3-5 堕天使を殴りに行きます 前編

堕天使からの要望

 ヒューコ国王の葬儀には、各国からも参列者が。


 ペールディネからは、王が代表としてやってきた。出身地としてなら、腹違いの妹フェリシアも数に含まれる。


 エルトリからも、王夫妻と大臣が。


 サドラーからはヒルデ王女が。彼女は、自分が来たかったのだろう。


 俺たちは例のごとく、護衛として参列した。ちゃんと正装して。


 サピィとルエ・ゾンも城にいるが、城内を警備するといって留守番だ。シーデーが目立つ上に、サピィが魔族であることはヒューコにも知られている。下手に動けない。


 エトムントが気を利かせて、城にまでは入れてくれたのである。


 ルエ・ゾンは一応、エトムント王子とリュボフ王妃の身内だ。しかし、妹の葬儀にも参列しなかった自分に国王を悼む資格はないと、参列を辞退した。


【災厄の塔】は大丈夫だろうか。


 そう考えていると、広場に黒い高級車が停まる。


 現れたのは、群青色っぽい喪服に身を包んだ熟年の女性だ。つばの広い帽子をかぶり、片目が隠れている。だが、人間ではないと気配でわかった。瞳が青白く、肌が病的に白い。なのに、石膏像のような美しさを放つ。美術品が、喪服を着て歩いているかのようだ。


「な……あなたは!?」


 俺の隣りにいるリュボフが、手で印を結ぼうとする。魔法発動の動作だ。


「誰だ?」

「堕天使ペトロネラよ」


 なんだと。敵の総大将自らが、葬儀に参列とは。


「お待ちになって。このボディは地上へ降りるための、仮初めの身体ですの。攻撃したところで、本体には影響は出ませんわ。もちろん、この身体ではこちらから攻撃もできません」

「何をしに現れた、ペトロネラ!」


 エトムントも、リュボフの盾になりながらペトロネラを睨む。


 葬儀の場であるゆえに、誰も武装していない。攻撃魔法すら、禁じられている。そんな場所で事を起こされては。


「ご心配には及びません。お悔やみを申しに参っただけ」

「信用できない」

「では、喪に服す間、塔を立ち入り禁止にいたしましょう。それでよろしくて?」


 俺たちの攻撃を受けて、堕天使側も戦力を立て直したいらしい。


「期間は?」

「一週間ほど」

「承知した。ではその間、塔は閉鎖する」


 ペトロネラからの要望を、エトムントも承諾した。


「感謝いたしますわ」


 ゴホゴホ、とペトロネラが咳き込んだ。


「場合によっては、塔から永劫撤退いたします」

「条件とは?」

「葬儀の翌日に、使者を送りいたします。その者にお聞きくださいな。では」


 本当に、ペトロネラは帰っていった。


 何もしなかったのに、俺は背中の汗が止まらない。


「何事です?」


 城にいたサピィが、俺の元へ駆けつけた。ただならぬ気配を感じたという。


「ペトロネラだ。堕天使のボスが、葬儀の席に現れたんだ」


 サピィは、去りゆく車を見送る。



 昼食の後、お茶をすることに。


 各国の王たちは、食事を済ませたら去っていった。ヒルデ王女だけが、いまだ残っている。


「リモートで、この後の事情はご説明いたします。ここは危険ですのでお引取りを」

「今は、イヤですわ。せっかくお姉さまとご一緒できる機会なんですもの」


 ヒルデは、フェリシアと腕を組んで離れようとしない。


 エトムントも、ため息をついて呆れている。


「それにしても、驚いたであろう? 私が――」

「王族だとは、存じ上げておりました」


 サピィは、エトムントが言おうとしていたことを遮った。


「発覚のきっかけは、端末の会話です。王家の方々と会話しているにも関わらず、あなたは敬語を使っていらっしゃらなかった。むしろ、自分より立場が下のものと話しているようでした」


