四層の敵は、一人
「なにもないぞ」
満を持して乗り込んだ四層は、何もない空間が広がっているだけだった。一面、真っ白い壁しかない。
「モンスターどころか、ひとっこ一人いないじゃん」
のんきに、ビョルンが手を頭の後ろに組む。
リュボフをガードする兵たちが、銃で周囲を警戒する。
「クリア」
「はい。異常なし」
「こっちもクリア。どうなってんだ?」
兵たちが、苛立つ。銃を収めたくても、しまえない。なにもないのに、それすらワナに感じてしまう。
俺たちも同じような状態だった。
あと二層しかないというのに、一層まるごと無人にするとは。三層には、あれだけの配下を率いていたのに。
「くそ、出てこい、魔物ども!」
ヤケになったルーオンが、わめきちらす。
しかし、壁に反響して声が返ってくるのみ。なにひとつ、反応がなかった。
「オレが相手だ、バケモノ! 堕天使だろうがモンスターだろうが、オレサマがやっつけて――」
「挑発しないの! そんなことしたって、敵がノコノコ現れるはずないよ」
「チッ! なんだってんだ」
コネーホになだめられて、ルーオンが剣を納める。
「どうなっているのでしょう? 魔物の気配はおろか、魔力の残滓すらありませんでした」
サピィも、配下であるスライムを一斉に放った。しかし、異常はないという。
「妙ね。四層は、特に強いモンスターがいるはずなのだけれど?」
「我々が、倒し尽くしたのでしょうか?」
兵の一人が尋ねてくると、リュボフは首を振る。
「それがおかしいのよ。四層には、
「では、五層に行ったとか?」
俺が聞くと、可能性はあるとリュボフは言う。
「ありえるわね。今や五層は、堕天使ペトロネラそのものだから」
「五層が、堕天使だと?」
「ええ。彼女は、塔と同一化しているの。いずれ塔を支配するために」
この塔や、ここに住むモンスターに自分の力を与えて、支配者にしてしまった。いずれは塔を破壊して、この世界に干渉を始めるらしい。その前準備として、リュボフを殺すつもりなのだ。
「その代わり、この塔から出られなくなったけどね」
だから、依代をつかわせたのか。
今まで壊してきたオーブも、塔の支配を強める制御装置だったという。それを破壊したため、ペトロネラの塔を支配する力が弱まっている。
「けど、今までの休養期間で、彼女の力もある程度は戻ってきているはずよ。なにをしてくるか、わからないわ」
「なるほど。やはり、怖気づいたわけではないですのね。きっと五層にもワナが」
サピィは、より警戒を強めた。
「いや、その必要はない」
黒い西洋甲冑の男性が、白い壁からズズ、と姿を表す。
四層で俺たちを待っていたのは、たった一人だった。
「くっそ! よりによって親玉クラスかよ!?」
「警戒を怠るな! 囲め!」
ヒューコの兵士たちが、ラムブレヒトを取り囲む。一斉に、銃口を向けた。
しかし、ラムブレヒトはまったく構えない。これだけのエリート兵たちを、敵と認識すらしていないかのように。
「なめんじゃねえぞ! オレたちは、お前に威圧されないほどのレベルになったんだ」
「もう、お前に怯えていたときの我々ではない!」
兵隊たちが、ラムブレヒトに罵声を浴びせる。自分を鼓舞しているようにも思えた。やはり彼らには、まだ奴に対する恐れがある。
「ルーオン、お前はどうだ?」
俺は、ルーオンの状態を確認した。彼がもっとも、ラムブレヒトに強い恐怖を感じていたからだ。
「へっちゃらさ! どうってことねえよ」
ルーオンが虚勢を張る。
「足が震えてるぞー」
「うっせえ!」
トウコに茶化され、ルーオンが喚き散らす。
「下がれ。この男と話がしたい」
ラムブレヒトは、俺を指名してきた。
リュボフが、兵士を下がらせる。
「てっきり、お前は人間だから、襲ってくると思っていた」
「ああ。オレもそのつもりだった。しかし、お前の戦いを見て、考えを改めた」
「俺の?」
「お前とは、一対一で戦いたい。デーニッツや、プロイセンのように」
サピィたちも、後ろへ。
「残った者たちは、五層へ向かうがよい」
「よろしいので?」
「どのみち、あの女の暴走は止められん」
ペトロネラはこの塔を乗っ取る前に、自己が崩壊していたらしい。
「神に心酔しすぎたものの末路だ。引導を渡すなり、取り込まれるなりすればよい」
「取り込まれる、だと?」
「ああ。ここのモンスター共は、ペトロネラに吸収された」
聖女を迎え撃つため、ペトロネラは本格的に塔を食い始めたという。塔の一部を食らうことにより、さらなる力を得ようとしていたのだ。
「その結果がこれだ。自分の牙城を崩したに過ぎん。あやうく、オレも同じ目に遭うところだった」
なんという。哀れだな。
「だが、ペトロネラを倒さねば、この塔は終わりだ。しかし、オレもおとなしく死んではやらん。やりたいことをやって、戦士として死ぬ」
ラムブレヒトが、仮面を脱ぐ。
「……お前は!」
「そうだ。オレは、人と堕天使の混血だ」
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