最後の賭け

「ビョルン!?」

「ランバート! ビョルンが、ビョルンが!」


 俺が駆けつけると、ビョルンは虫の息になっていた。リュボフの腕の中で、血の気が失せていく。


「血が止まらないの!」

「任せろ。俺だってウィザードだ。回復魔法くらい」


 回復魔法で、傷口を塞ぐのを試す。しかし、傷口が深すぎてまったく回復しない。


 サピィはペトロネラを抑え込むのに忙しく、とてもビョルンの容態を見られなかった。彼女の目は、怒りに震えている。一撃一撃が、必殺の威力を持っていた。


 ペトロネラも同様である。本格的に、俺たちを殺しに来ていた。


「へへ。ざまあねえな」


 ビョルンは、霞んだ目で恋人のリュボフを見る。


「もうしゃべっちゃダメ。今は身体を休めて。でないと……」

「いや。オイラはもうダメだ。自分の身体は、自分が一番よくわかるよ」


 ビョルンは、自分で勝手に決断してしまっていた。もう死ぬのだと。


「いやよビョルン! なにか手があるはずよ! 奇跡の一手が」

「ムダさ。リザレクションもかけてくれたろ? でも効いていない。オイラは、組成できないのさ」

「行ってはダメよ、ビョルン! 気をしっかり持って!」


 リュボフが必死に言葉を投げかけた。


 しかし、ビョルンは言葉に応じない。目を閉じて、自分の死期を受け入れていた。


 なにか手はないか? この状況を乗り越える、最大の手が。


 犠牲者を出して、塔の攻略は終わるのか?


 せっかく、二人は恋人同士になれるというのに。


 リザレクションさえ、通じないと言っていた。それだけ、危険な状態だというわけだ。だったら、方法は。


 ……あった。


「ビョルン。まだ、助かる」


 俺が声をかけると、ビョルンの目に光が一瞬戻る。しかし、すぐに首を振った。


「ムリだって。オイラはお迎えがきたんだよ」

「いや、大丈夫だ。そのために、これがある」


 ベルトから、俺はジュエルを取り外す。トルマリンだ。


「これは、さっきブラックドラゴンから手に入れたジュエルだ。こいつを使う」


 ダフネちゃんでさえ、詳しい使い方はわからなかったらしい。


 でも、今なら俺にはわかる。きっと、このときのためだったんだ。


「いいの? 大事なジュエルなのでしょう?」

「こんな大事なことはないさ。仲間が死にかかっているんだ。ジュエルを惜しんでなんか、いられるか」


 ジュエルで人の命が助かるなら、どんなにこのジュエルがレアだろうと喜んで差し出そう。


 フィーンド・ジュエルよ。手に入れたばっかりで悪いが、仲間の命を救ってくれ。俺に力を貸せ!


「俺に、その力を示せ! もう一度いくぞ。リュボフ!」

「ええ。ランバート。【リザレクション】!」


 俺とリュボフは、もう一度蘇生魔法を試す。


 最初はうまくいかなかったらしい。しかし、今ならいける気がした。


 ブラックドラゴンから手に入れたトルマリンのジュエルが、発光する。


 サピィとペトロネラも、何事かと攻撃の手を止めた。


 それくらいの偉大なる光が、ビョルンを包む。


 宙に浮いたまま、ビョルンが直立した。その目が、光っている。


 それよりも、ビョルンの背中から、羽が生えてきた。空を覆い尽くすほど、翼が伸びてくる。


 これはなんだ? ビョルンは、天使だとでも言うのか?


 いや、違う。天使はこんなに神々しくは光らない。神秘的とはいえ、ここまでの威圧感はなかった。



 これは……まさか!



「なんだ、なんの光が……あああああああ!?」


 ペトロネラが、見たこともない恐怖に怯えた顔をして、後ずさる。


 だが、光が触手のように伸びて、ペトロネラの肉体を切断した。


「ぎゃあああああああ!?」

「ペトロネラよ。我が息子を消そうとした罪、許せぬ」


 なんだこいつは? ビョルンなのか?


「まさか、神?」


 リュボフが、聖女であるリュボフだけが、正解にたどり着いたようだ。


 おそらくビョルンは、神の子どもだったのだ。


 今、親である神がビョルンの身体を借りて降臨しているのだろう。

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