 多分、エトムントも王家に関係する立場なのだろうとは、予想していたらしい。


「さすが落涙公と呼ばれるだけあるな。こちらの正体を見抜いていたとは」

「いいえ。気づいたのはランバートです。わたしは、推理したまで」


 俺が伝えた情報を元に、サピィは推理力を働かせたのである。


「なら、話は早い。私は今後、ヒューコ王となる」


 国の立て直しが必要なため、今後エトムントが現地へ赴くことはないだろう。


 大幅な、戦力ダウンだ。


「塔はどうなる? リュボフがいなくなっては、アイテムの機能に支障が出るのでは?」

「まだ、慌てるときではない」


 ルエ・ゾンが、確信を持っていう。


「堕天使が焦っているのは、堕天使共が万全の体勢で塔から出られないからだ」


 ヤツらは外気に触れた途端、灰になってしまうという。特殊な防護服を着ていても同じで、内側から身体を焼かれてしまうらしい。


「どうしてなんだ?」

「この世界が、神の干渉を受けているからだ。ヤツらはそのせいで、塔から出られない」


 そのための災厄の塔だという。神の干渉を活かすには、この塔の存続が欠かせない。


「ヤツらが塔の侵攻をやめるとしたら、塔のセキュリティ関連だろう」


 堕天使たちは、外界では塔の内部でだけ、生きることを許されている。塔を抜けることでしか、外へ出られない。出たとしても、数分で死んでしまう。


「アストラル世界は、どうなんだ? 高次の存在なら、入れるはずでは?」

「それはアタシも思ったぞ。リュボフが逃げた先にも気づけたはずなのに」


 俺とトウコとの会話に、リュボフが回答してくれた。


「あんたたち、便器に顔を突っ込んで呼吸ができる?」


 実に、的確な返事だ。


 ヒルデ姫が、顔をしかめる。


「ごめんなさい、ヒルデ姫様」

「いいえ。続けてくださいな、リュボフ王女」

「では」と、リュボフは話し出す。

「高次アストラルっていうのは、たしかに堕天使にとっても栄養なの。でも、彼らにとってはあまりにも強すぎるの。いえば、あたしたちにとっての海みたいなもの。同時に、排泄物や不純物もいっぱい」


 それを彼女は、「便器」と例えた。


「つまりは、海の底のさらに底へ潜るようなもんだってわけさ。するとどうなる?」


 ビョルンが、話を引き継ぐ。


「圧力で、潰される?」

「そういうこった。つまり堕天使にとって高次アストラルへ潜るってのは、危険なんだ」


 現に数名の堕天使が、危険を顧みずにアストラル世界に潜ってリュボフを襲いにきたという。しかし、全員が自壊したらしい。


「自壊って。そこまでなのか?」

「ええ。ペトロネラの魔力補給がなくなると、堕天使は活動できないの」


 魔物と違い、堕天使は基本的に自分勝手に行動ができない。


 ペトロネラ自身も例外ではないという。

 現に、彼女はこの地に顔を出してきた際に咳き込んでいる。


「だから、一部の堕天使は人間と交配したりするそうだけど、堕天使にとっては不名誉なことなの。人類のルールにすり寄った行為だから」


 そうリュボフが話している間、ビョルンは口ごもっていた。いつもの調子ではない。


「ビョルン、どうした?」

「なんでもねえよ。それにしても、ヒルデ姫様だっけ? このロールケーキめちゃうまいな!」

「ありがとうございます! サドラーで名物にしようとしているカフェの目玉商品ですの! いつか、大々的に売り出そうとしていますわ!」

「楽しみだぜ! サドラーに寄る用事があったら、食わせてもらうよ」


 ムリに笑顔を作りながら、ビョルンがロールケーキを食う。


「ぜひいらしてくださいませ。そのときはぜひ、リュボフ様もご一緒に」

「ええ。伺うわ」

 

 翌日。


 ヒューコのもとに、約束通り使者がやってきたそうだ。


 ペトロネラの要望は、「リュボフを引き渡すこと」である。さもなくば、世界中のレアアイテムを無効化すると言ってきた。


「どうしてヤツラは、リュボフにこだわるんだ?」

「あたしが、神と交渉できるからよ。堕天使の縛りを解けるように」

「リュボフ、キミはマギ・マンサーだよな? ソレ以上の存在だというのか?」

「いいえ。あたしの肩書は、マギ・マンサーってだけじゃないわ。【聖女】よ」

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