聖女 リュボフ

 俺たちはリュボフから招かれて、客間にいる。


「使者はどうしたんだ?」

「安心して、ランバート。おみやげを渡して、返したわ。相手も、何もしてこなかった。あ、みなさんもどうぞ」


 リュボフから、包みをもらう。みんなの分もあった。


「ノームたちが好んで召し上がる、ハーブのお茶よ。お香典返しよ」


 あらためて、リュボフが礼をする。


「ヒルデ姫、みなさん。父を弔ってくださって、ありがとうございます」

「こちらこそ、お悔やみ申し上げますわ」


 ヒルデが自分の手を、リュボフの手に重ねた。


「それにしても、聖女とはな」

【聖女】とは、世界でも一人か二人しかいない、伝説のジョブである。

「長年ハンターをやっている我でさえ、実物では初めて見ましたぞ。長生きはするものですな」


 シーデーでさえ、見たことがないとは。


「あたしだって、魔王なんて始めて見たわよっ。本来聖女って、魔王を退治しに行く職業なのよ。魔王のイメージが壊れちゃうわ」


 リュボフが、腹を抱えて笑う。


「でも、サピロス・フォザーギルのような魔王なら、お友達になれそう」

「なりましたよ。わたしとあなたは、すでに友です」

「ありがとう、サピロ……サピィ」


 リュボフが、サピィを愛称で呼ぶ。


「さて、これからだけど」


 交渉までの期限は、一週間しかない。


「もちろん、打って出るわ。この期を逃す手はないと、思っています」


 リュボフは、堕天使と戦う決意を固めた。


「けれど、エトムントは参戦できないのよね」


 現在騎士団は、他のダンジョンでレベル上げに勤しんでいる。災厄の塔が、立入禁止になっているからだ。堕天使側とヒューコ側で、そういう不可侵の契約になっている。


 エトムントは、さっそく各国の首脳とリモート会議中だ。当分は、城から出られない。


「とはいえ、進撃の時期を早める必要はないと思っているわ。特にランバートの剣がない以上、ヘタに侵攻はできないわね」


 俺は塔での戦いで、武器を壊してしまった。この後、コナツのもとへ行く予定である。


「装備の見直しや調節なども兼ねて、今は一息入れましょう。長旅で疲れているだろうし」


 少しの間、俺たちは休むことにした。


 フェシリアが、ヒューコの城に残るといい出す。


「ランバート、私は少しの間、リュボフ姫とご一緒するわ」


 護衛の他に、使えそうな魔法なども教わりたいという。


「なにより、ご家族を亡くされた姫のそばにいてあげたいの」

「支えになってあげてくれ」


 俺が言うと、フェリシアはうなずいた。


「じゃあ、アタシも!」


 トウコも、こちらで白魔法の特訓を受けるらしい。代わりに、召喚を教えるそうだ。


「聖女なんて、あたしのレベルでもムリだからなー」

「レベルの他に、戒律などの修行も必要だから、普通の人にはなれないのよね」


 トウコもフェリシアも、リュボフと話し込み始める。 


「オイラは……たまに遊びによらせてもらうよ」


 ビョルンは、引き続き姫の護衛を務める。 



 ルーオンとコネーホは、メグとゼンに鍛えてもらうらしい。


「あたいらは、特に装備面で困っているわけじゃない。当分は、ルーオンに剣術を教えるさ」

「しごかれてくるよ」


 メグの鬼指導に、ルーオンはついていくという。


「吾輩は、この僧侶に白魔法使いでも使える攻撃魔法を伝授する」

「強くなって帰ってきます。きっと、お役に立ってみせますね」


 コネーホも、やる気だ。


「あたしは、どっちかっていうとダフネちゃんに用があるのよね。だから、ヒューコで装備を整えるわ」


 ミューエは、ダフネちゃんとアイテム談義に花を咲かせたいらしい。


「わかった。しばしの別れだな」



 俺たちは、アイレーナへ帰る。


 さっそく、ぶっ壊れた武器をコナツに見せた。


「うへえ、オレサマの作る刀の中でも、【イチモンジ】は最強の硬度を誇るんだぜ? それを壊して帰ってくるとは」


 刀を分解して、コナツはツバを手にする。その後、鍛冶屋に添え付けてあるPCと繋いだ。ハンターギルドにある最新型とは違って、外見には年季が入っている。が、中身は化け物級の性能らしい。


