想とともに消えよ! ペトロネラ!」


 ビョルンが、ペトロネラに向けて手をかざした。手から、光を放つ。


「がああああああああ!?」

神の一撃を喰らい、ペトロネラの羽根が崩れだす。


 魔王の冠を持つサピィですら、堕天使の首魁にはまともにダメージを与えられなかった。どれだけ傷を与えても、再生してしまう。


 だが、ビョルンの攻撃はその再生機能を破壊しているのだ。


「これは間違いなく、神の一撃! 物理法則さえ歪ませる、防御不能の攻撃ぃ!」


 さしものペトロネラも、ようやく何を相手にしているのかわかったらしい。


「神よ。なぜえええええ!」


 最期まで神の真意をとらえることができず、ペトロネラは灰となった。


 同時に、彼女に従っていた堕天使たちもボトボトと地面へと落下していく。


「なんだ?」

「エネルギー供給源であるペトロネラが死んだことで、堕天使たちもパワーを失ったのよ」


 もう、現世に自身を形作ることさえできないらしい。


 すべてが終わり、ビョルンがこちらに振り返る。


「人の子よ。こたびの働き、大儀であった」

「いや。俺はなにもしていない。すべてはみんなががんばったおかげだ。それに、最後はあんたが片付けてしまったからな」


 俺が謙遜すると、神は首を振った。


「それは違う。お前がすべてを導いたのだ。こやつは私からすれば、数多に振りまいた種の一粒。しかし、お前たちとの出会いが奇跡を生んだ」


 神というのは有事の際に備えて、自分の種を現世に大量に残すという。一度に大量の命を残すため、一つ一つの命になど関心を示さない。魚と同じ発想だ。


 だがビョルンは、その身を犠牲にしてまで世界を救おうとした。その姿勢に心を動かされ、神は俺たちに手を貸すことを決めた。一時的だが。


「人の子よ。息子の命を救ってくれたこと、本当に礼を言う。ではこの姿、息子に返そう。さらばだ」

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