かつての敵の技

 武装をすべて捨てて、俺は刀を握る。


 俺を守るものは、普段着の服装と、手にある黒曜顎コクヨウガクだけ。ヨロイは解除した。手袋にもブーツにも、魔力的な加護は施されていない。すべて、コナツの家で買った普通の品である。


 さらに俺は、黒曜顎を鞘へしまう。


 これでなければ、ならない。


 何かに守ってもらっている状態では、ラムブレヒトの動きは捉えられないのだ。


 なにより、「コイツは本音を語っていない」のだから。


 集中しろ、ランバート・ペイジ。全身の魔力を研ぎ澄まし、眼前の敵を屠れ。


 この男を相手に、時間を取られすぎだ。


 なぜ、ラムブレヒトの言葉に耳を傾けてしまった?


 考えるべきことは、他にあったのに。すべては、矛盾だらけの会話だった。


 答えを出すには、早期決着するしかない。


「自らのアイデンティティすら失ったか、秘宝殺しレア・ブレイク!」


 堕天使が、大げさに両腕を広げた。


「よかろう。わが黒き翼の羽ばたきをもって、天に召すがよい!」


 黒い羽根の数々が、俺に殺到してくる。


 光線、ブーメラン、実弾。すべてが、俺だけを狙う。


 敵に囲まれたときに、どのように対策するべきか。


 それは、かつての敵が教えてくれた!


 一筋の光線が、オレの頬をわずかに焼く。


「おおおおらあああああ!」


 すべての攻撃が俺に触れる寸前、俺は抜刀した。


「なにいいい!?」


 真円を描いた刀は、ブーメランこそ破壊する。だが、何かを斬るためだけに放ったわけではない。光線や実弾を弾いて、翼型兵器を撃ち落としていく。すべて一瞬の出来事だ。


【真円の舞】という技である。本来、女性のサムライが護身用に使っていたらしい。相手集団が懐に入った瞬間、隠し持っていた刀で胴を払う。もしくは、相手を油断させて一網打尽にするための。


 これは、女サムライ「ジェンマ・ダミアーニ」が使っていた技である。


 かつて俺の敵で、サピィの亡き友人だった女性の。


 今、俺の腕の中でジェンマは蘇った。 


「バカな。オレの翼が。最強の自立兵器が、魔力加護をまったく受けていない相手に撃ち落とされるとは」


 武器をすべて失い、ラムブレヒトが呆然とする。


 俺だって、無傷ではない。頬は切れ、身体中も切り傷だらけだ。


 しかし、そこまでする価値はあった。


「お前の負けだ、ラムブレヒト。これ以上は、勝負にならんぞ」


 ラムブレヒトの額に、青筋が走る。大剣を掴み直し、構えた。


「オレを侮辱するか。最強の堕天使であるオレを!」

「お前の敗因は、そのプライドだ。お前は自分が強いと自信がありすぎて、人から吸収するすべをおろそかにした」

「人から学ぶことなど、なにもない」


 やはりな。部下が外へ出ていくわけだ。安全な領域から出ようとしないのだから。


「お前は、半分は人間だ。いつでも外に出られた。なのに」

「すべてが完全に完了すれば、オレもいずれは」

「そのチャンスは、今しかなかったんだ。お前は俺に倒される」

「やってみろ!」


 突進してきたラムブレヒトが、剣を振り上げてくる。


「オレは貴様とは違うぞ、秘宝殺しレア・ブレイク! 青空のもとでヌクヌクと過ごしていたお前と、この過酷な環境の中で鍛えに鍛えぬいたオレとではな!」


 あくまでも、塔内部で準備を続けていた自分のほうが強いと、ラムブレヒトは語った。


 最低限の動きで、剣をかわす。


 勢い余って、ラムブレヒトの剣が壁を切り裂く。


 一瞬で、壁が再生する。


「希望の青空を見ることもなく、お前は死ぬ。絶望の曇り空を受け入れる覚悟のない者に、光は差し込んでこない」

「黙れ!」


 急に、ラムブレヒトの太刀筋が弱く見えた。動きがスローすぎて、次の攻撃が読める。


「お前には、わかるまい! この塔の恐ろしさを! 凶悪なモンスター。我を忘れたハンター。それらすべてを相手にして、オレは今日まで生き延びてきた! ここは神の領域にもっとも近い場所!」

「とても、出て行きたがっている人間のセリフではないな」

「やかましい!」


 ラムブレヒトは黒い大剣を、叩きつけるように振り下ろす。


 黒曜顎でも、あっさりと受け流せた。


 相手が、唖然とした顔になる。


「さっきの翼のほうが、よっぽど厄介だったぞ」


 俺は、ラムブレヒトのヨロイを突きで貫く。


「き、貴様、まさか」

「ああ。いつでも殺せたよ」


 ラムブレヒトが、膝をついた。手から、大剣がこぼれる。


 あれだけ恐ろしいと思っていた相手が、こうもあっさりと。


「なぜだ。なぜ貴様は、そんな急速にレベルアップを」

「知らん。それより話してもらおう。お前の本当の目的を」

 俺が尋ねると、ラムブレヒトは恨めしそうに俺を睨む。


 やはりだ。何かを隠している。


「どうして、俺だけを足止めした? お目たちの狙いはなんだ?」

「そこまで想像できれば、もう答えは出ている」


 ラムブレヒトは結局、重要なことを何も言わずに事切れた。


 情報を聞き出すため、俺はラムブレヒトを揺さぶる。


 しかし、彼は灰となり、ジュエルだけが残った。コイツもモンスター扱いだったのか。俺の手に残ったのは、オレンジ色のジュエルだけ。


「聖女以外で何があると……まさか!」


 しまった。ヤツらの目的は、サピィだ!

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