「ふーむ。キャパオーバーとは恐れ入ったぜ。このオレでさえ、見抜けなかった。見てみな」


 すすけた刀身を、コナツが俺に見せてくれた。


「お前、【ディメンション・セイバー】を撃ったとき、圧倒的なパワーに振り回されたそうじゃないか。だから、刀身が焼き切れちまったんだ」

「そんなに、俺は強くなったのか?」

「お前さんもだが、強すぎるのはジュエルの方だ。使い手の魔力を増幅させるらしいな、コイツは」


 ただ、武器の耐久力が耐えられなかったらしい。


「とはいえ、柄にお前さんの戦闘データがギュウギュウに詰まっている。これは使わせてもらう。で、だ。そろそろアイツを活用してもいい頃かなって思ってたところだ」

「まさか、黒曜顎コクヨウガクか?」


 相手の力を吸い取って攻撃力に変換する、黒曜石オブシダンでできた刀である。刀自体がフィーンドジュエルでできていて、強すぎてずっと封印していた武器だ。


「今は、ダフネちゃんが預かっているんだったな。早速行くか」


 コナツとともに、ヒューコに行くことになった。


 再び、ヒューコに到着する。まずは、ダフネちゃんの元へ。


「黒曜顎はあるかい?」

「はいです。預かっているです」


 ついさっきまで、刀を調査中だったらしい。


「見れば見るほど、うっとりするのです。あてくしも使ってみたですが、なんともかんともチンプンカンプンなのです」


 ダフネちゃんですら、この武器は制御ができないという。


「いろいろ試してみたです。護符で持ち手をグルグル巻きにしたり、他の鞘をあてがってみたり」


 見立てだと、やはり直接ジュエルに触れていることが問題らしい。なにか触媒を介すれば、魔力を大量に消耗する現象は避けられるのでは、とのことだ。


「とはいえ、どれもうまくいかないです。何もかも、規格外なのです。どう対話していいのやらです」


 しょんぼりしながら、ダフネちゃんは肩を落とす。 


「刀を見せてくれということは、なにか掴めそうなのですか?」

「それなんだが、このマガタマってのは使えないか?」


 コナツが、マガタマ型のフィーンド・ジュエルをダフネちゃんに渡す。


 ジュエルは、虎の目のように金色に輝いていた。俺が手にした時は、色までは形づいていなかったが。


「材質は? わたしは琥珀コハク、アンバーだと思うのですが」

「合っているです。これはコハクなのです」


 ダフネちゃんは、ジュエルを手にしながら「はわわー」とため息をつく。 


「すごいです。これなら、パワーを吸収されてもお釣りがくるのです」

「となれば、どうすればいい? オレも協力するが」

「では、鞘と柄を作ってくださいです。柄の方にアンバーをセットするです。あなたの腕なら、最適にマナを流せる柄を作れるのです」


 柄作りは、俺と付き合いの長いコナツに頼んだほうがいいだろう。


「よしきた」と、コナツはダフネちゃんからマガタマを返してもらった。


「あてくしは、ツバを開発中なのです」

「え、ツバを?」

「侮るなかれです。今やツバは、刀において最重要パーツなのです。刀と鞘をつなぎ、敵の攻撃を防ぐだけではありませんです。敵や自分のデータ取りにも、最適なのです」


 剣のツバには、データ集積チップが入っているらしい。車で言うドライブレコーダーのようなものなのだそうだ。そうやって集めたデータを元に、強力な武器を作るという。


 今回の戦闘で採取したデータも、【イチモンジ】のツバから手に入れたものだ。 


「龍の背骨に行く手間が、省けてしまったな」

「いやあ、龍の背骨に行けば、もっと強い鉱物が手に入る。黒曜顎を、更に強くできるぜ」


 完成が、楽しみである。


「そうだ。大事なことを聞いていない!」



 俺は再び、ヒューコのリュボフ姫の元へ。


「堕天使が聖女を狙う目的は?」


 神に関連する原因だとは思うが。


 リュボフは、ため息をつく。


「ペトロネラはね、神に対しては同担拒否なの」

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